第12話 表と裏と、巻き添え。

 入学式にクラス替え、そして新入部員と急激な変化でバタバタした事もあって、今週は疲れながらも充実感があった。

 それでも今日は金曜日。 明日にもなれば休息の日が待っていると分かれば自然と気持ちも軽くなる。

 直接当たれば暑い陽射しも心なしか和らいで、校庭から響く元気な声も爽やかに感じられた。

 お昼前に体育の授業があるので面倒とは思うものの、週末なので私は許そう。


 ……だがこのトミーガンが許すかな!?


 などとネットで使われる話題で妄想しつつ時間を過ごしていく。




 そしてお昼を回って昼休み。

 無事に食堂でご飯も食べ終えて、午後の授業が始まる直前のまったりした時間の事だった。

 席近くの新しいメンバーと談笑している時に、何気なく見やった廊下で見覚えのある……というか忘れもしない姿が過るのを見た。

 青いリボンの一年生、それにしては周囲の二年生平均よりも背が高く目立つ長身。

 前髪ぱっつんでそろえたロングヘアという姿は、どう見ても聡美ちゃんである。

 こちらへ用事があるという事は間違いなく軽音部がらみの話だろう。

 ……と思っていたら、ばっちり私と視線が合った。

「ちょっと行ってくるね!」

 そう一言だけ残して席を立つ。

 私に気付いたらダッシュでもして駆け寄ってきそうだと思ったら、あの勢いが無い。

 一歩ずつ、優雅に歩いて教室の前まで来るのと併せて、私が教室の外へ出て出迎えた。


「ごきげんよう、千代崎先輩」

 思わず目を見開いたのが自分でも分かる。 あまりにも驚いたし、本当に周囲から見たら抜群のリアクションだったんだろうと思う。

 あの破天荒そうで、お嬢様の空気を全く感じさせない状態からすると別人だ。

 ……いや、間違いなく別人ではない。 でも中の人が入れ替わったかのような落差に何が起きるのやらと予測できずに戦々恐々である。

「つい今しがた、弥富部長の教室に伺いましたものの、ご不在でしたもので……」

「う、うん」

 下手に何か乗ったりしようものなら完全にペースにはまると警戒して返事しかできない。

「本日の放課後……部活は遅れますが、必ず解散までには参りますので言伝ことづてをお願いいたします」

 やばい、どこからどう見ても良家のお嬢様オーラで隙が無い。

「う……うん、分かった。 伝えておくからね!」

 少したじろぎながらも、その用件だけは確かに承った。

「ありがとうございます。 では、また放課後にお逢いしましょう」

 なんか画面の隅には常に花が咲いているエフェクトでも纏っていそうな空気のまま、もと来た方へ立ち去っていく。

 通り過ぎる二年生たちも、その立ち居振る舞いを振り返って眺めるほどだ。

 私は終始呆然として、理解できないまま教室の中まで戻った。

 さっきまで話していたメンバーにも、先日から軽音部内ではどうだとか軽く話題にされてはいたものの、今の状況を皮切りに根掘り葉掘り訊かれる事となる。

 これがいわゆる『表の顔』というヤツではないかと気付いて、本人がバラすまでははぐらかす方向で私の中では決まった。



 放課後、部室に行く途中で合流した恵ちゃんに昼間の事を話す。

「おー、何か新入部員探りに行ってる可能性高そうやな……しかし、無理せんと今日は休んでも全然構わんのやけどな」

 そう言いつつも、色々と気になってはいる様子を見せていた。



 先日、演奏が終わってから不動だった佳苗ちゃんは、その後普通に動き出すという超絶マイペースぶり。

 とはいっても、いつか演奏したいと思っていた曲のひとつだったらしく、薄い表情の中で珍しく瞳をキラキラさせながら、満足げに話してくれた。

 シェリーちゃんは明日、聡美ちゃんと一緒にギターメンテナンスのために楽器店へ行くらしい。

 みっちりと直すものがあるので、あえて当日ではなく休日を選んだとの事。



 そんなふたりは既に部室前まで来ており、それぞれの楽器が収まっているバッグを背負って談笑?しながら待っていた。

 一体どんな会話をしているのか気になるのは私だけではないはずだ。

 シェリーちゃんが私たちに気付き、ぺこりとお辞儀をするので、私たちはそれに手を振って応える。

「おまたせー!」

「おはようございます」

「おはようございます!」

 私が声をかけると、二人がそれぞれのテンションで挨拶を返してくれた。

「おはようさん。 今日もよろしくなー」

 軽やかな感じで、恵ちゃんも笑顔で挨拶をしながら部室の鍵を開ける。

「さ、みんな入って!」

 二重の防音扉を経て各員が続々と入り、私が最後に入って外側と内側の両方を閉める。

 それぞれが置いてあったり持ってきた楽器を広げて、セッティングに入っていく。

「さて、桑名は『遅れる』っちゅう話やけど、間違いなく何か……新入部員引っ張ってくると確信しとる」

