第39話 四天王 終編

「この裏切り者ぉおおおおおぉぉ!」


 僕は思わずそう叫びながら路地を全力疾走していた。

 何故なら味方であるアティナ……いや、奴は裏切って僕を攻撃し始めたからもはや新たなる敵だ。

 なんならエルフローザに「私は味方よ」とか吐かしていたから魔王軍に寝返ったと考えていい。

 あいつ、いつか裏切るなとは思ってたんだ。

 そしてその裏切り者が僕を殺す勢いで追いかけてきている状況だ。

 まさか本気じゃないよな?

 

「アティナァ! お前ふざけんな! 僕に何の恨みがあるんだよ! 状況考えろって! 何かしたっけ僕!」


「直接私は何もされてないけど私の倫理観と正義感の導きによりあんたを殴らなきゃ気が済まないの!」


 は?

 ますます意味分からん。

 考えられるとすればグングニルを真っ二つにされたショックで脳みそが誤作動を起こして思考回路を動かせなくなり状況を錯乱して自分が魔王軍の一員だと思い込んでいる……か?

 ちっ、完全に正気を失ってるやがる。

 哀れな奴だ。

 何にせよあいつにはお灸を据えてやらねばなるまい。


「危っ!?」


 丁度通り過ぎた部分の壁がぶっ壊れた。

 曲がり角の多い迷路のような路地を駆使して何とか逃げている。

 足はアティナの方がずっと速いが、この地形ではそれを活かせてないようだ。

 しかしあいつはその分、『ブロウ・ザ・ブラッドクロス』とかいう新技を使って僕を攻撃してきやがった。

 手に纏ったブラッドクロスの血のような魔力を砲弾の如く飛ばしてくる。

 威力はグングニルより低くても手数が多い分厄介だ。

 それと剣に兎を抱えているから走り辛い。

 このままではいずれ捕まる。

 

「くそっ! もう少し……!」


 『オーバー・ザ・ワールド』で転移してもいいが、それでは裏切り者のアティナを放置することになる。

 それは頂けないと思った僕が考えた案が……。


「ぜぇ、ぜぇ……よし、何とか着いた」


「あ! クズゴミが戻ってきたぞ!」


 この辺の路地の道筋を暗記してる僕は闇雲に逃げるだけでなく、この最初いた広場へと向かっていたのだ。

 

「みんな聞いてくれ! 四天王は消耗させたがアティナの馬鹿が寝返りやがったんだ! 今そこの路地から二人とも出てくるから諸共に魔法の一斉射撃の的にしてやれ!」


 そして僕の案とはまさに今言ったこと。

 『アイズ・オブ・ヘブン』でエルフローザの奴もアティナの少し後ろからついてきているのは確認済み。

 要するにここに誘き寄せて他の連中に攻撃させようという算段だ。

 裏切り者には当然の報いだろう。


「まあでも少しは手加減してやってもいいかもな。もしかして正気を取り戻すかもしれないからな。しかし抵抗する場合は……容赦は……要らな、い?」


 …………あれ?


 刹那、僕は異変に気付く。

 どうも場の空気が冷たい。


「あの、何かトラブルでも……?」


 流石にアティナに攻撃を仕掛けるよう促したのは不味かったのか?

 全員が僕の方を見ているが、その目は潰れて内臓が飛び出た虫の死骸を見る時のそれだ。

 何故だ?

 一人で逃げたからか?

 でもあの場面、どう考えても敵を惹きつけて仲間の体制を整えるのと救援が来るまでの時間稼ぎを危険を顧みず引き受けた英雄の様だった。

 非難される言われはない筈。

 

「……クズゴミお前、四天王の女騎士に土下座させただろ。何でだ」


「え」


 思いもしなかった質問に言葉が詰まる僕。

 馬鹿な。

 どうしてそれを知ってる……!


