目覚めたキャプテン
川上龍太郎
第1話 宇宙のキャプテン
目が覚めた。
周囲を見てみる。
ベッドがずらりと並んでいる。
ここは病院だろうか。
しかし、ここに来るまでの記憶がない。
自分が誰なのかさえも。
「キャ、キャプテンが!キャプテンが目を覚まされました!」
遠くにいた看護師らしき女が叫ぶ。
「気分はいかがですか?」
「ああ、大丈夫」
なんとか答えてみる。
「本当なのか!?キャプテンが目を覚ましたというのは!」
医者らしき男が駆け込んでくる。
「キャプテン!よくぞご無事で!」
さっきからキャプテンと連呼されているが俺は何者なのだろうか。
他の人間も続々と病室へ入りベッドを取り囲む。
一体こいつらは何者だ。
「キャプテン!」
「キャプテン!」
どうやら俺は相当重要な人間らしい。
「キャプテーンっ!」
一人の女がベッドに飛び込んできた。
「よかった!ほんとによかった!」
「ちょっと!ミサキ!病み上がりの人に抱き着くなよ!」
「なによ、あんたには関係ないでしょ!」
「キャプテンに迷惑だろ!?病み上がりだぞ。それにさっきはキャプテンが目覚めたことを教えずにゴミを押し付けて病室へ走っていくし!」
「まぁまぁ、ふたりとも落ち着いて」
飛び込んできたミサキという女と、彼女と言い合っていた若い男を医師が宥める。
「みんな、心配かけたな」
「キャプテン・・・」
とりあえず声をかけておく。
話し方はこれであっているのか?
「さぁ、皆さん一度持ち場へ戻りましょう」
「そうですね、副長のおっしゃる通り」
どうやら先ほど女と口喧嘩していた男は副長らしい。
よかったよかったなどと言いながらぞろぞろと病室を出ていく。
いや、待ってくれ、俺にはどういう状況なのかさっぱり分からない。
俺は記憶喪失というやつか!?誰か俺に状況を教えてくれ!
「ちょっと待て」
俺は記憶喪失だと伝えようと思わず皆を引き留めた。
しかし、重要人物であろう俺が記憶を失ったとなればこの組織は混乱するのではないかという考えが頭をよぎる。
「・・・みんな、本当にありがとう」
「キャプテン・・・」
結局俺は自分が誰でここがどこか分からないままになってしまった。
病室から出るにあたって念のため先ほどの副長が同行してくれることになった。
「大丈夫ですか?あまり無理しないでくださいね」
「ああ、ありがとう」
「ところで俺たちは今どこへ向けて歩いている?」
「え?船長室ですけど・・・ブリッジの方がよかったでしょうか?」
「いや、船長室で問題ない」
「?」
船長室だ!?
なるほど、キャプテンというのは何かスポーツチームのキャプテンなどではなく船の船長ということか。
事故か何かに巻き込まれて気を失ってしまったのだな。
それにしても大きな病院だ。
この調子ではいつまで経っても船にすらたどり着かないぞ。
廊下を歩き続けていると小さな窓があったので思わず外を眺めた。
そこから見えたのは・・・青い地球。
「なっ!ち、地球!?」
「ど、どうかしましたか?キャプテン」
「い、いや、宇宙にいるのだなと」
「はい。本艦は現在地球の周回軌道です」
驚いた。
つまりここは宇宙で、俺は宇宙船の船長ということなのか!?
