第4話 地球を眺める航海長

 アルバトロス号の幹部が副長により会議室に集められた。

 今回の内容は事前には明かされていない。

 それに加え、オリバーやキャプテンはじめ、心なしか表情が険しい。

 わたしは相変わらず辛気臭い正面の男に向かって口を開いた。


「時間よ。始めましょう、副長」

「うん」

「で、一体何の話なのよ。そのくらい事前に知らせときなさいよ」

「いや、今回は…」

「何よ」


 オリバーはキャプテンの方をチラリと見ると、少し息を吐いて言った。


「単刀直入に言うと、キャプテンが記憶をなくしたっていう話だよ。」

「え?」


 わたしを含め、多くのメンバーが困惑した。


「どういうことよ」

「俺が説明しよう」


 そう言うとキャプテンが話し始めた。






「そういうことですか。何かおかしいなとは思っていましたが…」


 キャプテンとオリバー、機関長にベルナルド先生を除く幹部6人はこのことを知らず動揺している。


「で、なんで黙ってたのよ!」

「混乱させるだろ。それにこれが外部に漏れたら…」

「いつもと違うキャプテンに混乱してたわよ!それに私たちはそんなに信用ないわけ?」


 すると、ベルナルド先生が申し訳なさそうに近づいてきた。


「すまない、航海長。私も副長と話していったん秘密にしておこうということにしたんだ」

「そうだったんですか。なら仕方ないですね」

「なんで僕だと仕方なくないんだよ」


 オリバーがわたしのほうを恨めしい目で見てくる。


「それで副長、これからどうするのよ?」

「これから?」

「誰が指揮するのかって話よ!」


 ほんとになんでこんなやつが副長なんてやってるのかしら。


「キャプテンも記憶が戻りつつあるし、キャプテンは今まで通りキャプテンの役割を果たしてもらおうと思う。足りないところは僕がサポートする」

「ふーん」

「僕からの話は以上です。他になければこのまま解散にしようと思います」


 突然手を挙げたのは船務長のミアだ。


「私からいい?」

「どうぞ」

「ついさっき『戦士達』のイーライ博士より連絡が」


 わたしはその名前をイヤというほど覚えている。

 わたしの発表した論文をことごとく否定してきたムカつくジジイ。


「地球外のものと思われる装置が付いた無人機を回収したとのこと」

「解析の結果は?」

「それが、現在使える機材では解析できないとのことで」

「地球へ取りに行って、この船で解析してほしいということ?」

「ええ」

「俺が取りに行こう」

 突然キャプテンが言った。


「正気ですか!?そもそも博士のこと覚えてます?」

「最近のことだけは。まぁいろいろお世話になってるんだろう?」

「私も反対です。キャプテンが行く必要ありませんよ。」

「ありがとう、副長、船務長。だが地球へ降りたら何か思い出すかもしれない」

「わたしも行くわ」


 発言したわたしのほうを全員が向いた。


「何言ってんだよ。行かせられるわけないじゃないか」

「いや、俺も記憶をなくしている。知っている人間がついてきてくれるとありがたい」


 オリバーが頭を抱えている。


「…わかった。じゃあ航海長、キャプテンを頼むよ」


 この会議はここで解散となった。






 会議の後、通りかかった窓から青い地球が見えた。

 そのまま寄りかかって外を眺める。

 皆、地球がきれいだと言う。

 わたしはそう思ったことはない。

 ママを悪く言って、殺した人間どもが住む星。

 わたしを苦しめ、殺しかけた人間どもが住む星。

 だから昔は地球が、人が嫌いだった。

 今でも嫌い。

 それでも今は昔と比べて嫌いではなくなった気がする。

 そのきっかけをくれたのは…


「なにしてるんだ?こんなところで」


 そういうとキャプテンは窓枠に寄りかかった。


