第11話 昼間から駆ける
「おはようござい……」
話がまとまったのを待っていたかのように佳苗ちゃんが入ってきて、知らないメンバーがいる事に気付くと、普段は眠そうな目を見開いて動きが止まった。
私たちは会話を終えており、皆が無言で動いている状態。
そこにいる、あきらかに日本人らしからぬビジュアルの相手。
数秒間、佳苗ちゃんとシェリーちゃんの視線が交差した後、シェリーちゃんが察して言葉を発した。
「おはようございます、日本語で大丈夫ですよ」
そう言って微笑むと、ようやく佳苗ちゃんが動き出す。
「……助かりました、フランス語とロシア語ならなんとか分かるんですが」
学校で習わないような言語の候補が飛び出してきた。
「逆にすごいね!?」
「すぱしーば」
なんかで聞いたことある気がする単語だった。
「ちなみにどちらもよく分かりません」
「結局分かんないの!?」
なんだかいつものノリでツッコミを入れてしまった。
佳苗ちゃんはこういう方向性(?)なのね……。
「せや、塩浜、合わせで知ってたらやりたい曲あるんやけども」
「はい、東方原曲じゃなかったら大丈夫そうです」
「と、とうほうげん……?」
佳苗ちゃんがネットミーム的なものを突然投入するも、恵ちゃんは知らず。
……私は知ってる。
「とにかく、有名どころの曲や。 夜に駆け……」
「やれます、やります、やりましょう」
もはや早押しクイズの勢いで、置いてあったシンセの電源を入れ始めた。
「あ、うん、やれるのはええんやけど、桑名が来てからな」
「……」
無言で手を止めて悲しそうな表情をする。 よほどやりたかった曲みたいだ。
「桑名が来る前やけど軽く紹介しとくと、新入生のシェリーや」
恵ちゃんが名前だけでもと佳苗ちゃんに紹介すると、シェリーちゃんは軽くお辞儀をする。
「シェリーです、よろしくね……って言っても、よろしくになるかお試しする前だけど」
「でもって、こちらがシンセ使いの塩浜や。 しんどそうなピアノもノリノリで弾いてくれるみたいやな」
「順調、快調、絶好調。 塩浜佳苗と申します。 コンゴトモヨロシク……」
やたら平坦な口調で、ジェスチャーだけはものすごい調子良さそうに動く。
なんかのゲームかで聞いたこともあるようなセリフを交えながら、シンセの音量調整を始めた。
「今後かどうかを試してもらうつもりなんやけどなぁ……」
今までに増して元気な様子に、恵ちゃんも戸惑いながら笑うしかない。
「失礼いたします」
優雅な立ち振る舞いで入室してきたのは聡美ちゃん。
「申し訳ありません、少し野暮用で遅れてしまいました」
把握した性格からすると一番乗りで来そうな勢いだけども、何かしら用事があったのならそれは仕方ない。
というか五分も違わないので、むしろ誤差の範囲だと思う。
部室内にシェリーちゃんがいるのを
「シェリー、ありがとう! 来てくれたのね!」
「そりゃあ、あれだけ褒められたら興味も湧くかなー、と」
ちょっと言葉を濁しながら笑うあたり、一体何があったのか非常に気になるところではある。
「よーし、ほんなら桑名、単刀直入に聞くで!」
恵ちゃんがファイティングポーズ? のように両手を段違いに構える。
「かかってらっしゃいですわ!」
わざとお嬢様っぽい語尾にするけれども、元の言語が完全に言わなさそうな単語で優雅さの欠片も無い。
「『夜に駆ける』は弾けるか!」
「正確には『イエス』、でも今は『ノー』ですわ!」
「……まあ、そらそうやろな」
ふいにポーズを解いて普段通りに戻る。 恵ちゃんはノーである理由が分かっていたようだ。
私も何となく察しが付く。 聡美ちゃんが今ギグケースに入れている、あの重厚な音を出すギターとアンプで考えると、メタルアレンジかな? とでもいった雰囲気が想像できる。
「ボリュームを絞る事で対応はできますが、それよりも最適な可能性はこちらにありますわ」
まだお嬢様的な語尾が続いている。
「シェリーさん、あなたの持ってきたギターを見せていただけるかしら?」
「あ、はい! なんとかキャスターっていうやつ!」
「その『なんとか』の部分が重要なのー!?」
一瞬で素に戻った。
「チューニングは分かるんですけどね」
そう言ってギグケースのチャックを開け始める。
「特にどこかで習ってるわけでもないんで」
中から黄色っぽいボディがチラッと見えた。
「ツマミの調整とか、よく分かんないんですよ」
そして取り出されたギターは……。
『ぼろっ!?』
恵ちゃん、聡美ちゃんの二人が思わず声を上げた。
「え……テレキャスなのは分かるけど……何年前……?」
どうやらテレキャスという名前のギターらしい。
『なんとかキャスター』と言っていたので、『テレキャスター』……?
