第6話 自覚する航海長
「敵艦一隻、なおも追撃!」
上を見ると、艦橋を覆うモニターに大きく映る戦艦ドレッドノート。
「しまった!」
オリバーが声を上げる。
「アルバトロス号を盾にして空気を避けているのか!」
キャプテンも上を見上げながら言う。
「こちらの降下速度、これが限界です!」
わたしは叫んだ。
「ミサイル!直上!」
そう聞くや否や、わたしは操縦桿を押し倒した。
「おりゃああ!」
艦体が傾斜し、ギリギリのところで命中しなかったミサイルは、熱のために至近距離で爆発した。
船が大きく揺れる。
同時に、姿勢を崩して減速したアルバトロス号は敵艦に接近した。
姿勢を戻し、再び離れようとしたその時。
「航海長!そのままギリギリまで船を寄せてくれ」
「え!?」
キャプテンの言葉に困惑しながらも、さらに減速してドレッドノートに接近する。
「砲雷長!十分近づいたら至近距離から敵艦中央に主砲を撃ち込め!タイミングは任せる!」
「了解!」
みるみる接近するドレッドノート。
この至近距離から撃たれればお互いに大きな被害は免れない。
でも、そうか!
圧縮空気が艦の底部で膨大な熱を発しているため、敵艦は下側を思うように攻撃できない。
下側にいるこちらは容易に攻撃が可能だ。
「撃ちます!」
砲雷長が発射するよりも、わずかコンマ数秒先に、こちらの意図を察した敵艦が急減速した。
主砲から出た砲弾は敵艦の底を掠めたが、その先で熱によって爆発した。
「今だ!全速力で降下しろ!」
「はい!」
急減速した上に、底部を損傷したドレッドノートはみるみる遠くなる。
「たった一隻でもここまで深追いするとは。パーヴェル大佐、彼のような男も国連軍にいるのだな」
小さくなっていく艦影を見上げながら、キャプテンは呟いた。
アルバトロス号は大気圏へ再突入し、自由の島と呼ばれる、国連の力が及んでいない島へ停泊した。
島民は自ら武力を行使し、島を守っているが、わたしたちの仲間というわけではない。
敵の敵は味方ということで、鉱物資源を提供する代わりに停泊させてもらっている。
わたしは船を降り、下から船を眺めていた。
ドレッドノートの攻撃によって上部はかなりダメージが大きい。
さらに、設計上の限界まで速度を上げて大気圏へ再突入したために、艦体下部の熱による影響も深刻だ。
船から降りて辺りを見回すと、島には雪が降り積もり、船も化粧をしてうっすら白くなっている。
私は外気の寒さに身を縮こまらせながら、修復にかかる時間を考える。
「はい、これ」
突然声を掛けられて振り返る。
湯気の立ったコップを片手にオリバーが立っていた。
「…何?」
「寒いだろ?砂糖とミルク、入れといたから」
わたしの威圧的な態度に意も介さず、笑顔でコーヒーを差し出してくる。
「…どうも」
「それじゃ」
そう言うとすぐにその場から離れようとする。
「ま、待ちなさいよ」
わたしは引き留めた。
「何?」
「あんた、街行くなら一緒に来なさいよ」
「あー、ごめん。これからミアとミアママと行くんだ。一緒に行く?」
「ならいいわ」
「そっか。ごめんね。それじゃ」
ミアママというのはミアのお母さんで、オリバーの育ての親だ。
オリバーと2人の血は繋がっていないけれど、傍から見ると3人は家族のようだ。
自由の島において、私たちは自由に街を歩くことができ、ここの停泊中は一年で何度かの貴重な地球でのひと時だ。
そんなときに一家水入らずのところを邪魔するほど、わたしは野暮じゃない。
「何をしとるんじゃ、ミサキ エバンズ」
「イーライ博士」
彼が歩いて行った街の方を眺めていると、突然声を掛けられ、少し肩を震わせた。
「船を・・・見ていたんです」
「船?船はこっちじゃが…」
「そ、そんなことより、わたしたち無事でよかったですね」
「そうじゃな。貴重なサンプルは失ってしまったが」
沈黙が続く。
「…すまなかったな」
「え?」
沈黙を破ったのは博士だった。
「アメリア エバンズ、君の母親はかつて優秀なワシの弟子じゃった。保身に走ったワシと違い、彼女は自らの身の危険がありながら、人類のためになる情報を世界へ示した」
わたしはコーヒーをすすった。
「結果、彼女は君をこの世に残して去った。君は母親の仇を取るかのように、勉学に励み、わずか12歳で大学を卒業し、母親と同じ道を歩んだ。ステルスインベーダーに関して発表を続ける君を、ワシは批判し責め続けることで、断念させようとした。直接君に接触することで自分に危害が及ぶことを恐れたのじゃ」
「わたしは批判され続けて、ついに博士の研究所へ殴り込みにいきました」
