第13話 押してダメなら
丁寧な口調で訛りを抑えて話す恵ちゃんは珍しく、一年近く一緒にいてもなかなか稀な状況。
ましてや下級生とのやり取りと考えれば、ここ数日で初めて見る事になるのだから新鮮だ。
「まぁいきなり連れて来たのはスマンな……というか、誰かを連れて来るとは思ったけど、ここまでとは思わんかった」
「いえ、いきなりだったんですけど入学式の時に見てましたから! 紅蓮華カッコよかったです!」
ちょっとテンション高めに若松さん……美奈ちゃんが感想を口にする。
「あはは……ありがと。 なんか聞いたところやと、歌うのが好きそうな感じやけど、こいつに捕まる事に思い当たる事はある?」
聡美ちゃんを『こいつ』扱いする時点で、ちょっと怒ってるのが私には伝わった。
「えーっと……声がでかい?」
さっき聞いた通りだとそれが第一印象らしい。
確かにはっきりと発音している印象はあるし、ちょっと低めだけれども、よく通る声をしている。
「うん、大きい声を出せるのは歌手として大きな強みや。 あと音程の話やね、歌ったりする事は?」
「えー……人並みに、でしょうか」
ちょっと右上に視線を向けてから話してるのを見ると、何か言葉を選んでいるかのような仕草だ。
とはいえ、何らかの建前もあるだろうし、いきなり知らない場所に連れて来られて下手な事は言えないと思うだろう。 私だったらそう思う。
「せやな、基本的にバンドで歌う経験なんて無いやろうし……」
こめかみの辺りを掻く仕草をしながら、話を続ける。
「まあ、まずは桑名」
「はい」
呼ばれて、椅子に座ったまま姿勢を正す。
……こうやってビジュアルだけ見ると、先ほど部室に入って来た時の様子が想像できなくなって相変わらずイメージがバグを起こしまくっている。
「どんだけ才能があっても、やりたい事とは限らん。 興味の無い入部は悪評の拡散に加えて全員のモチベーションを下げる。 目先の逸材もええけど、良い未来になるよう考えるのを忘れんようにな」
ごもっともな意見だった。
元々私たちが立ち上げ直した時に廃部だった理由も、熱心すぎる勧誘で入ったメンバーの気持ちが低空飛行していた事からの空中分解だと聞いている。
「はい……あまりの逸材だったので、気持ちだけ先走りました。 失礼いたしました」
そう言って、美奈ちゃんに頭を下げる。
「あ、うん、大丈夫だよ。 最初はどうなるかと思ったけど……」
苦笑いしながら、あっさり許してくれた。
「そして、若松さん」
「はい!」
矛先が向いた途端に立ち上がり、『気を付け』の姿勢で返事をする。
「めっちゃ声出とるのも凄いし、一曲何か演奏できそうなのがあったら歌ってみん?」
「そんな! いきなりなんてヤですよ」
即答であっさりと拒否される。
「桑名さんとは今週クラスメイトになったばっかりだし、学生鞄の代わりにギター背負ってるヘンな子だっていうぐらいの印象ですよ」
「ヘンな子……」
聡美ちゃんに直球ストレートが軽く刺さったようだ。
「私には私の高校生活があります! なので、私に決めさせてください」
その言葉に、恵ちゃんも納得といった感じで答える。
「……せやな、やってみたい欲求に勝るモンは無いし、興味の無いものに集中するっちゅうのも無理な話や。 あたしも数学はできんからな」
