第15話 新しい予感

「えっ? ティータイムとか無いんですか!?」


「ええっ!? 『対バン』ってバンド同士の対決って意味じゃないんですか!?」


「ええー!? 頂上を決めるようなライブ大会ってほとんど無いんですかー!?」



 雑談タイムで始まるのは、ことごとく偏りまくった美奈ちゃんの常識打ち砕きタイム。



「バンドで小柄なツインテキャラといったらアイドル的なボーカル枠では!?」

「ドラムなんだな、これが」


「キーボード使いはお嬢様とか!」

「……一般のご家庭出身で、今は一人暮らしですね」


「世間でベーシストは変人枠って言われてますけど!」

「そら失敬な話やな」


「ギターが破天荒なのは……設定通りか」

「さらっとディスるのやめてくんない?」

「私は設定どおりじゃないですね~」


「こんな……こんなはずでは……」

 次々と明かされる現実に対し、床に膝をついて独り呟くけれども声はしっかり聞こえてくる。

「嘘だと言ってよバーニィ……」

 ……ボケる余裕はあるらしい。

「創作は現実を飾るための道具よ。 道具の使い方次第で、この世界はいくらでも好きな絵を重ねられる」

 聡美ちゃんはクラスメイトという事もあって、暇さえあれば部室でギターを弾いていた今までとは打って変わって、饒舌に美奈ちゃんへ話しかける。

「私たちは現実世界に花を添える芸術家……ほら、立ち上がって! 新しいキャンバスは無限にあるわよ!」

 佳苗ちゃんはその言葉に感銘を受けたようで、少し目を見開いてスマホに何かを打ち込んでいた。

「うん……がんばる……」

 美奈ちゃんが立ち上がり、ファイティングポーズを取る。

 ボクシングか何かの試合では無いんだけど、続けて大丈夫というサインだろう。

「よーし、ほんなら今から部活としての方向性だけざっくり話すで。 その後で軽く自己紹介や」

 そこを恵ちゃんがさらっと議題に置き換える。

「せっかくライブまで視野に入れてくれるボーカリストが入った、っちゅう事で今後の課題曲と、単純にやってみたい曲、各自練ってみてほしい」

 思い出したかのように部室の片隅にあるホワイトボードへ近寄り、いつの間にか置いてあった新品の黒マーカーを捻って開封した。

「んでもって、自分がやりたい曲は他パートの難易度がどれぐらいのモンなのかも知ってほしい。 コピー曲となると、そこで上達するための目標ができてくる」

 以前の赤文字だらけを消すと、話を続ける。

「まず、各自やりたい曲をひたすらリストアップするんや」

 真っ白になったボードの左上に『やりたい曲』と書き込む。

「んで、他メンバーができる曲かどうかを判断してもらう」

 右上には『できる曲』と書き込んだ。

「まずは全員できる曲からやろう。 んでもって……せやな、学園祭前に何回かはライブをやる」

 『できる曲』の下に矢印と共に『ライブ』と書き加える。

「ライブっちゅうのはもちろん、その辺にあるライブハウスでの出演やな。 これはセンセにも目標として話してある。 部費として使わなあかんからな」

 そして、『ライブ』から左向きの矢印を書き、その先に『学園祭』と書く。

「学園祭での目標は、『やりたい曲』でセトリ完成や。 できれば全部できるようになりたいと思うやろ?」

 その言葉に、全員が無言で小さく頷く。

「これだけのメンバーやったら、その時はできるようになっとるはずや。 で、ここから本番!」

 ホワイトボードの中央が意味深に空白になっているので、何か書き加えるつもりというのは想像できる。

「さっき、若松には『バンドの頂点を決めるような大会』はほとんど無い、と言ったハズや」

 それはつい今しがた、めっちゃイメージを打ち砕かれてたばかりだ。

「『ほとんど無い』……つまり、『ある』のは間違いない」

 その言葉に全員が身構える。 察したからだ。

「ホンマはそのつもりまで無かったんやけど、若松が来て気持ちが変わった。 獲れるわ」