「理不尽な言い方で罵詈雑言を浴びせてただろ。必要あったのか?」


「どうして関係ない動物を傷つけた?」


「わざわざ髪の毛を切ったな。どういうつもりだ?」


「いや、えっと、それは……精神的なあれを狙って色々と、その……」


 不思議とさっきのエルフローザとの出来事が知れ渡っている謎の現象に軽くパニくってしまう。

 どう言ったものか考えようと視線を流していると、何か見覚えのある黒いローブ姿の奴が……。


「あ、バンベルク……!」


 よく見ると足元には氷の水晶が転がっている。

 合点がいった。

 昔からの知り合いだ。

 よく知ってる。

 『D・ビジョン』を使ったな。

 つまり全部あいつのせいか。

 くそ、確かにSランクへの応援要請ならバンベルクがくることも充分にあり得る可能性のひとつ。

 そこまで考えがいかなかった……!


「うるせぇ! どいつもこいつも眠たいこと言いやがって! あの四天王はこの街を侵略にきた敵なんだぞ! だったら何されようと文句はーー」


「捕まえた♪」


 っ……!

 しまった……!

 前のことばかり目がいってて、後ろのことを疎かにしていた……!

 

 最高の笑みを浮かべたアティナが僕の背中から抱きついきたのだ。

 その手にはもう逃がさないという意思と殺意がこもってる。

 これは死神のハグだ。

 僕の素の力では引き剥がせない。

 そしてそれにより今の僕はバイタルが乱れまくり嫌な汗が止まらない絶不調の状態へと陥った。

 濃度の濃いリアルな死の予感を感じる。


「くそ……! おいエルフローザ、聞こえてるか! まだ兎は僕の手の中だ! このままじゃ巻き添え喰らってミンチになっちまうぞ! それが嫌ならこいつをすぐに排除しろぉぉ!!」


 いつの間にか敵味方が逆転する現象が起きているが知ったこっちゃない。

 敵の敵は味方ってやつだ。

 

「その辺にしてはどうですか、クズゴミ」


「搦手つくのも度を越すと見てらんねぇぜ」


「ちょ!?」


 ここにきて僕、圧倒的迂闊。

 僕がまた兎を種にエルフローザを動かそうと意識が一瞬それた隙に、両サイドにいつの間に来ていたカオリンとエーテルに剣も兎も取り上げられてしまった。

 流石に極度の緊張状態と全力疾走のせいで体力が消耗し、身体にはいる力があまりない瞬間を不意に狙われては簡単に奪取されてしまうというもの。


「どれ、ちょっといいかな。……うん、この種類の魔兎なら耳の部位を治すのは難しくない。こうして治癒促進のポーションを飲ませてあげれば……よし、元通り」


 カオリンが僕から取り上げた兎に、バンベルクは懐から取り出した小指サイズの瓶の液体を飲ませる。

 すると尋常じゃないスピードでなくなった耳が再生していった。

 どんな劇薬を使えばああなるんだ。


「さて、取り引きといかないか。魔王軍四天王が一角、魔滅の『魔宝剣アンチカリバー』の担い手。エルフローザ・コラレット」


 カオリンから受け取った兎を赤子のように大事に抱え、バンベルクはエルフローザの元へ立つ。

 

「……Sランクブレイブ、バンベルク・ウォッチャ……だな。取り引きだと……?」


 最上級の警戒をしているエルフローザ。

 それに対しバンベルクは大分リラックスしているように見える。

 おそらく兎がエルフローザにとって大切な存在だと見抜いてるのだろう。

 だからそれが自分の手にある限りは攻撃はこないと踏んでいるのだ。


「なに、簡単な話さ。こちらはこの兎を返す。傷を治した上でね。そちらはこの街のことは綺麗に諦め撤退する。お互いこれ以上無駄なダメージを負わない、良い取り引きだと思わないかい?」


