第38話 四天王 後編 アティナ視点
どうやったのか分からないけどクズゴミが四天王の人が使ってたあのペラペラの反則能力の剣を奪い取り、そのまま持ち逃げしていった。
多分、一生分の運を使い果たしたラッキーがあってこその所業だと思う。
当然、怒り心頭の四天王はきっとクズゴミをなぶり殺しにするために走って行った。
私も同じ立場でグングニルを奪われたとしたら、確かに取り返すときにクズゴミの命は保証しかねるかも。
とは言え、このまま四天王にクズゴミがやられてしまうのは私とて望む所ではない。
魔法も復活したし、私も追いかけて戦いたい気持ちはある。
でも前にクズゴミが無駄にカッコつけながらほざいてた言葉が脳裏によぎっていた。
確か、「例えば僕が一人で敵から逃げる事態があっても、そこは僕に任せて追いかけてくる様なことはしないで欲しい」と、そんな感じだった気がする。
何故かと聞いたら、一人の方が逃げやすいからと言っていたっけ。
「アティナ。クズゴミは大丈夫でしょうか。私は今頃あっさり捕まって締め殺されていないか不安で仕方ありません」
「クズゴミの逃げ足の速さはネズミ並みだが、今回は相手が悪すぎる。あいつ、今頃自分の発言に後悔しているぜ」
カオリンとエーテルもあの言葉を思い出していたようで、心配を隠せないでいた。
私も同じ気持ちだ。
クズゴミはクズでゴミでビビりだけど、何て言うか……変に無謀な勇気があるって言うか、逃げるって連呼する割には中々逃げないって言うか。
大した力も無いくせにどうして格上の敵の前に出られるのかと不思議に思う。
今さっきだって私の前に出て……。
とにかく、クズゴミの性格からしてこの状況、何の算段も無く一人で逃げるような真似はしない筈。
だったらここは。
「……今は信じて待ちましょう。クズゴミは事逃げるに関しては超一流だから」
私が女神の風格に相応しい麗しさで二人にそう言った。
まあ仮に今から追っても、どこに行ったのか分からないしね。
「おーい! 三人ともこっちに来てくれー! クズゴミの様子が分かるぞー!」
と、ブレイブの人がとても気になる内容で私達を呼びかけてきた。
どういうことかと思い、駆けつける。
見るとブレイブの人だかりに囲まれ、真っ黒なローブを身につけた人がスイカぐらいの大きさの丸い氷の塊を磨いていた。
……直感で分かるけどこの黒いローブ姿の人、かなり強い。
どれくらいかって言うと、本来のフルパワーの私の半分の半分くらい強いくらいね。
「……? あの氷塊は何ですか?」
首を傾げるカオリンが尋ねる。
その氷はまるでまん丸い球体で鏡のように周りを映していた。
氷というよりはもはや水晶だ。
「今からその氷にクズゴミの姿を映し出すらしい。なんとかって魔法だとよ」
「なるほど……そのような魔法もあるのですね」
私も初めて聞いた。
そんな便利な魔法があるならもっと早く知りたかったわ。
「『D・ビジョン』って魔法だ。かなりの高等魔法な筈だがあの黒ローブ、まさかーー」
「おっ! 映ったぞ!」
エーテルはその魔法のことを知ってるようだった。
それに黒いローブの姿の人のことも心辺りがあるようだが、すぐに誰かが叫ぶ。
その瞬間、みんなの視線が氷の水晶に集まった。
「よかった。クズゴミは無事みたいです」
氷の水晶にはクズゴミと四天王の人の姿が映っていた。
どうやら建物の屋上に逃げたらしい。
ひとまず無事なのを見れてカオリンは安堵している。
でも五秒後、五体満足かは保証がないこの状況。
やっぱりこの水晶に映ってる景色から場所を特定して助けに行った方がいいような気がしてきた。
その間奪い取った武器でなんとか身を守ってくれていれば……。
[まずは土下座せいっ! 土下座をマスターした僕を唸らせるぐらいのやつをだ! まさかやり方を知らないとは言わないだろうなぁ!]
…………………………?
