第35話 ドリンクバーにて
【暮葉side】
「あ、ごめーん! 私、予定入っちゃった~!」
目黒さんがスマホを片手にそんなことを言う。
恐らく家族か友達から連絡が来たのだろう。
「そっか。じゃあ、お開きだね……」
思ったよりも楽しかったんだけどな、カラオケ。
でも、ここで駄々をこねるほど私は子供ではない。
また改めて来ればいいし、なんなら次は、かい君を誘って来ようか。
「ん、まだ1時間くらい余裕あるだろ? オレと暮葉ちゃんで歌ってれば良くね?」
「そーだよ! 時間もったいないし、私のことは気にせず楽しんでー!」
じゃあねっ、と目黒さんはお金を机に置いてから、カラオケボックスの外へ出ていってしまった。
「ほら、また何か面白い曲歌ってよ」
「それって、結構ハードル高いリクエストだよね……?」
「ハハッ、違いないな」
榊くんが話しかけて、私がそれに答えていく形で会話が進む。
やはりストレスなくやり取りができるのは彼のおかげなんだろうけど……少し私は違和感を覚える。
「あの、榊くん」
「どうした?」
「いや、えっと……なんでもないや」
なんか距離が近くない? って言おうとしたけど、勘違いだったら恥ずかしいし、言えなかった。
目黒さんが帰って1対1になったからかな? それにしても近い気がするけど……。
「そっか。……オレ、暮葉ちゃんの控えめなところは長所だと思ってるけど、言いたいことがあったら言ってね?」
「あ……うん」
そういうこと言われると余計に言いづらくなるんですが……。
あと、しれっと褒めて持ち上げようとしているのがチャラい。なんだ、口説かれてるのか私?
流石にそれはない……よね?
「あ、あの、ちょっとドリンクバー行ってくる」
なんとなく不穏な空気を察して、私は席を立つ。
一旦この場を離れて、落ち着いた方がいい。
「じゃあオレも一緒に行っていい?」
扉に手をかけたところで、榊くんが立ち上がった。
来てほしくないものの……、来るなというのは流石に酷だし、返答に窮する私。
「ほら、早く行こうよ」
無言を肯定と捉えられてしまった。
どどど、どうしよう。これじゃ一人になれない……!
「あ、でも、その」
「……?」
「いや、なんでもない……」
無言の圧力に屈し、廊下へ出る私。榊くんはさっきよりも距離を詰めて歩いている。肩がぶつかりそうな程の位置関係で、明らかにわざとだというのは私にも分かった。
これは、一度きちんと言った方がいい。
自惚れているわけじゃないけど、もし榊くんにその気があるのなら、ちゃんと断らないと双方のためにならないはずだ。
「あの、榊く──」
「──暮葉ちゃんはどれにする? さっきウーロン茶飲んでたけど、もしかしてジュース飲まない派?」
絶妙なタイミングで被されてしまい、結局何も言えなかった。
ぐぬぬ……この人、計っているかのような間で発言するからな……。
機械でジュースを注ぎつつ返事をして、なんとなく会話を繋ぐ。
でも、もう榊くんと話すのは正直、しんどいというか何というか……。
「──ってかさ、暮葉ちゃんって好きな人いるの?」
「ひぇっ?」
色々と考えあぐねていた矢先、予想外な話題が飛び出して、間抜けな声が出てしまった。
「良いじゃん、教えてよ」
「えっ、いや……」
「……もしかして、いない?」
榊くんが一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
……怖い。
なんか、怖いよ。
「じゃあオレ、立候補しよっかな」
榊くんが私を壁際まで追い詰める。もっと後ろまで下がりたいのに、壁は無慈悲にも前へ押し返してきた。
続け様に、顔の真横に彼の腕が伸びてきた。壁ドンされているらしい。
怖い。
怖くて、声が出ない。
「なんか言えよ。じゃないと、分からないだろ?」
この人、本当は私が何か言う度胸がないことを分かっているんじゃないか。
彼の読めない表情を見て、私はそう思った。
「何も言わないってことは、良いってことか?」
榊くんの手が、私の顔の側面に近づいてくる。
嫌だ。
やめて。
怖い。
かい君、助けて──
──その時だった。
「おい、お前」
今までもずっと聞いてきて、どこか安心する響き。
そんな大好きな声が、私を助けにきてくれた。
「暮葉に何してんだ」
ーーーーーーーーーーーーーー
《作者より》
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絶対に振り向かせたい主人公vsもうとっくにベタ惚れなヒロイン 茶介きなこ @chacha-chasuke_kinako
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