思いの詰まったバスケットボール

@tomomoku

思いの詰まったバスケットボール

 Aの通う高校は、バスケットボールが有名な高校である。バスケットボール部員の為の寮を構え、県外から多くの人を集めている。A自身も、バスケットボール部に入部する為に、その高校に入学した。


 高校一年生のバスケットボール部員のAは、前々から倉庫にある物が気になっていた。色々な物が所狭しと置かれている倉庫に、一目見ただけでは見つけられない場所に、それは置かれていた。棚の一番上の端にあり、赤色に金の飾り紐が付いた優勝旗のような布が掛けられている。気になってはいたが、倉庫に入る時は、部活の準備や片付けで忙しかったため、人に尋ねる機会がなかった。部活に慣れて後片付けを任された今なら、布の中を確かめることができる。Aは他に人がいない事を確認して、ゆっくりと手を伸ばし布をめくった。


 布の下には、見慣れたバスケットボールがあった。しかし、そのバスケットボールは、ガラスケースに入れられていた。何かの記念品なのだろうかと思い、よく見てみようと顔を近づけた。


「何やってるのっ」

 突然の大声にAの肩は大きく跳ね上がった。激しく打つ胸を抑えつつ振り返ると、そこにはバスケットボール部のキャプテンが立っていた。

「すみません。気になって触ってしまいました。」

キャプテンの剣幕から、やはり何かの記念品のような、大切なものだったのだと思い、Aは慌てて謝罪を行った。怯えた様子のAを見て、キャプテンは慌てた様子で大声を上げた理由を話した。

「あの、えっと、大きな声を出しちゃってごめん。その、それには噂があって、それで驚いちゃって・・・」

「えっ、噂ですか」

「その、だからそれに触らない方がいいよ」

そう言うと、キャプテンは倉庫から出るように、Aを促した。


 着替えるために部室に行くと、キャプテンはあのバスケットボールの噂について話し始めた。

「あのボールは、昔、人から送られたきたものでね。その人には娘さんがいたんだけど、事故にあって亡くなってしまって。その子はバスケが好きで、ここの高校に入学しようとしていたから、せめてボールだけでも使ってほしいって。その子が使っていたボールを寄贈してくれたの。で、そういうことなら、その子の分まで頑張ろうって、そのボール使って練習をしていたの」

キャプテンは話ながらじっと、Aの様子を伺っていた。

「でも、それから、練習中に怪我することが多くなって。ある時、部員の一人が練習中に突然、大声を上げたの。で、事情を聴いたら、その部員の子は、ボールを使うようになってから、練習での怪我が多くなったから。そのボールをこっそり、別の場所に移動させていたの。でも、そのあるはずの無いボールがあったから、吃驚して悲鳴を上げてしまったって」

「じゃあ、あのボールがあそこにあるのは」

「うん、何度試しても、ボールは戻ってくるんだけど。部活で使っているあの倉庫だと、あのままだから。後、あのボールを使わなければ、怪我しないって気づいて・・・」

「あれって、前からあるんですよね。そういう話、全然聞かないのは・・・」

「面白がって騒いだり、試しに使ってみようとする子がいるから。だから、そういうことが起きないように、噂が広がらないようにしてて・・・」

キャプテンはAの様子をじっと見て、さっき言ったような事をしないか、心配しているようだった。

それに気づいたAは「分かりました。他の人には言いません」と急いで答えた。

「うん、お願いね。後、念の為、ボールには触らないように」そう言いながら、キャプテンはまだ、不安げにAを見ていた。


 Aはキャプテンに言われた通り、誰にもその話をしなかったし、ボールにも触らなかった。しかし、誰もいない時に、こっそり中を覗くようになった。

 バスケットボールが有名な高校だけあって、練習は厳しく、求められるレベルも高かった。周りには、小学生の頃からバスケをやっていた自分よりも上手い人が、大勢いる。みんな、一生懸命頑張っている、という事は分かっている。しかし分かっていても、分かっているからこそ、頑張ってもできない自分はダメだと思ってしまう。そんな時に、あのボールを見る事で、Aはバスケに対するモチベーションを維持していた。それは、この高校に入学する事ができて、バスケができる自分は恵まれている。だから、亡くなってしまった子の分まで、頑張ろうと思えるからであった。いつしか、Aはそのボールを見るのが習慣となっていた。