「……」


 即答はなかった。

 魔王軍の任務と自分の私情、どっちをとるか天秤にかけてるのだろうか。

 確かに僕たちはそれで助かるがエルフローザからすれば気に食わない内容ではないか。

 まだ目的の情報も手に入れていないのまま撤退することになるし、何より僕への報復する気満々に感じる。

 まあ僕も最終的には同じことを言うつもりだったのだが。


「人徳の無い行いもあったが君とて街を襲った。隊も連れてたろう? ここ一つ、分けってことにしようじゃないか。。ああ、あとすまないが流石に『魔宝剣アンチカリバー』は返せない。何せその剣は私の天敵だからね。それを装備した君との戦闘は正直避けたいのが本音さ」


 バンベルクは兎を撫でながらはっきりと口にする。

 魔法と魔道具を主体で戦う彼にとって魔法を消される魔宝剣は確かに相性が悪い。

 なんなら今なら倒せるのではと思ったが、口出しする空気でもないので黙っておこう。


「……分かった。それでいい……」


 長考の末、エルフローザは取り引きに頷いた。

 それは四天王襲来の戦いの幕引きを意味していて、ブレイブ達から小さく歓喜の声があがったのだ。

 というかエルフローザに選択の余地がない気もする。

 魔宝剣ありならまだしも、あのSランクブレイブのバンベルク相手に一人で丸腰で戦うのはいくら四天王でも部が悪いだろう。

 もちろん兎の人質もありの状況だ。

 考えれば十中八九通る要求だったんだな。


「それは良かった! ではこの兎は主人のもとへ返さなければ……」


 そう言うとバンベルクは兎を地面へと離すと、エルフローザの元へ駆けていく。

 彼女はそれをギュッと抱きしめてやるのだった。






 

 僕のやった兎への惨劇があったからか場によかったねみたいなホッコリとした空気が流れている中。


「あの、アティナ。なんか丸く収まったみたいだし、そろそろ離してくれても……」


 さっきからずっと逃げられないようアティナは僕を捉えている。

 敵意は感じなくなったからいいけど。


「……クズゴミのバカ。前に言ったじゃない。相手の尊厳を踏みにじるようなやり方は許容出来ない。敵なら何やっても良いって訳じゃないって」

 

「……ん」


 後ろから抱きついたまま、アティナはどこか不機嫌の中に悲哀の混ざった声で僕に二度目のそれを囁いた。

 実は覚えてる、何故か頭に残っている。

 もしかして滅茶苦茶怒ってた原因はそのことだったのか。


「……今度からは自重するよ」

 

 いつもならあり得ないくらいしんみりとしたアティナに、そんなつもりは無かったが不思議と僕はそう言ったのだった。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その日の夜。

 ギルド併設の酒場では、皆が多いに叫び、酒を飲んでいた。

 もし一歩違えば今頃この街は魔王軍の手にあったと考えると、今回の成果はこれ以上ないものだったと言えるだろう。

 四天王との交戦があっにも関わらず、死者ゼロ人は中々ないらしい。  

 そう思えば祝いたい気分になるもの。

 怪我人は出たものの、その怪我人も既に混ざって馬鹿騒ぎしてるぐらいだから心配なさそうだ。


「ふぅ……」


 僕は熱気ある席から離れて、一人酒場ののバルコニーに出て風に当たっていた。

 いや、一人ではなかったか。


「やあ、そろそろ異能は覚醒したかい」


 横に並んできたのは、キセルをふかしながらやってきたバンベルクだ。

 深い青色の髪が月明かりに揺れている。

 

「またそれか……無いよ、僕に異能力なんて」


「そうかな。君のお母さんが有していた『現映す天の視界』。受け継がれてないかと睨んでいるんだがね」

 