「そう。あのとき初めて君と向かい合い、君を説得しようとした。じゃが、君はワシの言うことを聞いてはくれなかったな。当然じゃ。ワシには何の覚悟も、勇気もなかった」
コップの中のコーヒーを、ゆすってくるくると回す。
「…この船に乗って、いろんなことを知ったんです」
「…ほぉ」
「誰かと話をしたり、遊んだり。わたしにはママがすべてだった。ママのためなら死んでもいいと思った。ママを殺した人間に復讐ができるならと思ってこの船に乗った。けれど、生きていることの楽しさを知ってしまった。死ぬことが怖くなった」
わたしは残ったコーヒーを一気に飲み干した。
「普通の人間なんですよ、わたしも博士も。ママやキャプテンのように、自分を犠牲にして人類のために命をも賭けることができる人間なんてごくわずかです。わたしは、今を生きたくてこの船に乗っている」
わたしは博士に頭を下げた。
「謝らなくてはならないのは、わたしの方です。あなたの説得にも応じなかったわたしに、いよいよ危険が迫った時、キャプテンに知らせてくれたでしょう。あなたのお陰でわたしは今ここにいる。生きていてよかったと思えるきっかけをくれたのは博士です」
「いやいや。とんでもない。ワシの方こそもっとしてやれたはずじゃ」
そこまで言うと、博士はふっと笑った。
「それにしても成長したのう。研究所で暴言を吐いて、嵐のように去っていったのが昨日のことのようじゃ」
「うっ」
博士は笑いながら言った。
「君の母親は君が言うほど立派な人間ではなかった」
「え?」
突然博士が告げたことに耳を疑う。
「彼女がステルスインベーダー理論を発表しようとしたとき、ワシは止めたんじゃ。そのとき彼女が語った自分の真の願いは二つじゃった」
「二つ・・・」
「一つは夫である君の父親の仇、もう一つは君のためじゃ」
「父親!?」
想定外の告白に一瞬思考が止まる。
「わたしの父親を、知っているんですか?」
「ああ。君の父親は有名な宇宙機の開発者じゃった。日系アメリカ人の生き残りで、国連軍の機動戦艦の設計に数多く携わっておった。じゃが、彼は自らの仕事に不満を抱えていた。それは彼が作りたかったのは戦艦ではなく探査船だったからじゃ」
博士は深呼吸をすると、話を続けた。
「そんなとき、ワシら宇宙を調べている科学者たちから、人類が宇宙から何か影響を受けているのではないかという報告が、国連の研究機関へ行ったのじゃ」
「国連の研究機関?」
「30年前にはあったんじゃ。研究機関はこれらの調査のため、超長距離を航行可能な大型の空中機動戦艦二隻の建造を決定した。何があるか分からないから、用心のために、最大限の武装をつけた調査船とも言える。この戦艦の設計開発主任こそ…」
「わたしの父親、ですか」
「そうじゃ。戦艦ではない宇宙船の建造に彼は二つ返事で承諾した。そしてこの船の建造には、ワシら科学者も大いに関わった」
「わたしの父親とママはそこで出会ったんですか?」
「うむ。最初は仲が悪く、開発者と研究者という違いもあり、喧嘩ばかりじゃったんだが。最初の一隻ができあがるころにはくっついておった」
博士は日が暮れてきた空を見ながら、遠くを見つめていた。
「5年の時を経て25年前に完成したその船は、試運転でも良好な結果を収めた。軍艦にはない、白色を主とする異様な姿に、彼は船の名をアルバトロス号と名付けた」
「それって!」
「そう、まさにこの船じゃ」
わたしたちは、夕日で赤く染まった船を見上げた。
「この船は、混沌とした地球を救う鍵を見つけるかもしれない、そんな期待を背負っておった。じゃが、二隻目の建造からそれが崩れ始めた」
「それが、ドレッドノート?」
「二隻目の建造は、軍部が軍艦として建造しだしたのじゃ。戦艦ドレッドノートとして。内部の研究者用居住区や研究施設は全て組み込まれず、設計変更されて最初から軍艦として建造された。実はアルバトロス号は戦闘力としても、かつてないほどのレベルを持っていた。アルバトロス号は事実上凍結され、開発チームは解散した」
雲が空を覆い、夕日を隠した。辺りは一気に寒さが増す。
「君の父親は最初、黙っておった。しかし、アルバトロス号をドレッドノート型二号艦ヴァンガード、軍艦として運用することが正式に決まり、三号艦、四号艦の建造が決定されると抗議に向かった。彼の技術者としてのプライドが許さなかったんじゃ。なぜ計画が凍結されたのかと憤っておった。ワシらも同じ思いじゃった。しかし、抗議の帰り道、何者かに命を奪われた」
「何者か…」