氷の水晶からクズゴミのやけに図に乗った声が確かに響いた。
今のも『D・ビジョン』の魔法の効能だろうか。
それを聞いた周りのブレイブの沈黙が何言ってんだこいつはと言っている。
「あの馬鹿……どうして……」
私は完全に終わったと思わざるを得なかった。
きっと恐怖で頭が錯乱して理性が吹っ飛んだ結果が今の自殺言動なのだ。
せめていつも通り自分の方が土下座して命乞いすれば腕の一本とかで済まされたかもしれないけど、それももう駄目。
間違いなく武器を取り返された後になます切りにされてしまう。
だけど私がそうクズゴミとの死別を覚悟した次の瞬間、目を疑う現象が氷の水晶に映し出された。
「えっ!? おい見ろ!」
「ど、どういうことだ? こりゃ!?」
見ていた全員が困惑した。
クズゴミが惨殺される光景が流れると息を呑んでいたのに、まさかもまさか。
四天王の人の方が膝を落とし両の手を地に着け頭を下げ始めたのだ。
全く理にかなわぬ現実。
誰もが不可思議なその行いにざわめいた。
私も全然何故か分からない。
あの四天王の力ならクズゴミ相手に謙るような理由は皆無の筈なのに。
「……あの、もしかしたらなのですが」
その時、ぽつりとそう呟いたカオリンへ注目が集まる。
「クズゴミは奪い取ったあの武器を人質にしているのではないでしょうか。皆さん見てた通り、あの魔宝剣と呼ばれていた剣はかなり薄い刃でした。折ろうと思えば簡単に折れるのかもしれません」
そして最後におそらくはと付けるカオリン。
だけど無くはない仮説かもしれないがちょっと腑に落ちずらい。
「……い、いや、けどカオリン。確かにあの剣は魔法を打ち消す能力を加味してもかなりの逸品だろうよ。だからってそれが人質になり得るとは考え難いぜ」
同じく無理があるのではと思ったエーテルが異議を唱えた。
それにカオリンが説明を続ける。
「思い出してみて下さい。剣を奪われた後の四天王の様子を。彼女は武器無しでも充分戦える程の体術を有していました。にも関わらず剣を取り返す為に我々に背中を見せてまで逃げたクズゴミを追いかけてます。これは私から言えば相当不自然です」
そう言い切るカオリン。
その分析を聞きブレイブ達はうーむと唸っている。
私も言われてみればそうかもしれないとような気がしてきた。
クズゴミ一人追いかけるよりも先にその場の他の人を攻撃して倒した後、逆に人質を取った方が後々やりやすいのではないか。
「ん……た、確かに、いくら格下と見定めた相手とは言え、敵に背を向けて隙を晒すなんて愚。四天王レベルの奴が犯す理由となると……」
「ええ、なりふり構わずに取り返したい程に執着があるのでしょう。だとすればそれは人質になり得るかと」
そこまでのカオリンの推理に、聞いてた全員が納得したと頷いていた。
まあ事実クズゴミの馬鹿げた要求に従っている以上、それは当たりと考えていいだろう。
きっとカオリンの武器も師匠から貰った大切なものと言っていたから、四天王の心理が分かったのかもしれない。
[馬鹿がっ! 満足な訳ないだろうが! 全然なってない! それじゃあただ正座してお辞儀しただけだろうが! もっと足を開いて腰を浮かせて額を地面に擦り付けるんだよ! こちとらほぼ毎日やってんだからな!]
と、水晶からまたクズゴミの声が響いた。
どうやら土下座の仕方にいちゃもんつけているようだ。
「ぐっ、それにしてもあのクズは本当にろくでもないわね。自分が有利になった途端に調子に乗って……!」
私はさっきまでの心配はどこかへ消えて、ふざけたことを吐かすクズゴミへ憤りを感じていた。
何が毎日やってるだ。
あいつには恥という感情はないの?