「こうして話すのは久しぶりだな」

「キャプテンが部屋にこもってたからですよ。わたし、必要あればいくらでも部屋までいったのに」

「すまん、すまん。オリバーからまだ言うなって言われててな。最初は何も思い出せなかったし、何もできることもなかったんだ。」

「あいつ・・・なんであんなにネガティブなのかしら。あれはできない、これもできない。あいつと一緒にいるとこっちまで気分が沈んでくる」

「ははっ。確かにひどく現実的というか…。なんでなんだろうな」


 キャプテンはあいつと違って楽観的。

 みんながいいなと思う理想を掲げるだけでなく、この人なら本当に実現してしまうのではないかと感じさせる。

 そんな魅力がある。

 だからみんなついていくのだろう。

 わたしもそんなところに憧れる。

 

「あいつはわたしが困ってたとしても、たぶん助けてくれない。いろんなこと考えて、迷ってる間に。」

「それは、どうかな」

「キャプテンは何であいつを副長にしたんですか」

「自分と違う視点を持っているから、とかかな。決めた時のことは覚えてないけど」

「でも、あいつはいざというとき動いてくれませんよ」

「いざ、というときか」

「わたしがいろんな人に疎まれて、その上殺されそうになったときとか」


 チラッとキャプテンの方を見る。

 キャプテンは何も分かってなさそう。


「…そっか。キャプテン、記憶ないんでした」

「え?ミサキ?」

「ミッション、一緒に頑張りましょう。それじゃ」


 わたしはにっこりとした笑顔を作ってその場を後にした。






「大気圏へ突入。惑星内航行システムへシフト」


 操縦桿を操作し、船をうまく制御する。

 大気圏では空気があるため宇宙とは船の動きが変わっていく。


「レーダーに反応なし。進路に問題ありません」

「了解。降下を継続」


 今はキャプテンが指揮している。

 懐かしく、安心できるこの感じ。

 でも最近あいつが指揮していただけにちょっと違和感もある。

 あいつが指揮しているとこっちもヒヤヒヤする。


「目標高度に到達。降下を終了します。」

「了解。副長、準備はどうだ?」


 オリバーへ向かって聞く。


「できました。いつでも輸送機を発艦できます」


 キャプテンは頷くとわたしの方を向いた。


「では、いこうか。」


 わたしも頷き、キャプテンに続く。

 しかし視線を感じる。


「…何よ」


 こっちを見ているオリバーへ睨みながら言う。


「キャプテンを頼むよ」

「あんたに頼まれるまでもないわよ」


 そう答えると、私はくるっと半回転しキャプテンを追った。






 地方とはいえ、人が住む街にある博士の研究施設までは輸送機で近づくことはできないため、輸送機を待機させて車で向かった。

 普通に歩いていたら見逃してしまいそうなほど、周りの会社などに溶け込んだ研究所だが、わたしには見覚えがあった。

 かつて自分の主張を批判され、あまりに頭にきたので直接話をしに来たことがあったのだ。

 待合室に案内されると、そこには見覚えのある老人が座っていた。

 白髪で身長は低く、白衣を着た姿は4年前と変わらない姿だった。


「お久しぶりです。イーライ博士。こうして対面で話すのはいつぶりでしょうか」

「久しぶりじゃな。キャプテン ドルンベルガーよ。そして、そちらの女の子も」

「…お久しぶりです」

「大きくなったな、ミサキ エバンズ。元気そうでなによりじゃ。相変わらずステルスインベーダーを調べとるのか?」

「…いえ」

「彼女はアルバトロス号の航海長、船の操縦をしていますよ」

「…なんと!」


 博士は目を丸くした。


「…そうか。向上心が強く聡明な君なら船の操縦も難なくできるようになるか。研究をやめたのは惜しいが、母親に縛られない生き方をしているのならば、ワシの説得も少しは意味があったかのう」