 言いながら、ペンを持ち換えて中央に文字を書き加えていく。

「何種類かあるから時期も見ながら選定するんやけど、コンテストに応募や」

 『コンテスト』と赤く大きな文字で書いて、丸で囲った。

「と、一人で勝手に突っ走ったんやけども、あたしがこのメンバー全員が相当な度胸の持ち主やと思ったからや」

 使ったペンにキャップをしながら、ベースのスタンドがある場所まで戻る。

「各自、自分の意思でこの部屋まで来てくれたんや。 あたしがその先にある楽しい場所へ、少しだけ背中を押させてもらうわ」

 スタンドからベースを持ち上げ、そのままストラップを肩に掛けて演奏できるスタイルだ。

「ついて行けない、なんて事があったら是非とも話してほしい。 前向きになれるよう、部長のあたしがサポートするで!」

 そう言って笑う姿に、私は一言で感想を述べた。

「おかーさんだ」

 呟くような声だったけれども、全員が『それだ!』と言わんばかりに私の方を振り返る。

「ママー!」

「お母さま!」

「まんまみーあ……」

 皆が恵ちゃんに向き直ると、口々にお母さんコールを始める。

 シェリーちゃんも便乗はしないが苦笑していた。

「わー! 一年しか違わんやんけ! あと祐理菜の方が誕生日前で一番年上やろがい! ついでにマンマミーアは意味ちがわい!」

 真っ赤になって全員にツッコミを入れまくる恵ちゃん。 かわいい。

 コンテストと聞いて緊張感が漂った部室内の空気が一気に和んだ。

「もう! とにかく次の話題!」

 照れ隠しのように部活動の進行を始めた。

「いきなりガチで活動するワケでも無いし、まずは気軽なトコで自己紹介から始めよか」

 そういえば、美奈ちゃんはクラスメイトの聡美ちゃん以外知らない状態だ。

「まずは見本として、あたしから!」

 ベースを持ったまま、両手を腰に当てて堂々と立ちながら自己紹介を始める。

「部長、ベース担当、弥富恵、2年F組。 もともと家でクラシックからジャズ、フュージョンやらといった系統の音楽を聴いてたせいもあって、やたらテクニカルなベースフレーズが好きや」

 恵ちゃんからよく聞くし曲も聴く機会があるけど、一年近く経っても未だに『フュージョン』というジャンルがどういった法則のものかよく分からない。

 とりあえず私が抱いた感想としては『ニュースで流れるBGMみたい』だった。

「まあ、言うてそれだけしか聞いとらんワケやないし、アニソンでもメタルでも挑戦やと思って色々やってみるからヨロシクな!」

 そう言って笑顔になる。

「ちなみにジャズ畑で演奏してみたくなったら、是非部活外でもスタジオ練習お願いしたい……同世代が全くおらんのや……」

 なんか切実さが滲み出てきた。 それぐらい演奏人口が少ないって事かな……。

 言い切った後に、自然と下がったベースのヘッドを持ち上げて座る。


 それを見て、次は私だと思って立ち上がった。

「あ、別に座りながらでも構わんからな?」

「立つ前に言ってね!?」

 恵ちゃんに向き直ってツッコミを入れる姿に、聡美ちゃんが笑いながら……佳苗ちゃんも少しだけ苦笑した感じの表情で見ている。

 言われて座り、少し足をぶらぶらさせながら自己紹介を始める。

「ドラム担当の千代崎祐理菜、2年G組。 ひたすらゲームセンターでドラムのゲームやり続けてたけど、去年この部活に入ってから本物の演奏を始めたんで、初心者と経験者ごっちゃ混ぜ状態だよ」

 少なくとも小学生の頃からやっていたけど、最初はなかなかシンバルに届きにくくて大変だった。

「経験したジャンルというか、降ってくる譜面が叩ければジャンルは選ばないかも……難易度9のマスターまでなら頑張れる!」

 さすがにここまで言ってもプレイ経験のある人しか分からないだろう。

「……っていうのは専門用語過ぎて伝わらないけど、さっき恵ちゃんの言ってたアニソンとメタルっていうのが当てはまってるジャンルかな。 実はアーティストとか曲はあんまり知らないけど、みんなから色々教えてもらったりしてるよ」