 ベースを取り出して、チューナーを経由させた配線をしながら恵ちゃんが予想を話し始める。

 確信という言葉まで出てきて、よほどの要素があるに違いない。

「あそこまでギター好きやのに、それを差し置いてまでの用事と言ったら何か逸材を見つけたとしか思えんやろ?」

 そう言われると私も納得、単純明快な状況だった。

「どのパートを見つけたんでしょうかね……? 私をギターパートにしたくなったとか?」

 そう言いつつ、例の見た目がヴィンテージ感満載のテレキャスを取り出したシェリーちゃん。

 このメンバーで始めても良かったのに、あえて誰かを追加するというのなら気になるところだ。

「そればっかりは分からんが、また新しい誰かが来て色んなジャンルを持ち寄るのはええ事や。 相手の好きなものを知って、自分の好きなものを高めるきっかけにする……」

「すごいポジティブ」

「ジャンルに凝り固まると壁にもぶち当たるし、せやったら気分転換しながら目指せばええんと思うんよ」

「おおー……」

 思わず私と佳苗ちゃん、シェリーちゃんで拍手する。

「ただ、それぞれの好きなものに嘘をついたらあかん。 通すべき時が来たら、そこで退かん勇気も必要や」

「ちなみに恵ちゃんがやりたいと思ってるジャンルは、いつか通すべき時が来そう……?」

 バスドラムのビーターを留めているネジが緩んでいないか確認しつつ聞いてみる。

 たまに聴かせてもらうジャズ・フュージョンというジャンルの曲、一曲ごとに全然違っていて私にはどういったものという統一ができないし、めちゃめちゃ息が合わないと綺麗に演奏できないという予感しかしない。

「私は根本的に分かんないから、リズムすごい崩壊しそうなんだよね……佳苗ちゃんとかすごいピアノフレーズ速かったり複雑なの弾けてるから行けそうな気がする」

 逆に、できそうな誰かという方向で話題を持って行ってみる。

「ん~……塩浜はジャンルが違うだけで、譜面や雰囲気が掴めたらいけそうな気はするな」

「私はいけちゃうタイプですか」

 なんか両手を段違いに掲げて、マッドサイエンティストみたいなポーズを取る。

「確かにメジャーなものなら、何となく雰囲気は分かります。 とにもかくにも渋さとオシャレさが際立つジャンルですね」

 みんなそれぞれセッティングしているのに対して、佳苗ちゃんは音量だけチェックしたら準備完了したらしく手持ち無沙汰にしていた。

「少し乗り気なのは、あたしとしても期待しときたいな」

 普段から予想外の行動をする得体の知れないポテンシャルを感じる。

「シェリーちゃんとかは? そういう曲でも練習してたりとか無いかな?」

 ボーカルをメインにしたいというもののギターも弾き語りができるレベルとの事だけれども、昨日はギターの調子を見たりしているうちに時間になってしまったので弾いている姿を見ていない。

「ジャンルも詳しくは分からないんですけど、例えばどんなグループの曲とかでしょう……?」

 この質問からも、シェリーちゃんは音楽やアーティストについて知っている範囲が私とほぼ同じぐらいのような気がする。

 自分の持っている楽器についてもあまり詳しくないらしいけども、お父さんから受け継いだという割には結構適当な扱いだったりするので、ゆるっとした割に大胆な性格かもしれない。

「んー……大御所の超メジャーで言えば……」

 恵ちゃんが私も聞いたことのある――というか、恵ちゃんから教えてもらった――グループの名前をいくつか挙げる。

「あんまりピンと来ないですねぇ……」

 シェリーちゃんの言葉を聞いて、佳苗ちゃんは徐に挙手した。

「こんなフレーズとか聴いたことないですか?」

 そう言って、電子オルガンのような音で弾き始めたフレーズは何かで聴いたことのあるものだった。

 恵ちゃんは弾き始めた瞬間に察したようで、にやりと笑う。

「……あ!」

 シェリーちゃんが何かに気付いた瞬間、オーケストラヒットの音でジャジャン!と四回繰り返す。

 確信に変わったようだ。

「練習した事あります! なんか車のレース番組のテーマでしたっけ!」

「ご名答! とは言うても、じゃんじゃん流れとったんはあたしらが生まれる前の時代やけどな」

 恵ちゃんもリアルタイム世代では無い曲らしい。

「でも何でしたっけ、リードの楽器が普通と違ってて……」

「いわゆるウィンドシンセですね。 笛を吹くように操作する電子楽器で、元々難しいフレーズな上に強弱の再現難易度が高いです」

 佳苗ちゃんが速攻で解説を入れてくる。

「はぇー……まさか桑名さん、そういった変わり種の楽器演奏者を見つけてきたとか……?」

「……否定できんところがまた恐ろしいトコやな……」

 そんな折、私の方から入り口のノブが動くのが見えたと思うや否や。




「入部の話の時間だ! コラァ!!」

 バァァァン!




