第40話 日常 その④
四天王襲撃事件から数日経過したある日。
森林地帯の某所にて。
「ほら見つけた。あれがメタバキャットだ」
「あれがですか? 見た目は少し変わった色のただの猫のようですが……」
僕はカオリンと茂みに潜みながら『アイズ・オブ・ヘブン』の能力で探し出した今回の討伐依頼のターゲットを見ながらそう話す。
その名も、メタルバーストキャット。
略してメタバキャットと呼ばれる魔獣だが、魔獣と言えど実は全く害は無い。
なら何故わざわざ討伐するのかというと、通常魔獣は絶命すると塵になるがメタバキャットはその時に身体に纏っているメタルを残す。
それが中々貴重な金属らしく高値で売買される為、メタバキャットの討伐依頼は害の無い相手の割には報酬が割とそこそこな額なのだ。
「見た感じ一匹しかいないみたいだけど、まあいい。とりあえずあれを狩るとするか」
メタバキャットは池の水を飲んでるようで、幸いこっちには気がついてないようすだ。
「しかしクズゴミの身体能力では捕獲するのは難しいのではないですか? それに仮に捕まえられたとしてもクズゴミの攻撃力ではかすり傷が関の山かと……あと言っておきますが、私の剣は貸しませんからね」
メタバキャットがただのメタリックな猫ならおいしい魔獣なのだが、誰にでもお手軽に討伐することが出来ない訳がある。
それは超高速の移動速度と、鋼以上の強度だ。
並みの人なら例え今メタバキャットの不意をついて突撃しても、軽くあしらわれるだろう。
それに捕獲出来たとしても硬すぎて生半可な物理攻撃や魔法では、ダメージを与えることも出来ない。
でもカオリンなら話は別だ。
『
それでカオリンを一緒に連れてきたのだが、一つ誤算があった。
「カオリンがそこまでの猫好きだとは知らなかったな」
カオリンにメタバキャットを「殺してくれ」と言ったつもりが僕を殺しにかかってきやがったんだ。
話の流れからして普通メタバキャットのことに決まってるだろうに。
その後も調子が出ないとか言って協力してくれない。
要はやりたくないってことの表れなんだろう。
するとカオリンはそれを必死に早口で否定してくる。
「別に猫が好きだから断ったのではありません。ただ魔獣だからと言って無害にもかかわらず、儲かるからという理由で殺生を働くのは如何なものかと思っただけです。決して可愛そうだからという訳ではありません。嘘じゃありませんってば!」
僕が疑いの眼差しを向けるとそんなことを言うカオリン。
めんどくさいからそういうことにしておこう。
それよりもこうなると僕一人でやらなければならない羽目になった訳だが……。
「分かったよ。じゃあ僕が一人でやるから、せめて邪魔しないでくれよ」
「邪魔するも何も、どうせクズゴミの動きでは触れることもままならないですよ。だから怪我する前に帰りませんか? 何か甘いものでも奢りますから」
馬鹿が。
そんな甘いものにつられるほど僕は甘くない。
カオリンにそう却下すると、僕は茂みから出てメタバキャットへ忍び足で近づいていく。
まあ確かにカオリンの言う通り、今のままの僕では直ぐに気付かれて逃げられるのは火を見るよりも明らか。
ところがだ。
僕にはコレがある。
発動、『ベネフィット・スターズ』第一の能力……!
ここで少し解説させて貰うとだ。
『ベネフィット・スターズ』第一の能力は、極限にまで認識され難くする能力。
逆に言えば既に認識されている相手に対しては無力なのだ。
いつぞやの何とかクラッシャーの時と同じだな。
今のこの状態で言うなら、カオリンには認識されているがメタバキャットにはまだ認識されていないので、メタバキャットにのみ能力が働いているという僕に都合のいい状況が成立しているのである。
故に、僕の能力がバレることはない……!
「獲ったぁぁ!」
そしてものの十秒であのメタルバーストキャット、捕獲……!
尻尾を掴んでメタバキャットが宙ぶらりんの状態に持ち上げる……!
