第3話 在宅看取りと県外の息子
私は在宅看取りをしている。その中で次のようなことがあった。
膵癌末期。BSC(ベストサポーティングケア)で経過を観察。積極的治療を行わない方針は本人を含め同意を確認済み。本人のADLは自立していて、月一回、外来を受診していた。
それが、7月から8月の猛暑で急に体調を崩し、飲食できず、わずか二日で終日臥床となった。
急激な経過ではあるが、しかし高齢の膵癌患者であることを考えると、特に珍しいというわけでもない。
往診し、とりあえず点滴を行い、患者本人と相談し、まだオピオイドは使わないが、痛みや辛みが強いならすぐに処方するので遠慮なくいってください、という方針とした。
残りの日数も多くないだろうが、奥さん―――その症例は男性―――も基礎疾患が多くあり、認知機能も低下傾向にあることから訪問介護ケアを急遽依頼。
万事滞りなく、連絡先も確認したところで―――近所に住む娘から、尋ねられた。
「兄が県外(首都圏K県)にいるのですが、呼んでいいですか?」
さて、どうする?
当時、すでに一日当たりの感染者数はレコードを更新。不要不急の外出、越境は控えるよう、というのは言うまでもない。
もちろん、親の死に目は急用だろうが、しかしすでに予後などについては息子側にも説明し、元気なうちでの別れは済ませている。
人道としては許可するべきだが、しかし医者の口から 『どうぞ』 と断言するのは良いのだろうか?
迷った末
「ワクチンは受けてますよね?でしたらまあ、問題はないかと思います」
と答えた。
結果、息子は来て、その2日後、患者は亡くなった。
間違ってはいないはず。しかし、本当にこれでよかったのだろうか?
現在、私の住む県でも、感染者数は増加し、1日当たりの新規患者数は今までない伸びを見せている。
読んだ息子さんはコロナ感染とは関係なかったようだが、我が県にコロナを運んできた人々の中にも、似たような有要有急の理由で来た人がいたのではないか?
もしそうだとしたら、私の判断はたまたま害がなかっただけで、してはいけない危険な判断ではなかったのか?
答えは出ない。
徒然田舎医者讒言 詞連 @kotobaturame
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