『なっ……!?』

 突然開け放たれた扉に短く声を上げて全員が振り返る。

「さあ、もう一人連れてきましたわ!!」

 勢いの割にはちゃんと手で開けたのでとりあえず良し。

 飛び込んできたのがお嬢様なのは言わずもがな、小脇に抱えられた状態で生徒がもうひとりいた。

「あ、え、えっと……?」

 私は思わず声を発したものの、入ってきた二人の次の動きを全員が待つ。

「ど、ども! なんか連れて来られちゃった!」

 手を前に掲げつつ、それでいて戸惑いながら、その子は軽い感じで挨拶をする。

 聡美ちゃんの扱い方からも分かるように、青リボンの新入生だ。

 ショートに近いセミロング、少しふわっとした感じの髪型。

 睫毛も長く、メイクでもしているんじゃないかと思うぐらいにぱっちりとした瞳。

 背格好は抱えられたままなので分かりにくいけれども、どちらかというと活動的な印象で、こういうタイプを何と言ったのだっけ?

 軽いノリで、全体の空気をあえて自分の空気に巻き込んでいくような……。

「あ! ここ……もしかして部活紹介で紅蓮華やってた!」

 恵ちゃんを見ての発言。

 私とは無縁の世界と感じる領域の住人で……。

「……ギャル?」

「ギャルじゃなーい! ……です!」

 一瞬だけ視線が私の胸元に落ちたのからすると、おそらくリボンで私の学年を判別したのだろう。

 聡美ちゃんは抱えている彼女をようやく地面に立たせると語り出す。

「あのですね! 実は同じクラスだったんですけどね、とんでもないんですよ!」

 とんでもない、と彼女が表現するものとは一体何なのか。

「体育の授業で集合の号令をかける時に、マイク使ったぐらいの声量が出せるんですよこの子!」

「なるほど、そりゃ素質あるわ」

 既に順応しきっている恵ちゃんが素のテンションで応える。

「しかもですね!」

 更に何かあるようだ。

「軽い鼻歌のはずが、音程ものすごい安定してるんです、こりゃもう連れていくしかないと」

「そんな理由で拉致されたの!?」

 連れて来られた本人が勧誘する以前の話だった。

「ウェストバージニアなフォークソングから、シャウトまでいけそうな声量の超ボーカリストまで!」

「カリフォルニア生まれなんだけどなぁ……」

 シェリーちゃんが苦笑しながら訂正する。

 たぶんカントリー的なあの曲にある歌詞から即興で思い当たっただけだと思うので、気にしなくて良いと思う。

「そんなわけで! せっかくなので歌ってもらいに来てもらいました!」

 佳苗ちゃんはシンセの前に丸椅子を持ってきていて、既に座って傍観の構え。

 みんな順応するの早すぎない……?

「オッケー、まずは状況を整頓させてもらおか」

 恵ちゃんが大体何をすべきか把握した感じで、肩をすくめながら両手を広げる。

「あたしらはその子の素性をはっきり知らんのやけど……」

 困惑気味ではあったが、ギャルっぽく感じる言動の彼女は自己紹介する雰囲気を感じ取ったのか、少し間を置いて口を開いた。

「えっと……若松わかまつ美奈みなといいます。 桑名さんと同じクラスの、しがない一般通過学生です」

 ……ん? 今なんか引っかかる言い回しが……。

「自己紹介ありがと。 でもって……若松さん、せっかくやし落ち着こか。 ほら、桑名も」

 そう言ってベースをスタンドに置くと、部屋の隅にある丸椅子を持ってきて並べた。


 全員が椅子に座って……私と佳苗ちゃんは向き合っている三人とは少し離れた各自の楽器前に陣取っている。

 シェリーちゃんも割り込まないよう気を遣っているようで、佳苗ちゃんの近くまで下がった所で椅子に座っていた。

「この後、特に用事が無かったらちょっとした雑談でもと思ってな」

 そう、恵ちゃんは切り出すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る