 その言葉を聞いた佳苗ちゃんが、どれかは分からないけれども興味があるようで反応を示した。

「色んなジャンルの『好き』を教えてほしいな。 よろしくね!」

 そう言って軽く手を振ると、シェリーちゃんが小さく手を振って返してくれた。


 私が言い切ったのを感じるや否や、隣にいた聡美ちゃんが突然右脚を上げて脚を組む座り方をする。

 少し目を伏せたような表情で、先週まで中学生だったとは思えない色気を放つ。

「1年A組、ギター志望の桑名聡美ですわ」

 見た目と落ち着いた喋り方、ともにお嬢様といった感じだけれども、私が咄嗟に抱いた印象はそのカテゴリーでも『悪役令嬢』に分類された。

「趣味は音楽鑑賞と演奏、楽器の収集もしております」

 まさに物は言いようである。

 そこで脚を元に戻したかと思ったら、すっと立ち上がった。

 そう、座ってでも良いのに立った……自分の意思で……!

 しかも線の細さで分かりにくいけど、恵ちゃんと大差ないぐらいの背の高さがあって、ものすごい存在感がある。

「と、いうわけで! 改めてギター志望、桑名聡美!」

 そう言って、握り拳を胸元に寄せるポーズを取る。

 先ほどまでの優雅な仕草は時空の彼方に消滅し、ハイテンションの極みだ。

「ざっくり分ければロックにメタル、重低音にスピードを足してワット数で掛け算するのが趣味の15歳です!」

 そのままビシッと敬礼のポーズを取る。

「弦が多くてチューニングが低くて、そのままハイフレットまで駆け上がれば優勝!」

 清楚そうな子からガッツポーズと共に最高に頭の悪そうなセリフが繰り出されてきて、なんだかクラクラしてくる。

 そんな本人は目を輝かせながら、やたらキラキラしている。

 テンションを上げ切って満足したのか、再び椅子へ座り直した。

「……とは思ってますけど、先輩方と同様に多種多様なニーズに応えて万能こそ最強と思っております。 どうぞ、よしなに」

 そう言って、屈託のない笑顔で魅せてくる。

 ギターのテクニックはおろか、普段のキャラクターでさえ底知れぬ恐ろしい子だ……。


「それでは、私ですね」

 テンションのアップダウンが激しい聡美ちゃんから、佳苗ちゃんに移る。

「1年D組、塩浜佳苗です」

 その落ち着いた所作は、聡美ちゃんと中身を入れ替えたら完璧超人の誕生ではないかとつい思ってしまう。

「シンセ担当のつもりでいますが、ピアノも行けます。 あとは……」

 そこで、ふと思い出したかのように付け足した。

「そういえば普通にDTMやってますね。 作曲もできたらやりましょう」

 うん、それは思い出すレベルの話では無い気がするね。

 喉元まで出かかったツッコミを堪える。

「矩形波と三角波、ピコピコサウンドが好きで、昔のゲームをやったりもしてます」

 そこまで言うと、胸元で指が触れる程度に両手を合わせる。

「あとはストーリー仕立ての……歌劇にも似た歌が好きです」

 合わせた両手を両側に開いて、前に広げる仕草。

「いずれ卒業で消えゆくまでの束の間、其処に在る物語(ロマン)を探すのです……!」

 そのポーズのまま天を仰ぐ。

 たまにトリップするのが特徴みたいで私は苦笑したけど、恵ちゃんと聡美ちゃんはヤバい仲間がいると再確認して逆に期待の眼差しである。

 このリアクションの差から、まだ私は『向こう側』に至っていないと思い知らされる。

「……と、こんな感じです」

 普通に戻って、膝の上に両手を重ねる。

 どこか無表情の向こうに言いきれた満足感のようなものが見えた気がした。

「ええな、いかにも普通やないのは歓迎するで」

 恵ちゃんが満足げに頷く。

 その横で、美奈ちゃんが衝撃を受けたかのような……知っている人には分かるであろう『うさみちゃんみたいな表情』で佳苗ちゃんを凝視しているのに気付いた。


「では順番通り、1年F組のシェリー・マイヤーズです」

 美奈ちゃんの様子に気付かないシェリーちゃんが自己紹介を始める。

「見た目でみんなから英語で話しかけられるんですけど、苦手科目は英語です……」

 現地の言葉が分かるほど英語が苦手という話を聞くけど、案外そのパターンなのかな?