いやぁ、余裕過ぎる。
手こずる要素が皆無だからな。
本来なら罠を使って長い時間かけて追い詰めたり、メタバキャット以上に動けるほど鍛えた実力者だったりしなけらばならないところだ。
そんな努力が必要な方法は僕の肌に合わないんでね。
まあ所詮、世の中生まれ持ったものが全てってことよ。
僕が心の中で下衆な笑いをこだまさせながら能力を解除すると、僕を認識したメタバキャットがなんとか逃げようとニャーニャー鳴きながら前足をパタパタ動かしている。
文字通り無駄な足掻きだ。
既に死への秒読みは始まっている。
ただそれを見てるカオリンが何やらもどかしそうというか、何かと葛藤しているような様子で頭を抱えていた。
多分僕を殴ってでも止めたい気持ちで山々なのだろうが、魔獣相手に僕がやっていることは悪ではないため止めるに止めれない。
そんな風に思っていると思う。
「す、素晴らしいですね、奇跡を目の当たりにしたのは久方ぶりですよ。でもここまでです。クズゴミにこの猫を倒す攻撃力は皆無ではないですか。奇跡は連続では起こりませんよ。……なのでもう離してあげましょうよ、ね?」
吐かしやがる。
が、確かに例えばこのまま地面に叩きつけたり、石で殴ったところでメタバキャットはビクともしないのも事実。
ろくに攻撃魔法も使えない僕に倒すことは不可能と思っているのだろう。
ところがだ。
「けっ、何を言うかと思えば。嫌なこった。要はこいつを仕留められれば良いってわけだろ」
捕まえさえしちまえばこんなチョット硬いだけの猫なんざ、殺処分する方法なんていくらでもある。
そこに奇跡なんて必要ねぇんだよなぁ、これが。
必要なのは鈍感さだ。
慈悲を感じない心が大切。
いかに情け容赦なく殺れるかが肝……!
その点、カオリンはもう駄目だ。
ここはひとつ、僕が手本を見せねばなるまい。
僕はメタバキャットの尻尾を持ったまま、こいつが水を飲んでいた池に近づく。
そしてそのままボチャンと。
「そい」
「!?」
宙ぶらりんのまま、メタバキャットの上半身が浸かるように池の水に沈めた……!
よし、これでいい。
あとはものの二、三分で勝手に溺れておっ死ぬ。
肺呼吸の生物を殺るにあたって実に理に適ったやり方だ。
苦しそうに激しく抵抗してくるが、メタバキャットの力は普通の猫程度。
よって振り切られるようなヘマはあり得ない……!
それとカオリンがなんかショッキングなものを見たような信じられないといった感じで涙目になりながら口元を押さえて僕を睨んできている。
おっといけない。
女の子にはちょいと刺激が強過ぎたかな……グハハハ!
ちなみにここまでの僕、何一つ悪いことはしていない。
ギルドからブレイブとして依頼を受け、ターゲットの魔獣を倒そうとしているだけ。
つまり魔獣を倒す勇者の図だ。
こいつを溺死させても、胸を張って英雄的行動と言えるだろう。
しかし泣きそうなカオリンを見るとなんだか悪いことやってる気がしてならない。
我が事ながら、人間って不思議だナ。
まあ、気にしない気にしない。
「十一、十二、十三、十四、十五………………」
「……何を数えているのですか」
落ち込んだ声でカオリンが尋ねてきたので、素直に僕は教える。
「こいつが死ぬまでの時間を数えているんだ。前のやつは三分位だった」
「…………!? クズ……ゴミ……あなたという人は……どこまで……」
カオリンは絶句していた。
そんなに驚くことかな?
まあ客観的に見るとサイコパスじみてるかも知れないが、それでも僕は悪いことはしていない。
もう一度言うが、英雄的行動だ。
「二十三、二十四、二十五……」
しかしそろそろカオリンが逆上して襲いかかってこないか心配だ。
その場合カオリンのスピードに僕では抵抗出来ないから、一瞬でなます切りにされてメタバキャットを強奪されることだろう。
一応すぐに動けるように警戒してはいるが、カオリンの早業の前では多分無意味。
まあその時の対抗策は考えてある。
自分の身体の安全が優先だからナ。
「……その……」
「ん?」
何やらカオリンの様子が変わる。
と、同時に今まで数え切れないほど感じてきた敵意を察知した……!