それにしてもなんて大きな船なのだ。
急激に自分が記憶を失っていることが怖くなってきた。
「すまない。俺はなぜ、どのくらい眠っていた?」
「覚えていらっしゃらないのですか?」
「ああ」
「眠っていた期間は1か月です。なぜかといえば・・・」
副長が口を噤む。
「すみません。このことはまたの機会に」
「あ、ああ」
分からないのはそのことだけじゃないのだが、と思いつつ船長室へ移動した。
「ではキャプテン、何かあれば呼んでください」
「分かった。ありがとう」
副長が去っていき、船長室に一人きりになった。
何か手がかりがあるはずだ。
物を物色しようとしたが、手が止まる。
「なんてきれいなんだ」
艦尾にある船長室には大きな窓があり、正面には青い地球とその地平線、さらに足元には暗黒の宇宙に散りばめられた数多の星がきらめいている。
俺は茫然と窓の前に立ち尽くした。
どこか懐かしい感覚を抱きながら。
物色を続けていると、部屋には軍隊か何かの制服のようなものがあった。
だがベルトには髑髏マーク。
何かのコスプレか?
何か思い出すかもしれないと思い、これを着てみる。
「おおー。いい感じだ」
鏡を見てみるとイケてる男が映っている。
背が高くスタイルの良い自分にはこの軍服がよく似合う。
だが自分の姿を見ても何も記憶が蘇ることはなかった。
マントと銃のようなものがあったのでこれも身に着けてみる。
「うーん。なかなか素晴らしいファッションセンスだ」
部屋にはほかに目立ったものは置いていない。
奇妙な位置に椅子が置いてあるくらいだ。
「なんでこんなところに」
物色も飽きてきたので、休憩に座ってみるといくつかスイッチがあることに気づいた。
ひとつ押してみる。
「あー、気持ちいいー」
マッサージチェアか。こりゃいい。
調子に乗っていろいろ試してみると赤い特徴的なスイッチに気づく。
「なんだこれ」
ぽちっ。
スイッチを押すと突然床板が外れ、大きな穴が出現した。
「うあぁぁぁぁ!」
俺は椅子ごと穴の中に落下していった。
「いててて、何なんだよ」
落下した後移動し続けた椅子が急に止まったので周囲を見渡してみる。
「「キャプテン!」」
「!?」
プラネタリウムのような全方位を包む巨大なモニターには地球と真っ暗な宇宙が映っている。
それに加えて大勢の人間が計器類に向かって座っており、副長も含め先ほど病室で見た顔もちらほら見える。
「もう大丈夫なのです!?」
「あ、ああ、ダイジョウブ」
ダイジョウブではない。ここはどこだ。
そう思っていると警報機が鳴りだす。
「索敵レーダーに反応あり!小惑星からの帰航ルート!」
「来たか」
え、何?
何が来たの?
「キャプテン!」
「・・・」
えー!どうすんのよこれ。
「・・・副長」
「はい!」
「すまんが体調がまだ元に戻らない。後は頼む」
「・・・はい!」
副長が一瞬不安そうな顔をしたが、すぐに威勢のいい返事をした。
ごめんね、今度ラーメンおごるから許して、と心の中で呟く。
「総員、第二級戦闘配置!」
副長の命令で艦内がバタバタと動き出す。
なるほど、ここが艦橋か!
「補機接続!主機エネルギー充填開始!」
静かだった艦体が唸り声をあげ始める。
「砲雷撃戦用意」
「各砲塔発射用意」
「エネルギー充填95パーセント」
「全隔壁の閉鎖を確認」
艦内の緊張感が高まっていく。
「周囲の障害物なし」
「エネルギー充填105パーセント!」
「全システムオールグリーン!」
「主機接続!重力制御システム解放!」
この雰囲気をどこか懐かしく感じる自分がいることに気づいた。
「アルバトロス号、発進!」
弧を描く地球の水平線がゆっくりと足元へ回転し、青と黒が入れ替わる。
アルバトロス号と呼ばれたこの船は星が輝く暗闇へと進み始める。
「敵艦を識別。国連軍第502号輸送船」
国連だと!?
なぜそんなものを敵に!
この船は一体・・・
「敵艦、回避行動!10時の方向」
「取り舵15度!最大戦速!」
この巨大な船が大きさを感じさせないほど軽快に闇を切り裂いていく。
自分が誰か、ここで何をしているのか、未だにわからない。
ただこの船に乗っていると不思議と心が落ち着いていく気がした。
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