「それからじゃ。宇宙からの影響について調べないように規制されだしたのは。国連の研究機関も解散した。じゃが、それこそ人類が何者かに操られている証じゃった」
「彼らの正体を暴くことで、弔いとするつもりだったの?」
「そうじゃ」
「それじゃ、もうひとつのわたしのためっていうのは…」
「理論を発表すれば、事実が明るみになり、カオスな地球を終結させることができる。そう考えたアメリア、君の母親は、それによって人類が束縛されない自由に生きられる未来を託したのじゃ。目的は全人類の救済、それもあるが真の目的はそこで生きる君が幸せに暮らしてくれることじゃ。そのために発表したステルスインベーダー理論は彼女の命を奪ったが、『戦士達』をはじめ、多くの人々に影響し、彼女の遺志は今も生き続け、人類の希望となっている」
「わたしのために…」
わたしは、駆け寄るわたしを優しく抱きしめてくれた、ママの感触を思い出した。
「アメリアは一つの願いを叶えた。もう一つの願いは君が幸せに生き続けてくれることじゃ」
「ママは、そんなことを思いながら生きていたんですね」
「人は結局自分の願いを叶えるために動いてしまう生き物なのかもしれん。じゃが、人のために動くことで自分を幸せにもする不思議なところもある」
「キャプテンも何かの願いのために?」
「聞いたことはないが、ヤツも何か狙いがあるかもしれん。お、噂をすれば」
キャプテンが船から降りてきた。
「キャプテン!」
わたしは手を振りながらキャプテンを呼ぶ。
「お、どうした?二人そろって、反省会?」
「そんなところじゃ。ところで、艦橋から離れていいのか?」
「あー、まぁ今の俺じゃ居ても居なくても変わらないから、街でも歩いて来いって」
「?」
さっき艦橋で、記憶がないまま調子に乗って指揮をしていたキャプテンを機関長が注意していた。
たぶん機関長に言われたんだろう。
反省会をしていたのはキャプテンだ。
「ほんとですか!?デートしましょう!キャプテン!」
「デ、デート?」
「ダメですかぁ?」
ちょっと上目遣いでキャプテンを覗き込む。
「こんな30過ぎのおっさんとデートしても楽しくないぞ」
キャプテンが怪訝な顔をする。
するとイーライ博士が笑いながら言った。
「ふぉっふぉっふぉ、それじゃ年寄りは退散するかの」
「え、そうですか。街へは行かないんですか?」
「年寄りには寒すぎるんじゃ」
「そうですか。んー、じゃあ、行くか」
「はい!」
自由の島の中心街にも雪が積もっていた。
日が暮れているが、街灯の明かりが雪に反射し、一層明るく感じる。
街は、ある程度の人で賑わっている。
戦争で荒廃した世界では、もうこんな街は珍しい。
夜に出歩けるほど治安のいい街は、今や世界中を探してもここくらいだろう。
尤も、人類の敵とされているわたしたちは、治安が良かったとしても容易に出歩くことはできないけれど。
ステルスインベーダー理論が発表され、その脅威を認識した人々の行動は二つに分かれた。
一つはわたしたちのように、人類を救済しようとした人々。
事実の説明やクーデターにより変革を試みた。
でも、大衆は侵略を否定し、『戦士達』は依然少数派ままだ。
もう一つは、この島の島民のように、人類ではなく理解し合える人間同士での国家の形成だった。
人類が衰退することは諦め、侵略者たちの支配が及ばない国家を形成することで自分たちが安心して暮らすことのできる環境を構築した。
彼らはその環境を守るためにあらゆる手段を講じ、その努力によって戦禍やデマから身を守った。
この街も、自分たちが充実した日常を送るために維持している。
わたしは彼らの考えが間違っていない、いや、正しいとさえ思う。
自分たちこそ絶対に正しいと信じる人々が各々の正義を掲げて主張し、戦った。
その根拠が誤った情報や思い込みであっても、自分たちに都合のいい情報のみを信じ、都合の悪い情報は排除した。
その争いに正しさも義もなかった。
人の考えを変えようというのは初めから不可能だったのかもしれない。
そして、人類を救うことができるというわたしたちの考えこそ、思い込みであったのかもしれない。
状況を正しく認識した上で、自分たちが幸せに生きる道を選ぶことができたのは、この島民たちなのかもしれない。
わたしたちは何のために戦っているんだろう。
わたしは、何のために戦っているんだろう。
少なくともわたしは、この島民と同じなのかもしれない。
アルバトロス号で過ごす日常が好き。
彼らと自由に宇宙を駆け回るのが好き。
だから、この毎日を守るために戦っているのかもしれない。
では、キャプテンは何のために?