「その薄汚い手をすぐ離せぇぇぇぇ!」
案の定激昂したカオリンが切りかかってきた!
しかし……!
「おっと!」
僕は持っていたメタバキャットをカオリンに向け盾にすることで対抗する……!
悪意に満ちたこのタイミング的に斬撃がメタバキャットに命中することは不可避。
結局自分で殺すことになるんだよ、カオリンちゃんよぉ!
窒息させる手間が省けて時短になったぜぇ!
しかし、ここにきて再び誤算。
カオリンの腕を計算に入れていなかった。
僕のパーフェクトなタイミングでのメタバキャット殺しを、カオリンは接触寸前で剣を急停止させることで回避したのだ。
「ちっ、やるじゃないかカオリン」
そう言いながら僕は後退りしてカオリンとの間合いを離す。
もちろんメタバキャットをカオリンに向けたままだ。
「クズゴミのならそうくると思ってましたからね……さて、あまりお喋りをするつもりはありません。その猫をすぐに離して逃すのであればこれ以上手荒な真似はしませんが……?」
最後の警告と言わんばかりに剣先を僕にかざしながらメタバキャットを解放するように促してくるカオリン。
だがそんな脅しに屈する僕ではない。
「はあ? なぁに言ってんだお前? せっかく拾った金を捨てる馬鹿がどこにいるんだよマヌケェ! この魔獣一匹だけでしばらくは寝て暮らせるだけの金になるんだぞ!? なら殺して当然! こいつは僕らブレイブの財布の肥やしになるよう死ぬために生まれてきたんだよボケがぁ! 家畜みたいになぁぁ!」
「…………そうですか」
………………。
とまあ、そんな感じのことを息を切らしながらしゃあしゃあと力説する僕。
ちなみにカオリンから僕に向けられる視線は既にゴミを見るそれだ。
ゴミを掃除するの躊躇はないだろう。
「……ではあくまでもその猫を離すつもりはないということですね? それは残念です」
そう言うカオリンの声は事務的で感情のないものであった。
怒りの感情すら読みとれないというのが逆に怖い。
思わず足が震えてくる。
そしてカオリンはそれ以上は何も言わず、僕に向かってゆっくりと歩を進めてきた。
「ひ……」
やべぇ、死ぬ。
このままでは死ぬ。
流石に言い過ぎたか。
今ならまだメタバキャットを逃がして土下座で謝れば命だけは……。
いや待て、落ち着け。
人質がいる分、まだ僕の方が有利のはずだ。
その有効さはこの間すでに実証されている。
メタバキャットを誤って殺してしまうことはカオリンとしてはもっとも忌むべきところ。
硬くて素早い以外はほぼ普通の猫と同じだがらな。
カオリンの剣がちょいとでも擦れば一瞬でたちまちあの世行きだろう。
カオリンもそれを承知のはず。
ならばメタバキャットを盾にしている間はカオリンは満足に僕を攻撃出来ない。
まだ僕に分がある……!
となると、まずはカオリンとの距離を取り、周りの木々に隠れたところでメタバキャットごと『オーバー・ザ・ワールド』を……!
刹那、僕の逃亡計画に口を挟んできたカオリンは衝撃の内容を発した。
「ところでクズゴミ。あなたを仕留めてその猫を救出するのに、一秒あれば事足りることを知っていましたか……?」
……………………!?!?
いや、嘘だろ……?