「一応ボーカル予定で勧誘されたんですけど……何で行きましょう? ギター? ボーカル? コーラス?」

「勧誘した私としては、アコギでソロ弾き語りとかしてほしいな」

 聡美ちゃんからのリクエストが飛んできた。

「……だそうです。 ひたすら曲を聴いて、弾いて、歌って、を繰り返すのが好きですね」

 聡美ちゃんに弾き語りしている現場を押さえられたというところからして、よほど好きなんだろう。

「好きなのはギターのマイナスワン音源です。 初めて聴いた時に自分で演奏して、後で答え合わせすると、色んな解釈ができて面白いです」

 なかなか上級者らしい趣味が飛び出してきた。

「でも、楽器の事はさっぱりです……明日も予定を入れてもらったので、よろしくお願いします」

 ボロボロのテレキャスターが入っているギグケースを横目に、少し恥ずかしげにしながら軽く会釈した。

 かわいい。


「自己紹介ありがとうございます、トリはこの私、1年A組の若松美奈で締めさせてもらいます!」

 最初からクライマックスなテンションの美奈ちゃんが、立ち上がってから話し始めた。

 つい先ほど入部したばかりだとは思えない入り込み具合である。

「アニソン・ゲーソンから始まって、エモの塊を集めるために走り回ってます!」

 右手で拳を作って胸元に寄せるポーズを取る。

 ……私もそのポーズ知ってるし、なんならそのセリフ言いそう。

「そのためなら心臓を捧げる覚悟です!」

 何のためらいもなく言っちゃったよ……。

「心臓も捧げますし、なんなら地平線の果てまで目指します」

 そう言って視線を佳苗ちゃんに移す。

 ……どうも何かを知っているという意思表示のようで、佳苗ちゃんも珍しく目を真ん丸に見開いて美奈ちゃんの方を見つめている。

「目と目が合う~♪」

 なんか聞き覚えのあるフレーズを口ずさんでから向き直る。

「そんな感じで、頂点へ舞い上がりましょう! よろしくお願いします!」

 勢いよくお辞儀をして着席した。

 テンションの高さで言えば聡美ちゃんを上回る問題児……いや、逸材?

 少なくとも歌の上手さはそこらへんの学生というレベルでない事は確実なので、是非とも歌ってほしいところである。

 元々ボーカル予定だったシェリーちゃんも何ら気にかけている様子も無く、むしろ一番注目される中心には立たなくなった事に安堵しているようにも見えた。

 ……私の経験が語るに、恵ちゃんが中心へ引きずり出してくるのは間違いない。


 しばし、ほぼ全員が今週に会ったばかりという初対面メンバーばかりで新鮮なテンションのまま雑談タイムとなっていた。

 美奈ちゃんは佳苗ちゃんとどうも好きなアーティストがかぶるようで、会話に花が咲いている。

 恵ちゃんと聡美ちゃんでは楽器談義といった様子。

 シェリーちゃんと私が話題から置いてけぼりになっているような外野感満載で、去年の学園祭の体験談だったり、シェリーちゃんの抜群なリズム感の由来を聞いたりと、まさに『雑談』といった感じである。