「お? なんだ、クズゴミの野郎、よく見ると剣と反対の手に何か持っているぞ?」
「これは……兎か?」
食い入るように見ていたブレイブの人が言う通り、どこで捕まえたのかクズゴミは何故か兎を掴んで持っていた。
一体どういう意図なのだろうか。
「っ……! まさかクズゴミ、そこまで……!」
ハッと驚き、顔をしかめるカオリン。
「な、なんだよカオリン。分かったのか? なんでクズゴミは兎なんか……」
エーテルがみんなを代表して尋ねる。
どうやらカオリンはこの謎にも答えを導き出したらしい。
「外れて欲しい予想ですが……クズゴミはあの兎を奪った剣で傷つけるつもりなのでしょう。私もそうですが自分の武器が無意味に無垢な動物を殺めるなんて、気分がいいものではありません。言わば兎は人質を更に引き立てるための生贄。エーテルも仮に自分の箒で罪のない兎を殺されたら……」
「確かに……かなり嫌だな。胸糞が悪くなるに違いないぜ」
箒を掃除に使われて怒るぐらいだからそんなことされたら、確実にグーパンの二、三発じゃすまないわね。
私はそう確信する。
でもいくらクズゴミでも流石にそこまで鬼畜じゃ……。
[まあ及第点ってとこかな。まあ、それはそれとして……そいっ!]
しかし直後、恐れていたカオリンの言った通りの事態が起こる。
「きゃあ!?」
それはショッキングな光景を目撃した女性のブレイブの悲鳴だった。
クズゴミは何のためらいもなく、それどころか楽しげにも見えるように、兎の片耳を剣で切断したのだ。
「……非道い……」
「嘘だろ……あいつ」
猟奇的なその行いに、私も含めみんなドン引きだった。
思わず握る拳に力がはいる私。
あいつにはちょっとお灸が必要だと思う。
[はあ? なーに言ってんだお前? 僕は三秒待つって言っただろ。でもお前が土下座したのは三秒経ったあとじゃないか。まあ意味は無かったけどやるってお前が言うから、終わるまで切断の刑を保留してやってたんだ。それを約束が違うとか言われてもなあ]
更に本人に悪びれる様子は一切なく、しゃあしゃあと舐めた口をたたくクズゴミ。
聞いてただけで私はクズゴミをぶっ飛ばしてやりたい気持ちでいっぱいになる。
そう苛立っていると。
「あれ? 映像が消えちまったぞ? 不具合か?」
「バンベルクさん、どうしたんですかい?」
見ていた水晶に映っていた光景が突然プツッと消えてしまった。
それにはバンベルクと呼ばれた黒いローブの人へ声がかかる。
「うーん、少々お待ちを………………よし、これで」
「お、映った映った!」
再び水晶に光景が流れる。
どうやら消えてた内に四天王の人が建物の屋上へ移動して、クズゴミも隣の屋上へと移っているようだった。
そして直後。
[そぉい!]
掛け声と共にまたもや兎の耳を切り落とすクズゴミの姿が流れた。
まるで罪悪感など抱いていない声音。
やはり楽しんですらいるように思えた。
[ああ! 可哀想に! 両耳が無くなっちまった! お前も不幸だな、あんな飼い主に飼われなければこんな憂き目には合わなかったのによ]
加えて相手を煽る理不尽な言動。
もはや救いようのないクズなのは疑いようもない。
いつのまにか四天王の人の方を応援していた私は、ここから逆転して欲しいと願いながら水晶を見つめる。
可哀想なことに涙目で震えている彼女を見ると、ますますあのクズを殴りたくなってきた。
[んん? なんか勘違いしちゃいないか? こうなったら原因はお前にあるんだぜぃ! 武器を取られるヘマしたのもお前! 兎をスパイにむざむざ私のもお前! 全部お前のせいでこうなったんだ! お前が悪いんだ!]
少し言い返した四天王だったが、あの外道の舌は人を怒らせる時はフル回転するように出来てるらしく、訳の分からないことを叫んでいた。
そしてここで私の怒りはピークへと達する。
「……私、ちょっと行ってくるわ」
私は後ろで水晶を見ているブレイブ達の間を抜けた。
ひとまず見える範囲で一番高い建物を目指すことにしよう。
そこからならクズゴミの居場所を特定出来るかもしれない。
「待って下さいアティナ。行くって、クズゴミのところですか。加勢に行くつもりですか」
「敵を倒すつもりか」
あとをついてきた二人が私にそう投げかける。
「その通りよ、二人とも。今から敵を殴りにいくの」
そう、本当に鉄槌を下さなければならない敵は見定まった。
「ーーあのクズだけはこの手でぶちのめさなくちゃ気が済まない!」
「「あ、やっぱりそっち」」
思った通りと言わんばかりに、二人の声がハモっていた。
そして私は今日一番の動きで一番高い建物に登り、今日一番の冴でクズゴミを見つけ、瞬時にそこに移動しこう言った。
「そこまでよ」
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