第14話 ぶっちゃけありえない

 飛び込んできた美奈ちゃんに対して、急いで扉を閉めに行った恵ちゃんと、直ちにボリュームを少し絞った佳苗ちゃん。

 聡美ちゃんはこちらを振り返ると、向こうには見えないように『計画通り』と言わんばかりの悪どい表情でアピールしてきた。


「だって、バンドってメジャーでかっこいいロックを目指すイメージじゃないですか!」

 飛び込むなり、美奈ちゃんのバンドというものに抱くイメージ論が展開されていた。

「紅蓮華がバンドとして許せるボーダーラインだったから入学式でやったと思ってたのに、コテコテのアニソンまでカバーするなんて思ってませんよ! 炎もやりたい!」

 なお、去年の学園祭のチョイスはアニソンが半分ぐらいだったので、なかなかのヒット率だ。

「大好きな初代の曲が聞こえてきたら、もう飛び込むしかないじゃないですかー!」

「よし! ほんならやってみよか!」

「あ、えっ、今から!?」

 勢いで言ってみた感の美奈ちゃんに、恵ちゃんが予め用意していましたとばかりにマイクスタンドを美奈ちゃんの前に置くと、戸惑いながらも前に立つ。

 ただ、そこからが違った。

 すっ……と手を真っ直ぐに差し出すと、下から支えるかのようにマイクホルダーに触れてからマイクごと握る。

 あたかも元からメンバーだったかのような貫禄だ。

「お、持ち方ちゃんと心得とるな」

「そう……なんですか?」

 どうも無意識だったようだけど、マイクの持ち方としてはよく話題に上がるので私も知っている。

 マイクのメッシュ部分……名前は何て言ったか忘れた……をしっかり握ってしまうと、手に声が反射したりしてハウリングを起こしたりするとの事。

 美奈ちゃんはマイクのちょうど真ん中あたり、スタンドの先端部にあるホルダーと一緒に持つという最適な位置だ。

「無意識なら尚更ええこっちゃ。 悪い持ち方をするとクセになるからなぁ」

 そう、いくら注意したところで癖になってしまっているとなかなか直らない。

 テンションが上がれば余計に手癖というものが出るというのは分かるけど、気を付けていきたい。

 ……いや、私は歌わない。

「それなら私、一緒に合いの手とか歌いますねー」

 さらっとシェリーちゃんが凄い事を言う。

 ボーカル以外に色んな音を一気に覚えてる……?

「行けるなら是非頼むわ。 分からんところはコードとリズム感で合わせて、無理せんでも大丈夫や」

 恵ちゃんもある程度察したようで、それを普通であるかのように接している。

「桑名も行けるか?」

「むしろ待ってます!」

 既に耳栓着用済み、フットスイッチに足をかけるようにして完璧と言った状態だ。

 もうギターが弾きたくてうずうずしている。

「塩浜……うん」

 それ以上言葉を続ける前に恵ちゃんはスルーした。

 謎のポーズが演奏準備完了のスタイルだと私も理解した。

「ほんなら緊張せんうちに始めよか。 祐理菜、行けるか?」

 恵ちゃんは早速ベースを構えていつでも行けるスタイルとなっていた。

「うん、4カウントで行くよ!」

 勢いに乗せられて、私もテンション高めの応答をしてしまう。

 部室を出ていった数分前とはうって変わって、好きなものを目の前にした時のワクワクを隠しきれない表情をした美奈ちゃんの姿が印象的だった。


 四回スティックを叩いたカウントの後に、ドラムの叩くタイミングと合わせてオーケストラルヒット、通称オケヒと呼ばれる音と共にシェリーちゃんと美奈ちゃんがタイトルコールを兼ねた歌詞で歌い始める。

