小人たちの世界史 Boston Tea Party

矢田いそおき

第1話 未知との遭遇

地表暦153年 トウキョウ植民地 シブヤ防衛線


動き回る巨大な柱たちの中を、その男は飛んでいた。

短く、3次元機動となる空中戦でも取り扱いやすそうな銃で武装している。灰色を基調とした迷彩服の腰についている重力制御装置は、彼が地表での戦いに特化してきた第八方面軍の部隊であることを示していた。ふらつきもせず、まっすぐと自らの体を空中で巧みに操るその姿は、とびきり優秀であることが見て取れる。

しかし男の目には強い緊張と不安が表れていた。ゴーグルに示された警告表示は、男を守るシールドのエネルギーがもうすぐ限界であることを示している。しかもこの密集していて動き回るカラフルな柱の中では、下から撃ってくる敵を見つけるのは困難だ。

急に、男の無線が叫びだした。

「ブレイク!ブレイク!こちらタンゴ13!攻撃を受けた!攻撃を受けた!レッドアラートだ!」

無線をとった男…今シブヤ防衛線に展開している中隊の中隊長であるミヤギ中尉は軽く舌打ちをした。自分たちがどうしようもない罠にはまったことをいい加減認めざるを得なかったのだ。

「こちらタンゴ1!タンゴ中隊各位、上昇!上昇!空間ができるまで上空へ退避する!」

言い終わると同時に、ミヤギ中尉は一気に上昇した。柱の数が減り、代わりにより太く、よりカラフルになっていく。そして…

飛び出た。

ミヤギ中尉は下を動く人間…地球人たちを見て嘆息した。この巨大な群れの中で地面の敵を探そうという行為自体がばかげていたのだ。地球人と比べるとミヤギ中尉たちは170分の1ほどの大きさで、身長は地球人の単位で1センチ程度でしかない。このサイズ差は、もはや同じ生物というより移動するビル群という認識になる。そんなのが何百人といる陰に隠れて地面から撃ってくる敵を見つけ出すことは不可能だった。

だが、彼は知っている。地球人たちの頭上にある緑や赤に光る装置…それが緑の時地球人たちは動き、赤の時止まる。その時に攻勢をかければよかった。

「タンゴ1より中隊各位、上空待機。もうすぐ空間ができる。そこで一気に決めるぞ!」

「了解!」

中隊の仲間から返事が返ってくる。それを聞きながら、彼は今一度銃を持ち直した。

色が変わる。地球人たちの動きが止まった。

ミヤギ中尉は一気に降下した。地面が迫ってくる。ぎりぎりで引き起こし、低空飛行に移る。そして…見つけた。

地面から半球状のドームが飛び出ている。シールドのドームだ。ミヤギ中尉はまっすぐ銃を構え、引き金を引いた。銃から発射される指向エネルギー弾が、敵が展開しているシールドにあやまたず命中した。敵が持ち運びできる程度のシールドなら、簡単に破壊できるはずだ。

だが次の瞬間、ミヤギ中尉は驚愕した。敵のシールドは簡単に弾を防いでいた。シールドを破壊したのち上からもう一連射してとどめを刺そうとした目論見が失敗したのだ。

気づかれたミヤギ中尉に向かって敵の弾が殺到する。自身のシールドが限界であることを示す警告が流れ、彼を余計焦らせる。

「タンゴ1より中隊各位!敵シールドは想定外の硬さだ!こちらはダメージを受けた!一度上空退避だ!」

「こちらタンゴ4、同じく敵シールドを突破できず!信じがたい硬さです!」

ミヤギ中尉の無線機がなり続ける。中隊の誰も敵のシールドを突破できなかったのだ。

再び上空へと戻る羽目になったミヤギ中尉は、地球人たちの巨大な乗り物が動き出した地面を見下ろした。

中隊が装備している銃は、強力な指向エネルギー弾を発射する小銃である。小銃である上に取り回しがきくよう短くなっているため、威力は多少落ちる。だが、それでもシールドを破壊するには十分だったはずだ。敵は自分たちのように強力なシールドを出現させる技術はないはずだからである。

そういえば…ミヤギ中尉はさっきまでの戦闘を思い返した。彼らの弾は、一連射で彼のシールドをレッドアラートまで持ち込んだ。いつもの敵の装備なら、警告表示が出ていても三連射程度耐えるし、そもそも警告表示まで攻撃されることはない。それがどうしたことか、敵は強力な武器をどこからか手に入れたのだ。このままでは突破できない。

ミヤギ中尉は再び無線機をとった。

「タンゴ1よりトリアノン、砲撃支援を要請する。中隊の火力では突破できそうにない!」

中隊が退避しているさらに上には、彼らをここまで運んできた強襲戦闘艦、ヴェルサイユ級3番艦トリアノンが展開している。この船が持つ対地エネルギー砲なら、さすがに敵のシールドを破壊できるはずだ。

「トリアノンよりタンゴ1、了解。攻撃座標を送られたし。」

ミヤギ中尉は先ほど見つけた敵シールドの位置を送信した。ゴーグルの画面には同じく中隊の仲間がトリアノンに送信した座標が表示される。

その時、地球人たちの車の流れが止まった。

「タンゴ1より中隊各位!降下!降下!砲撃支援のあとを一気に制圧するぞ!」

ミヤギ中尉は再び降下した。地面が近づき引き起こした時、敵のシールドが一瞬光り、ゆっくりと消えていった。砲撃によって破壊されたのだ。

一気に距離を詰める。銃を構えた時…ミヤギ中尉は再び目論見が失敗したことを悟った。敵は地面から完全に姿を消していた。

「タンゴ5よりタンゴ1へ!敵影ロスト!ロスト!敵がどこにもいません!」

「こちらタンゴ7!こっちもです!敵影ロスト!」

無線がなる中、ミヤギ中尉はただ茫然とするしかなかった。彼がようやく銃を構え、中隊に上昇の指示を出したころには、再び巨大な柱が周囲を動いていた。







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小人たちの世界史 Boston Tea Party 矢田いそおき @yada1sooki

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