私と恵ちゃんは文系コースに入っているので絶大な説得力がある言葉だった。
「ただ、一つだけ。 そこまで声が出せるようになるためにやってきた『好きな事』だけには嘘をつかんようにな」
「あ……」
何か思うところがあったようで、美奈ちゃんが少し言葉に詰まる。
「勝手に観察させてもらって悪いとは思ったけど、明らかにトレーニングしとる、しっかりした体格や。 かといって筋肉質でもあらんし、長距離向き……肺活量を上げたいと思っとる感じかな?」
そうだ、恵ちゃんが中学時代は陸上部だったという事だけは聞いていたけども、スポーツをやっている同業者……と言ったらいいのかな?様子を見ていたという事のようだ。
とはいえ、制服でほとんど分からないから直接見える脚と体格ぐらいでしか判別してなさそうなので、ホントに分析通りなら凄いとしか言えない。
「何か目標があるなら、止めたりはせん。 ただ、若松さん、あんたの声がここで生きる事は保証する」
真面目な表情だったが、ふっと表情を崩す。
「あたしらの目指すのは、『皆がやりたい事を、皆で』の精神や。 やりたい事、歌いたい事があったら、あたしらは歓迎するで」
そう言って恵ちゃんは立ち上がり、美奈ちゃんを促しながら部室のドアを開ける。
二つ目になる外の扉を開けると、部活時間真っただ中といった感じで運動部の掛け声が遠くから聞こえてきた。
「放課後やってのに、こんだけの生徒がおる。 かと思えば、もう帰っとる生徒もおると思う」
まだ部活の時間は始まったばかりではあるものの、帰宅部ならば既に学校の外に出ている頃合いだろう。
「んで、部活はいくらでもある。 行かない選択肢もある。 中学の頃よりは自由やと思う」
私の中学時代は部活も自由で、授業が終わったら帰宅してゲームという生活をしていたので部活は新鮮だった。
集まっていつものメンバーと顔を合わせるというのはオンラインと似てはいるものの、やりとりするために必要なものは全く違ったから。
恵ちゃんが美奈ちゃんの横を通って、外側の防音扉に手をかける。
「気が向いたら、今度は自分の足でこの部室に入ってきてほしい。 放課後が、ちょっとだけ楽しくできるかもしらんで?」
私の方からは恵ちゃんの背中しか見えないので、向こう側にいる美奈ちゃんの表情を見ることはできない。
少し遠くに見える生徒が、部室の出入口でやりとりしている私たちを何かあるのかとチラ見していく。
恵ちゃんが防音扉を閉めてから、私が真っ先に訊ねた。
「良かったの? 聡美ちゃんが推してるぐらいだからお墨付きだと思うんだけど」
その問いに、恵ちゃんはにやりと笑う。
「ま、ちょっとした賭けやな」
「賭け?」
「せや。 あたしは来てくれると思っとる」
根拠があるのか無いのか分からないけど、自信があるのは確かなようだ。
「ってなワケで、桑名」
「は、はい!?」
会って数日のクラスメイトにヘンな子扱いされて少々ダメージを負っていた様子だったが、恵ちゃんに声をかけられて気を取り直す。
「若松の好きそうな……歌っていた曲は何やった?」
「あ……」
私もその問いかけの真意はすぐに分かった。
「そういう事や。 逆向きの天岩戸とでも言う」
「歌っていたのは低年齢層向けのアニメソングですね。 ニチアサというジャンル……で良いのかしら。 ご存知ですか?」
あれ、それってもしかして……?