 シェリーちゃんは弾き語りが趣味と言っていたのを証明するかのように自然にギターを弾きながら歌っていく。

 美奈ちゃんの方はニッコニコの笑顔で歌い始め、空いた左手でそれっぽい振り付けをしていく。

 掛け声の部分もシェリーちゃんは律儀に発声してくれて、美奈ちゃんと顔を見合わせて微笑んだ。

 何よりも私が抱いた感想としては、『マイク無くてもいいんじゃないかな』というぐらいの声量。

 恵ちゃんがイントロのベース演奏を白玉状態で弾いている合間に、ミキサーでボリュームを絞ったぐらいだ。

 先ほどまであんなに歌いたくないと言っていたのに歌い始めたらノリノリ、カラオケでもこんなに動かないぞというぐらい身振りで雰囲気を作っている。

 声質はちょっと力強いというか、原曲と比べると少しハスキー寄りといった感じで、力強さが際立つ。

 Bメロはよく界隈で言われる『PPPH』というリズムになるようバスドラムのタイミングを原曲と変えている。

 自然とそういう動きになるようで、元と違うリズム感にもすぐに順応する……というより、このリズムの事を知っていて偶然重なった説もありえる。

 サビ直前の掛け声で軽くジャンプしたりと、超ノリノリだ。

 普通に2番からも同じテンションで歌うし、振り付けも何か元ネタがあるのかワンパターンな感じはしない。

 そして、そこまで動きながら息切れしない体力と変わらない声量、隆くんもある程度セーブする事があるというのに、全力で歌い切る喉の使い方まで心得ている。

 単なる歌好きではない、トレーニングを続けた人間の歌声だと私にも分かる。

 佳苗ちゃんはキーボードから色々な楽器の音を忙しなく切り替えながら出していて、オケヒからヴァイオリン、トランペット、他にもキラキラした電子音が都度流れて来て曲が華やぐ。

 シェリーちゃんはずっとコードを押さえていて、厚みをゆるやかに増しながら曲の進行を包んでくれている。

 あと、抜群の安定したリズム感で私がズレると逆にバレるぐらいの正確さで演奏するのでクリックと合わせているぐらいの緊張感。

 聡美ちゃんは原曲に無いフレーズを創り出しながら進行に沿ったメロディを鳴らすも、2番の後にある間奏部分で高速フレーズを突っ込んできて皆が苦笑いする。

 案外それが邪魔くさくないというのは曲の持つ力か本人のスキルが故か。


 曲自体は3分ちょっとなので、あっという間に終わってしまう。

 歌い終わって決めポーズを取っている美奈ちゃんに、恵ちゃんが一言だけ問いかける。

「どうやった?」

 その言葉に、美奈ちゃんはそのまま答えた。

「……やばい」

 そう一言だけ呟いてから、恵ちゃんに向き直る。

「やばいです! ヒトカラとかとは全然違います! なんですかコレ!」

 上がり切ったと思っていた美奈ちゃんのテンションが更に上がっていく。

 声がマイクに入るので、佳苗ちゃんがミキサーのフェーダーを手前にスライドさせてマイクをミュートにするのが見えた。

「何て言うんですか、自分の好きなジャンルの歌が歌えるというか、そこに気持ちを乗せて歌って、原作の雰囲気まで読み取って考えながら歌うと、もう尊みが溢れてきてそのまま最高の気持ちです!」

 早口でまくしたてるその姿に、私と同じ方向の空気を感じる……というか単語の端々に界隈の言葉が混ざっている。

「あぁ……人前で歌うって、こういう事なんですね!」

「……ちょっと待った、今なんて?」

 本人は感動したという事を伝えたいだけなんだろうけども、言葉の意味を理解したであろう全員……いや、普段ゆるっとしていない全員がその一言で凍りつく。

「え? 歌うって最高ですね!」

「んと、理解が追い付かんのやけど、もしかして人前で歌うのは初めて、と……?」

「ええ……そうですよ?」

 チート能力系主人公が『別に普通の事をやっただけだが?』的な展開なんだけど……というか人前で演奏が初めての人多すぎない?

 佳苗ちゃんとシェリーちゃんも一応は初めてだったみたいだし、今年の新入生はモンスター級揃いなのでは……。

「今の振り付けとか歌声……しかも初見であそこまで動ける度胸、どこで身に付けて来たんや……?」

「アニメから教わりました。 ステージに立つからには、最高のパフォーマンスをすると決めていたので!」

 ステージに立つ……思い当たる節の作品がいくつかあるので、今度聞いてみよう。

「とにかく、バンドとしてゆくゆくはステージに立つんですよね!?」

「あ、ああ、ライブハウスで出演するつもりで考えとるで」

 恵ちゃんが少し気圧されるほどの勢いで前のめりになっている。

 もう数分前の美奈ちゃんではない、やりたい事を見つけた少女の目だ。

「やりましょう! 是非よろしくお願いします!」

 とんでもないテンションの上げっぷりに、誘った側の聡美ちゃんまでもが苦笑していた。

 歌い終わった後の興奮冷めやらないという感じで、恵ちゃんの手を取る。

「ああ、よろしく頼むわ」

 圧されかけつつも、すぐにいつもの調子に戻った恵ちゃんが答えた。



「では、バンド界の頂点を目指して!」

 こりゃあたぶんバンドもののアニメも見てる気がする。

 聡美ちゃんと同じ方面のポジティブおばけを生み出してしまったのかもしれないという危惧と共に、想定外の強力なメンバーが加わった事に期待も湧くのだった。

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