 ある程度経った頃に、恵ちゃんが話題を途中で区切ると立ち上がった。

「ふむ、雑談できるぐらいには打ち解けたみたいやし、希望曲のリストアップしてこか」

 でかでかと勢いで書いた感のあるコンテスト応募の文字を全て消して、再びペンを握った。

「りょーかいしました!」

 恵ちゃんの号令の下、みんなが好き勝手に希望曲を発言しては『できる』『できない』、ついでに『知らない』判定を次々としていく。


 どんな曲なんだろう、これならちょっと練習すれば覚えられそう、あの曲ってできたっけ……そんな思いと共に、今年の予定が少しずつ決まっていく。

 バンドというものを経験し始めて二年目。

 本当にメンバーが集まるのか、部活を二つに分けて大丈夫だったのか、そんな不安を薙ぎ払うかのように賑やかなメンバーと共にスタートを切る事となった。

 ……が、先ほどから半分以上が知らない曲だという事に新たな不安を覚えつつ、みんながスマホに入っている曲や動画を流してプレゼンしたりすると興味も湧いてくるものだ。

 その曲を勧めるという事は、それぞれに皆の好きが詰まっているのだから。


 やりたい曲をさんざん並べたホワイトボードを前に、恵ちゃんがいったん区切る。

「ええ感じに山盛りやな……やりたい曲があるってのはええこっちゃ」

 わざわざ胸の高さまでペンを持ち上げて横向きにキャップを締める姿は、短剣を鞘にしまう戦士のイメージだ。

「んでもって、今日最後の議題!」

 最後……?

「せっかく外に出るんやし、『第二軽音部』だけやと学校気分のまんまやろ?」

 あ、これはつまり……。

「バンド名、まずは直感で決めてみよか」

 これまた一年間の活動を決める大きなものだ。

「はい! 『HIRUASOBI』で!」

「はい却下!」

 聡美ちゃんが景気付けとばかりに速攻で発言し、却下される。 そりゃそうだ。

「『ずっと部活動でいいのに』?」

「略称ヘンな事になりそうやな。 もしかして桑名はネタバンド好きか?」

「好きですねー、元ネタが分かる人たちを炙り出せますし」

「……バンド名の自己紹介するの私ですよね?」

 美奈ちゃんがネタ路線に対して露骨に嫌がるそぶりを見せる。

「ネタ路線ならバンド紹介は提案者の自己責任やな。 面白おかしく突き抜けられる自信があるなら歓迎するわ」

「突き抜けるなら全会一致が前提ですね……残念」

 もしかして聡美ちゃんはネタバンドやりたかったとか……?


