謀略の海に浮かぶ毛利の小舟
- ★★★ Excellent!!!
戦国という名の海に、毛利という名の小舟が浮かんでいた。
左右から押し寄せるは、大内と尼子という二つの巨浪。
その狭間で、たった一人の男が策を練る。名を多治比元就――後の毛利元就である。
本作は、安芸という『辺境』の国において、いかにして若き国人領主が大国の圧力を捌き、生き残りの道を模索したのか、その過程を緻密に描き出す歴史物語である。
時に忠義の仮面をかぶり、時に敵にも頭を垂れ、決して主導権は握らずとも、決して流されることもない。
本筋にあるのは「いかにして滅びず、次代を繋ぐか」という、戦国史のもう一つの命題だ。
本編では、有田中井手の奇跡の勝利から始まり、尼子経久の圧力、名目だけの出兵、当主の幼さを盾にした後詰戦略、そして謀略と外交の応酬が繰り広げられる。
誰が主役で、誰が策士で、誰が利用されているのか――一見した筋書きの裏に、幾重にも折り重なる駆け引きの妙がある。
読後に残るのは、「生き残るとは、こういうことだ」という静かな衝撃と感嘆。
歴史の本流に名を刻む前の、毛利元就の『戦わざる戦』を、今こそ目撃せよ。