 ○○高校は、バスケットボールで有名な高校であるので、よく練習試合も行っていた。今回の練習試合は、他校に赴いて行われた。その高校もAの高校と同様に、強豪と言われる有名な高校であった。

試合前に行った合同練習で、Aは他校の同学年の子と仲良くなることができた。お互い歴史ある高校であったため、休憩時間での会話の中で、学校にまつわる噂の話になった。話が盛り上がり、色々な噂話をしたが、先輩との約束通り、Aは、倉庫のバスケットボールについての話はしなかった。

 午後から始められた練習試合では、Aの高校が負けてしまった。他校との練習試合は、入部してから何度も行われていたが、試合に負けたのは初めての事であった。

 今年は特に優秀な選手がそろっているという話の通り、相手の高校には上手い人が大勢いた。自分より実力があり、厳しい練習を積んでいる先輩たちが負けてしまった事は、Aに大きな衝撃を与えた。Aはまだ、一年生であるので、三年生と実力差があるのは当然の事だ。しかし、同じ三年生になった時に、自分が彼女らと同じだけの実力を身に付けられるとは、思えなかったからである。

 練習試合に負けたからと言って、本番の試合も負けるとは限らない。ベンチで応援するだけではあるが、厳しい練習を積んでいる先輩たちには勝ってほしい。そんな先輩たちよりも上手い人がいる。そのことが頭から離れず、Aはどうしても練習に集中することができなかった。そこで、あのボールを見て気持ちを切り替えようと思った。

 練習の時以外、あのボールが保管されている倉庫には、鍵が掛けられている。あのボールの話を人に広めない。というキャプテンとの約束を守るには、あのボールを見るところを、人に見られるわけにはいかなかった。その為、あのボールを見る機会は限られていた。


 その日、Aは片付けの為に、最後まで残る事になった。一緒に片付けをしていた他の部員が、コートの掃除で倉庫から離れていることを確認して、あのボールを見ることにした。

 あのボールは、倉庫の扉がある面に置かれた棚の、一番上の角に置かれている。ガラスケースの中の、バスケットボールを隠すように掛けられた、優勝旗のような赤い布に手を伸ばした。布の端を摘まんで、布がずれないように、そっと布を持ち上げた。


 Aは、かつて、ボールを隠した部員のように、悲鳴を上げることはなかった。じっと、布の中のガラスケースを見つめた。やがて、倉庫の外から聞こえてくる声から、コートの掃除を終えた、他の部員がこちらに向かってきているのが分かったので。持ち上げた時と同じように、布がズレないように、摘まみ上げていた布をそっと下ろした。倉庫から出たAは倉庫の扉に鍵を掛けた。その後は、いつも通り、他の部員たちと一緒に部室に戻って着替えて、鍵を職員室に預けて寮へと帰った。


 Aはベットの中で、あのボールについて考えた。

 あのボールは、捨てても戻ってくると言っていたけど、戻ってくるまでに、どのくらいかかるのかな。戻ってくるときは、あの話の通り、他のボールと一緒になっているのかなあ。他のボールと一緒になって混ざってたら嫌だなあ。危ないから、触らないように気を付けないと。




 ある日、あのボールを見る機会が訪れたので、Aはまた、そっと布を持ち上げてガラスケースの中を見た。そこには、初めて見た時と同じように、ガラスケースの中にバスケットボールが置かれていた。バスケットボールが在ることを確認したAは、布をもとの位置に戻し、倉庫を後にした。その後、Aはバスケのモチベーション維持の為に、そのボールを見る事はなかった。


 それから時が経ち、Aは二年生になった。三年生がバスケトボール部を引退する時、Aはバスケットボール部の新たなキャプテンに選ばれた。

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