第6話
その夜、群れの成員たちは小さな天幕に分散して眠った。辰は辰が持ってきた天幕で寝ることを許された。空想の子どもたちはひどく興奮していたが、食事を終え横になると彼らも各々眠りにつくなり意識から去っていくなりするようだった。
空想の女の子が辰に尋ねた。思えばいつの間にか兄妹の父と変わらない齢になってしまった。
辰が最後に兄妹を見たのは三十年前だ。辰たちの干渉により計画は不完全な形で発動していた。領域国家が解体した一方で、それに代わる新秩序は極めて地域的に受け入れられはじめているに過ぎなかった。旧時代の名残で米軍と呼ばれ続ける全世界的な軍閥連合体と一つの民間軍事企業に由来する組織との抗争は、両者の存続という目的のために一種の共犯関係をはらむことになった。
補完計画の発動を宣言する組織が現れたのはそんな折だった。頭目は辰がよく知る青年で、世界再興の鍵として黒髪のエヴァを奉っていた。彼らは地縁や血縁に限らない精神的結びつきに基礎を置く新たな共同体主義を唱え、躍進した。エヴァの才能は目覚ましかった。彼女の教祖としての才能は遺伝子に刻まれていた。しかし、破滅した。ガスを容認するかという論争で組織が分裂した結果だった。エヴァは爆殺され、青年は求心力と左脚を失った。妹と辰が彼を匿おうとした。彼は自決した。妹は既に自分の意思でガスを吸っていた。否定してきたものに庇護されることができるほど、彼は柔軟ではなかった。
*
聞いたことのない音が天幕を包んだ。それはもしかすると波が崩れる音に似ていたかもしれない。音は次第に近く大きくなり天幕を叩く複雑なリズムへと変わった。空想の子供たちが起きだして天幕の外へ飛び出し、辰もそれを追って出た。砂漠に雨が降り注いでいた。
外へ出ていたのは辰ばかりではなかった。雲越しの淡い月光が群れの人々を照らしている。女が大きな太鼓を鳴らし、腹の底が震える低音が砂漠に響き渡った。男たちと女たちの朗々とした歌声がそれに重なり始めた。辰は砂の上に倒れ込み全身で雨を浴びた。乾ききり水分に飢えていた肌が人間的な潤いを取り戻した。雨は日付が変わるまで降り続け、辰たちの束の間の喜びも同じだけ続いた。
*
眠りから覚め天幕を出ると砂漠のあちらこちらに草花が芽吹いていた。驚いて立ちすくむ辰に老父が声をかけた。
老父は花を一輪摘み食べた。
*
その晩、辰は群れの人々と火を囲んで食事をした。主食は様々な豆だった。彼らの故地は砂漠の南にあるのだという。放棄された集落を転々として生活している。必要なものは沈黙交易で手に入れる。空想の子どもたちが火の周りで賑やかに踊っている。辰はポケットの中に隕石が七つあるのを思い出した。ここで手放していこうと決めた。火の傍にそれらを並べた。
立ち去ろうとする辰の袖を白服の娘が引いた。火を中心に人々の影が放射線状に伸びているのが見えた。想像の子どもたちは相変わらず踊っている。辰は娘の頭を軽く撫で、その後振り返ることはなかった。パラダイスに帰るつもりはなかった。彼の眼前には果てしない夜が広がっている。 (完)
花の葬列――人間の土地―― 時雨薫 @akaiyume2
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