「おーい、どうした?」
不意にキャプテンが話しかけてきた。
「一つ、聞いてもいいですか?」
「ん、いいぞ」
「キャプテンは、何のために戦っているんですか?」
「そりゃ、人類を侵略から守るために」
「本当にそれだけですか?もっと個人的な理由とか…」
「んー」
キャプテンは腕を組み、目を瞑って唸った。
そうだった、キャプテンは記憶を失っている。
「あの、すみません。思い出せないのならいいんです」
「思い出せそうだけど、思い出したくない、そんな感じだ」
「思い出したくない?」
「ただ、今俺が戦う理由は二つある。一つは記憶を取り戻すため、もう一つは今の日常が楽しい」
「わたしも、船のみんなと過ごす時間を失わないために、戦っている気がします」
「じゃあ、なんで俺たち戦ってるんだろうな」
でも、全員戦うことをやめるなら、自分もやめるだろうか。
おそらくやめないだろう。
この船が好き。
この宇宙を駆け回る日常が好き。
この星が好き。
人は何か守るものがあるからこそ、強くなるのかもしれない。
「ところで、せっかく街を歩くんだ。俺でよかったのか?」
「キャプテンがいいんですよ」
「俺といたっていいことないぜ」
「そんなことないです!キャプテンは覚えてないでしょうけど、わたし、殺されかけたところをキャプテンに救われてこの船に乗ろうって決めたんです」
「そうだったか…」
「それに、たった4年前にこの船に乗ったわたしを、航海長にしてくれた。それだけわたしのこと、ちゃんと見てくれてたと思うから」
「そうか。でも君をちゃんと見ていたのは俺だけじゃない。きっとオリバーだって…」
「あいつは…違いますよ」
しばらく沈黙が続いた後、キャプテンが私に聞いた。
「どう違うんだ?」
「あいつはわたしを助けに来るとは思えない。それに、あいつはわたしのこと見てくれているようで、結局何とも思ってないと思うんです」
「…はぁ、報われないな、あいつも」
「?」
キャプテンは川沿いにあるベンチに腰掛ける。
わたしもちょっと間をあけて座る。
「君に危険が迫ってることを聞きつけて、真っ先に助けるように言ってきたのはあいつだったんだよ」
「え?っていうか思い出したんですか?」
「ああ。今突然に。ちょっとだけだがな」
「よかった。本当に記憶を取り戻しつつあるんですね。にしても、ホントですか?さっきの」
「そう、あいつが言い出したんだよ。それに、ミサキを航海長に推薦したのもあいつだ」
「…」
「まだ船に乗って日が浅いけれど、あいつは君の知識の習得の早さと、向上する技量を評価していた」
気温がさらに下がり、街灯の明かりに当たって吐いた白い息が見える。
「ミサキがあいつを見てるように、あいつは君をちゃんと見てるよ」
「わたしが、あいつを!?」
ふと横を見ると、遠くにオリバーとミアがいた。
オリバーはミアを見て笑っている。
たしかにあいつはわたしを見てくれているかもしれない。
でも、あいつはきっと誰に対してもそうなんだ。
わたしを見ているんじゃなく、わたしも見ているんだ。
わたしは、それが気に食わない。
そういうわたしが、もっと気に食わない。
目覚めたキャプテン 川上龍太郎 @Ryukpl
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