「お? 確か去年の学園祭でも一曲だけ演奏したやんな?」
私に質問が飛んでくる。
そして間違いない。
「だね! 憧れた初代の白黒!」
「あの時も、多くの女児が日曜朝に通る道、っちゅうとったな……あたしはあんまし知らんけど」
「プリティでキュアキュアな曲……やったんですか……?」
突然、佳苗ちゃんがただならぬ気配を漂わせながら訊いてくる。
「ん? せや、学園祭で事前にリクエスト募ってな、10曲ほどやったうちの1曲や」
「死ぬほど練習したよねぇ……」
既に懐かしい思い出となっているけれども、まだ半年ぐらいしか経っていない。
「シンセが活躍する場所と聞けば、呼ばれなくても出てきます」
いつにも増して目をキラキラさせながら佳苗ちゃんが前のめりに協力を申し出る。
去年の学園祭当時は修くんがギターでアニソンを何とかしていたので、シンセが入るなら心強い。
「あ、あのー……」
話が進みかけていたところでシェリーちゃんが手を挙げる。
「私、曲はよく分からないので聞かせてもらって良いですか……?」
「ええで、歌詞とコードも去年のヤツやったら持っとるし、見ながら流すか」
恵ちゃんが部室の隅に置いてある鞄からノートを出してページをめくる。
「では私は原曲を流しますね」
佳苗ちゃんがスマホを構える。 つまりその中に入っているという事だ。
ミキサーの近くへ行くと、スマホとケーブルを繋いでいる。
「あった、コレや」
「ありました、この曲です」
準備していた二人が同時に完了の報告をして、顔を見合わせながらはにかむように微笑んだ。
「桑名さんも見ます?」
「そうね、大まかには知ってるけど確認しておきましょう」
シェリーちゃんはコード進行の表を受け取ると、聡美ちゃんと一緒に見る事を提案する。
しれっとギターを取り出し済みでエフェクターボードも開いてある立ち直りの速さ、いつも通りポジティブの権化だ。
アンプをスタンバイにして温めつつ、足元のチューナーでチューニングを始めている。
相変わらず見た目が凄くなっているテレキャスターを持ち、シェリーちゃんもコードをざっくりと弾いて確認しているようだ。
私はコードとか分からないし、知ってるフレーズを叩くだけなのでスローンからは動かずそのまま聴く事にする。
佳苗ちゃんが画面をタップして曲を流し始めると、ポップなアニソンが流れ始めた。
恵ちゃんがフェーダーを少し押し出して、ボリュームを大きめにする。
しょっぱなからタイトルコールというか、作品タイトルを歌詞に入れるわかりやすいスタイル。
私は直接楽器を叩かず、スティックの動きだけで曲の進行をなぞっていく。
聡美ちゃんもアンプから音は出さずに弾けているという事は、たぶん知っているのだろう。
逆にシェリーちゃんはコードと歌詞を両方とも追っているように、ギターと口の動きを同時に行っている。
日曜日の朝、これを見るためにダラダラ寝たりせず起きるという生活スタイルを守る子も多かっただろう。
女児向けアニメから始まって、ライダーから戦隊モノという流れを全て見て対象ジャンルをこじらせた男児女児は少なからずいると思っている。
私も結局は順番に最後まで見てしまっていたタイプなので、逆に男子から話題を振られても話題に乗れる時期があった。
……高学年になるとクラスで男女が分断してなかなか通用しなくなったりしたけど、なんだかんだ見ていたし、今でもあの番組が始まった時のワクワクは覚えている。
しかし、こんな大音量でアニソンを流す機会というのは部室以外で無いと思う。
自宅で流してたら、それはそれでなかなかにヤバい人だとは思うけど……。
ひと通り流し終わったところで、シェリーちゃんが頷く。
「はい、だいたい覚えました。 ボーカルの音程だけもう一回覚えさせてください」
「一発で!?」
私は思わず驚きの声を上げてしまった。
実質ふたつのパートを同時にやるっていうのが私にはどうも信じられないというか、楽器を演奏しながら歌うという行為が恐ろしくハードルの高いスキルに見えてしまう。
普通は何度も通して覚えて、試行錯誤しながら構成を覚えていくものだと思っていたけど、やっぱり化け物か……?
私の思いをよそに、もう一度佳苗ちゃんが画面をタップして曲を流し始める。
そして、Bメロに入ろうかというタイミングで防音室の扉が勢いよく開かれた。
何が起きたか理解する前に、突然その主は声を上げた。
「私も歌いたいです!!!!!」
スピーカー越しの爆音アニソンをかき消す大音量で宣言するのは、今しがた外に出たばかりだった美奈ちゃんだった。
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