驚かせようったってそうはいかねえ。
ていうか本当に殺すつもりかよ。
「……はったりに決まって、る!?」
瞬間、僕の目の前いたはずの消失したカオリン。
そしてほぼ同時に後頭部に感じた強い衝撃。
歪む視界。
ここで僕の記憶は途切れている。
そしてそれから数分後。
「う、ううう……」
後頭部の謎の衝撃により気を失っていた僕は意識を取り戻す。
痛む後頭部をさすりながら身体を起こし何があったかと辺りを見渡すと、傍らにメタバキャットを撫でながら正座しているカオリンと目が合った。
「あ……目が覚めましたかクズゴミ。気分はどうですか?」
「え? あ、いや、あんまり良くはないかな……ていうか、なんで僕はこんなとこでーー」
と、考えた瞬間。
脳が記憶を再生させ先の状況を思い出し。
僕に数分前の恐怖が鮮明に蘇ってきた。
「う、うおわぁぁぁ!?」
あれだけ警戒したにも関わらず、やられたと認識する間も無くカオリンに秒殺された事実。
加えてカオリンがその気なら僕を容易くあの世に送れたという現実。
それらを瞬時に理解した途端、僕は叫ぶと同時に飛び起き、カオリンから少し距離取りすぐさま些かな抵抗もなく土下座の態勢へ移行した。
「僕が悪かった! すいませんでした! 本当に申し訳ないことをしたと思っている! もう二度と猫には手を出さないと誓うからどうかこれ以上は勘弁して下さいぃ! 許してくれぇぇ!」
「ちょ、ちょっとやめて下さいよ、クズゴミ……」
渾身の土下座に羞恥心度外視の命乞い。
我ながら情けなさも極まったと思うが、助かるためには致し方ない。
「頭を上げてください。謝らなければならないのは私の方なのですから」
「えっ」
カオリンが本当に申し訳なさそうな声でそんなことを言ってきたが、なんのことか心当たりがない。
とりあえずこれ以上は攻撃されないと観て大丈夫なんだろうか。
「ぶれいぶの仕事で引き受けた以上、私の行いは依頼の約束を反故にする許されないことだと遅まきながらですが気がつきました。クズゴミ、すいませんでした」
「あ、いや、別に僕は気にしてないけど……」
謝られ慣れてない僕はカオリンが頭を下げて謝罪してくるのに対し、逆に悪いことしてしまったという気持ちになる。
謝ってばかりの人生を送ってきたことによる弊害だ。
「……せめてこの猫は、私の手で葬ります」
そう言うとカオリンは、仰向けにしたメタバキャットの首を押さえ込み、抜き身の剣を突き刺そうと振り上げる。
……しかし何故かその状態のまま固まった。
見ると、どうやら命乞いするようにニャーニャー鳴くメタバキャットのつぶらな瞳と目が合ってしまったらしく、やるにやれない様だ。
よっぽど辛いのか、涙目でごめんなさいごめんなさいと小声で連呼しながらゆっくりと振り下ろすーー。
「カオリン」
ーー手を僕は掴んで止めた。
「クズゴミ……? 何故止めるのです……?」
「何故って……」
普段気丈で冷静なカオリンが泣きながら剣を持ってるのを見てると居た堪れない気持ちになったからだ。
ぶっちゃけそこまでやらなくてもいいんだよな、今回の依頼。
「実は僕も気がついたんだ。カオリンの言う通り、害もないのに殺生するのはやっぱり悪いことだと……!」
僕は別に思ってもないようなことを適当に言うと、メタバキャットをパッと持ち上げ地面に離してやる。
すると残像が見える速さで走って、木々の中に消えていったのだった。
「……いいんですか。依頼は」
「いいよいいよ、どうせほとんど失敗が前提の話だ」
目尻の涙を拭ったカオリンが心配そうに聴いてきたが、まあ問題はない。
「じゃ、帰るか。甘い物でも食ってさ」
「……いいですね。私、あんみつがいいです」
世の中、銭勘定よりも重きを置かねばいけないこともあるってことがお陰で分かったからな。
そう、たわいのない会話をしながら、僕はカオリンと帰路についていった。
ちなみに翌日、同じ依頼を一人で受けた僕は、見事にメタバキャットの討伐を達成し、依頼をクリアしたのだった……!
魔王を発狂させた元凶は僕でした @rinotawa
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