 実はバンベルクとは小さい頃時からの知り合いで、母さんと交友があったようだが、今でも時々会いに来てご飯奢ってくれたりするのだ。

 その度に聞かれるのが異能力のこと。

 バンベルクの本職が研究者で異能力の研究をしてるらしく、母さんが異能力者だったから息子の僕にも異能があれば調べたい訳だ。

 しっかり受け継がれるけど、申し訳ないが黙ってるつもりだが。


「まあいいさ、気長に待たせてもらうよ。……それよりクズ君、これを見てくれたまえ。面白いことが起こる」


「ん、また『D・ビジョン』? これのせいで僕は酷い目にあったんだぞ」


 バンベルクから持ってた手のひらサイズの水晶を渡された。

 そしてその水晶には既に景色が映っている。

 馬車に乗って移動しているエルフローザの姿だ。

 いや、正確にはエルフローザの膝に乗ってる兎にピントが合っている。


「これはここだけの話しだよ。クズ君は私がエルフローザへ取り引きを持ちかけた時、今なら倒せるのではと思わなかったかい?」


 バンベルクがコソコソとそう聞いてくる。

 まさしくその通りだ。


「思ったよ。せっかく四天王相手に勝てたかもしれないのに、わざわざ逃してよかったのか?」


「ふふふ。もちろん、ただで逃がす訳ないじゃないか。……頃合いだ、そろそろを咲かせてあげよう」


 どういうことか分からないが、悪い笑顔をしているところから察するに何か良くないことを企んでるらしい。

 バンベルクは結構イタズラ好きだからな。

 しかし僕のお茶目なやつとは違って、かなりえげつないやり方が多いときた。

 

「魔導伝……オン……!」


 バンベルクがそう言った直後。

 水晶に映る景色一面が爆炎に染め上がった。

 そしてワンテンポ遅れて響く爆音。

 その熾烈さは水晶越しだけでなく、実際にここまで少し届くくらいの規模だった。


「え、え? 何これ。爆発したのか? 何で……」


「っ〜〜〜〜はっはっは……」


 訳が分からない僕。

 引き換えバンベルクは大爆笑している。

 

「いやいやいや、あぁ面白い。見事に決まったものだ。あの兎爆弾が」


「……! 仕込んだのかあの時!」


 兎爆弾というワードで僕は察した。

 バンベルクが傷を治すのに飲ませていたあのポーションがおそらく爆発のネタだろう。

 それをあえてエルフローザに返して街から離れたところをドカンだ。

 そしてそれを安全圏から見物する、か。


「ご名答だよクズ君。あのポーションは私の特別仕様でね。飲むと爆発的な回復力を得る代わりに、魔力信号一つで大規模爆発する爆弾になるという代物なのさ」


 ケラケラと笑い上機嫌で説明するバンベルク。

 僕はこっそりと『アイズ・オブ・ヘブン』で今一度エルフローザの姿を確認すると、どうやら息はあるようだが爆発に飲まれたダメージでピクリとも動かない。

 辺りは爆破の威力が物語るように巨大なクレーターとなり、一緒にいた魔人たちは灰塵に帰したようだ。

 もちろんエルフローザがプライドを捨ててまで守りたかった生き形見の兎は、跡形もなく散っただろう。


「ひでぇことしやがる……」


「はは、君が『魔宝剣アンチカリバー』を奪い取ってくれたお陰さ。あれがあれば爆弾化は解かれていたかもしれないからね」


 それも折り込み済みの案だった訳か。

 この方法なら確かに街や他のブレイブに被害を出さず、自分に危険が及ぶ心配もない。

 ただ人徳が無いとか詫びを入れるようなこと言ってた奴のやることとは思えんがな。

 

「……悪魔だな、バンベルク」


「君には頭が下がるけどね」


 皮肉気に言ってくるバンベルクだが、僕は褒め言葉のつもりだったんだな。




 時に、クズと呼ばれる人種には二種類ある。

 それは笑えるクズか、笑えないクズかだ。

 バンベルクはブレイブの中からも後者の人種と悪名が高いのだ。

 子供の頃からそれを見てる僕もその影響を大いに受けていたりする。

 え、僕はどっちの人種かって?


 

 僕はクズじゃないよ。

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