 わたしは沈黙を守った。

 キャプテンには何の話か分からないだろうし。


「そうじゃ、例のものを見せよう」


 そういうと博士はせかせかと歩き、別の棟へわたしたちを案内した。






「これじゃよ」


 博士は何やら物体を覆うシートをめくった。


「こ、これは…」

「至って普通の無人探査機ですね」

「そう思うじゃろ?」

「ん?」


 わたしは機体の一部が異様に盛り上がって変色していることに気づいた。


「これは…」

「さすがエバンズ博士の娘。そう、この機体には地球外の装置が取り付けられている」

「!?」


 キャプテンが驚いている。

 そっか、最近の記憶しかないんだもんね。

 私のママの話と装置とで、写真に収めたいほどびっくりしたキャプテンの顔を見てクスっと笑いかけた。

 だが、再び視線を期待に戻す。


「これは侵食タイプの遠隔作動装置?何のために…」

「それを調べるためにはこの装置を解析する必要があるのじゃが…」

「ほかの研究施設では宇宙人にばれる可能性がある。だからアルバトロス号の中枢メインコンピュータで調べられないか、ということね」

「ほっほっほっ。ご名答。こいつは動かないが何かの手掛かりにはなるじゃろう」


 何か違和感がある。

 変色している部分に触れる。

 少し、ほんの少し、わずかながら熱を帯びている。

 動いている。

 確実に。


「どうした?ミサキ」


 わたしたちがここに来ること、探査機を回収することが計画通りだとしたら?

 もしアルバトロス号にこれが持ち込まれたら、船には大ダメージ…。

 これが計画通りだとすると博士は敵?味方?

 いくつかの疑問が同時に頭の中をよぎる。


「おーい、どうした?」

「キャプテン、博士。一度先ほどの部屋へ戻りませんか?」






「それにしても今回のことも含め、ステルスインベーダーはここのところ存在を隠さなくなってきておる。」


 待合室に向かう廊下を歩いていると博士が語りだした。


「ワシら『戦士達』は地球上で目立たないように真実の追求を続けてきた。じゃが・・・」

「…じゃが?」

「最近は監視も強くなってきたうえ、取り巻く状況も大きく変わっておる」

「数年前にはあのタイプの装置の破片を手に入れるので精一杯でしたよね…」

「そうじゃ。なにやら嫌な予感がするんじゃ。なぜそんなに慌てる。数十年前に自前の軍隊を持って権力を握り、今や別ものの組織となった国連は完全に世界を支配しつつある。もはや地球は奴らのものじゃ。奴らの次の手は何じゃ」


 ふぅーっと息を吐くと、博士はキャプテンに頭を下げた。


「お願いじゃ。ワシもあの無人機と一緒にアルバトロス号へ乗せてくれんか」

「「!?」」


 キャプテンとわたしが目を合わせる。


「博士が乗ってくれるのはありがたいですが、俺たち嫌われ者ですよ」

「それでも、じゃ。もはや時間がない。奴らがどう来るのか知りたいんじゃ」

「ありゃ、『嫌われ者』は否定していただけないですか…」

「どっからどう見ても人類の敵や変人たちって扱いですよ。わたしたちは」

「そうかぁ」

「あと、博士。この件については帰るまでに結論を出します。もう少しお待ちを」


 わたしたちは再び歩き出した。


「ところでさっき聞きそびれたけど」


 キャプテンが首をかしげる。


「なんで急に戻ろうなんて言い出したんだ?」


 わたしは思わず立ち止まる。

 

「…博士。さきほどの遠隔作動装置、完全に止まっていましたか?」

「ワシが見た時は止まっておったが。…まさか!」

「たぶん動いています。さっき触ったとき熱を帯びていました」

「ワシとしたことが!見逃したのか!」

「博士もわたしたちも罠にはまりかけたということです」


 頭を抱えた博士にキャプテンが寄り添う


「まぁまぁ。そんなこともありますって」

「でもキャプテン。あの装置はおそらく、わたしたちを認識しています。あれが何らかの動きを見せる前にできるだけ離れたほうが・・・」


 そう言った瞬間、ズドンという衝撃とともに、わたしたちは地面へ崩れ落ちた。

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