 皆が色々考えていながらも答えに辿り着けず、しばらく考えている矢先の事。

 もしかしたら良いかもしれないという案が降ってきた。

「『ミニチュア・キャット』……なんて、どうかな?」

 私がふと思い付いたバンド名を呟いてみる。

「お、聞いた感じに違和感無いな。 なんか思い入れとか?」

「小さいものも、ネコもカワイイ……でも、カワイイものを集めただけに見せかけて、ホントは強いんだぞ、っていう気持ちも込めて」

「おぉ……」

 数人から感嘆の声が漏れるのを聞く。

「祐理菜……その才能、去年から使って欲しかったわ……」

 普通に感心されてしまった。

「もっと良さげな異論あればもう少し待つけど、どうや?」

「いかにもガールズバンド! って感じでステキです」

 最初に恵ちゃんが良さげな印象を出した事もあって、みんなも納得といった感じである。

「……よし、来週に持ち越さずともバンド名は『ミニチュア・キャット』で決まりにしよか!」

 皆がぱちぱちと拍手をして、恵ちゃんが景気付けとばかりにホワイトボードに文字を書こうとすると、手が止まる。

「書き方にこだわりとかあるか?」

 文字を書こうとした時点で恵ちゃんが私に振り返った。

「んー、アルファベットだと強そうな印象になるかも」

「ふむ、ミニチュアの綴りか……」

 スマホを取り出して調べ始めようとしたところで、私が先に調べた。

「エム、アイ、エヌ、アイ、エー、ティー、ユー、アール、イー、で『Miniature』だね」

「オッケー、あんがと」

 礼を言ってホワイトボードの空きスペースに『Miniature Cat』と書き、その左上に『バンド名!』と加えた。

「よし、ほんなら『Miniature Cat』として来週から始動や!」

「はーい!」

「……いかつい男子部員が入部したらミニチュアゴリラになるんですかね?」

 冷静にボケる美奈ちゃんのセリフに思わず吹き出した。



 今週になって演奏した事のある曲を色々と演奏して部活時間を過ごす。

 先ほど入ったばかりの美奈ちゃんも、動画サイトやアニソンとして有名なものは歌詞カードを見ずに歌えるぐらいに歌い込んでいるようだ。

 先週までは見なかった光景。

 四人だけだった部活が、この部屋だけで六人もいる。

 全く知り合う機会すら無かったであろうメンバーが、何かのきっかけで出会って、同じ曲を演奏するという不思議な巡り合わせ。

 偶然だとか、必然だとか、そういった見えない何かに頼るのではなくて、ひとりひとりの意思が繋いだものだと信じたい。



 随分と大所帯になってしまった部活上がり。

 土日をまたぐという事もあり、ほぼ全員が楽器を持ち帰る。

 弦楽器メンバーとシンセの佳苗ちゃんはケースを背負う形で、さらにシェリーちゃんは自転車も引きながら。

 美奈ちゃんは鞄のみ、私はそれにスティックケースを加えたのみで非常に身軽。

 夕陽に照らされた校門前。 そこから先でメンバーは帰る方向ごとに別れる事になるので、外に出る直前の広場で話に花を咲かせる事になる。

 とはいえまだ四月、まだ早いうちから夕闇が迫る時期。

 暗くなる前に早く帰ろうと恵ちゃんが解散を告げると、明日の約束の話をしてからそれぞれの方面へ皆が手を振って別れを告げつつ歩き出す。

 恵ちゃんとシェリーちゃんは同じ方向。

 自転車を引いて、ふたり話しながら向こうへ消えていく。

 駅の方面に向かうためバス停に向かう佳苗ちゃんと聡美ちゃん。 私もそこまでは一緒に向かう。

 美奈ちゃんはバス停に向かう途中の交差点で私たちとは別方向へ。

 バスが来るまで二人と一緒に喋ってから、乗り込むまでを見送ったら家に向かって歩き出す。

 それぞれの家路へ向かって、今日が終わる準備を始める。



 帰宅して、夕飯も済ませて、お風呂も済ませて……あとは休日前の自由な時間。

 ドラムスティックを持って、学習机の椅子に座りながら自分のやってみたい曲のイメージトレーニングをしていた。

 イヤホンをして、足はなるべく音を立てずに。

 週末は何もせずに過ごそうと考えていたけども、思い立って部活のグループチャットを開く。



              『明日のシェリーちゃんのギター修理なんだけども』

                           『一緒に行っていい?』


Satomi.K

『楽器店に行くだけなので、ぜひ行きましょう』

『あわよくば新しい楽器を買っちゃったり?』


わかまちゅ

『ゆりちゃん先輩がギタリストに!?』


                            『めっちゃ気が早い』


Sherry Mayers

『ゆりちゃんさん、やります?』


ケイ

『勧誘フライヤー再現…』


                            『ならないからね?』

                      『やっぱイラスト狙ってたね!?』


塩浜

『其処にRomanがありますね』


わかまちゅ

『さぁ、行っておいで(イケボ)』


塩浜

『Oui monsieur』


                   『何語かわからん…元ネタもわからん…』



 それから話題が脱線しまくりながらも明日の待ち合わせ場所と時刻までは何とか聞き出し、夜も更けてきたのでグループチャットもお開きになる。

 スマホに充電ケーブルを差してからアラームをセットしてサイドテーブルに置くと、そのままベッドに倒れ込んだ。


 枕元に置いてあったリモコンで照明をオフにすると、カーテン越しにうっすらと月の明かりが差し込んでいる。



――騒がしい日常の、静かな夜。



 まだまだ夜更かししたい気持ちもあるし、翌日が楽しみで眠れない。

 掛け布団に潜り込むと、なんとか眠ろうと目を閉じる。


 程よい疲れと、期待感と、無音の世界に沈むように。

 羊を数えると寝られないタイプなので、眠った時のように深い呼吸をしながら。


 今日は世界に、おやすみなさい。




                         ――第1章 おわり――

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みにちゅあっ! 鞘野 @magical_sayano

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