と、そこまで想像したらテレキャスターって何かの歌のタイトルや歌詞にもなっているのを思い出した。
名前は知っているけど見た目は知らなかったので、これがそうなのか、といった感じだ。
聡美ちゃんの持ってるタイプのギターと比べると、付いている部品は心配になるぐらいシンプル。
白い指板に黄色い塗装、黒のピックガード、2個のツマミとスイッチが付いているだけだ。
そして何より、パーツのところどころが少し錆びていて金属の光沢が鈍いところがあったり、ボディ部分の角は塗装が剥げてしまって直に木目が見えている。
単純に言えばボロボロ、上手く言えばヴィンテージといった趣のある呼び方になると思う。
「どうなんだろ……私のお父さんから貰ったやつだけど、あまり詳しくなくて……20年以上前なのかな?」
「うーん……再現じゃないオリジナルって言っても通じそうな年季の入り方ね」
聡美ちゃんがギターを受け取り、しみじみと眺めつつコメントする。
「……あ、これオリジナルじゃないけどマジもんになるわね」
さっきまでお嬢様言葉を使っていた人が『マジもん』という単語を繰りだすこのギャップよ。
「1950年代のテレキャスを再現したモデルだわ。 詳しくは調べなきゃ分からないけど、今はもう生産してないはずだから貴重よ」
そう言って、何も繋がっていない状態ながら構えて試奏している。
「あら、逆反り……いえ、もしかしてフレット結構削れてない? なんか浅い感じがする」
「え……それって削れるの?」
シェリーちゃんの言葉を聞いて、聡美ちゃんが演奏を止め、ショックを受けたような表情で顔を上げる。
そして目を閉じながら……きっと言いたい事を色々整理しているのかもしれない。
「オーケー、とりあえず色んな話を後でしましょうね」
たぶん言いたい事がたくさんありそう。
ケースからシールドを取り出し、足元に置くタイプのチューナーを経由させて部室にある小さいアンプへ繋ぐ。
先日、修くんが『ジャズコ』と呼んでいた方だ。
電源を入れて、まずはチューニング。
「やっぱネックが反ってる気もするわ……」
そうぼやきながら、まるで大砲を構えるかのように持つと、ネックと視線を水平にして反り具合を確認しているようだ。
「うん、逆反りは確実ね。 でもハイ起きは起こしてなさそうだから普通に調整できそう……ボリュームもちょっとガリってるわね……」
言いながらも、さくさくとチューニングを終えていく。
そういえば、聡美ちゃんが持っているギターはもっとスピーディーにチューニングを終えていたような気がする。
ギターの種類によって色々細かい違いがありそうだけれども、聞くのはまた今度にしておこう。
「あたしがこっちで音量調整するから、歌う音量で声出してみなー」
「はい! あー……あー! ボリュームてすてす! まいくてーすと!」
シェリーちゃんの方も声出ししながら恵ちゃんがマイクのボリュームを調整し始めている。
佳苗ちゃんに至ってはシンセをミュートにした状態でスピーディーに鍵盤を弾いてしばらく練習している。
その後、完全に不動のポーズで弾き始めの音とおぼしき辺りに指を添えてから不動のポーズとなった。
私はとりあえずハイハットを既定の位置に固定して、スネアドラムのスナッピーをオンにするのを待つのみ。
チューニング中にスナッピーをオンにすると、ザラザラと音が響くので待機。
これまでに何度かそのままオンにするのを忘れて、演奏の一発目に恥ずかしい音を出した経験があるけど、忘れるものは仕方ない……。
すぐにアンプから音が聞こえてくるものの、聡美ちゃんの歪んだ重低音とは違った音が出てきた。
ボリューム調整しつつ弾いている音を聴くと、シャキシャキした感じの軽いイメージがする音だ。
……いや、昨日まで聞いた音からすれば何でも軽く聞こえる。
しばらくアンプのツマミを弄り、ギターを弄り、を繰り返してから全員の方へ振り返る。
「イエス、いけます!」
そう言って仁王立ちの様相で両脚を広げ、堂々たる様子で構えてみせた。
「よっしゃ、塩浜は……なんか言うまでも無さそうやな」
佳苗ちゃんはさっきから既に鍵盤を演奏するポーズのまま不動の体勢だ。
ちょっとドヤ顔っぽい感じで恵ちゃんに視線を送っている。
私はスナッピーをオンにすると、視線をこちらに向けて来た恵ちゃんに無言で頷いた。
それに対して彼女も無言で返すと、シェリーちゃんに向き直る。
「とりあえず歌って合わせて、できると思ったら……是非よろしくな」
「はい! むしろ私の歌がお気に召しましたら!」
そう言って微笑む。 かわいい。
「歌い出し前のカウントは必要?」
私が提案すると、シェリーちゃんは両手を胸元まで挙げてひらひらと否定のポーズを取る。
「大丈夫です、そのまま始めます」
そう、これはボーカルが最初なので、そのテンポが肝心となる。
必要ないのなら、それも彼女のリズム感を知るきっかけとなるだろう。
全員が歌い出しを待つ。
この沈黙、普段は私が破る事が多いけれども、つい最近になって歌い出しにカウントしない曲を演奏する機会が出てきて、それもまた新鮮な感じ。
私が曲のテンポを引っ張るという、今まで色んな事に引っ張られてばかりだった私にはプレッシャーだったけれども、一年近くやって慣れてくると逆にそれが楽しくなっていた。
曲を引っ張り出して、全員の音をガイドするという気持ちがいつの間にかポジティブを連れて来て、あの時に部室のドアをノックするので精一杯だった引っ込み思案の私は思い出の記憶になろうとしている。
シェリーちゃんがすっと息を吸い込む音が合図だった。
そう、この空間に沈むように、そして溶けてゆくように。
ちょっと舌っ足らずにも感じるけれど、はっきりとした声量。
テンポも違和感無く、佳苗ちゃんがすぐにピアノで入る。
1フレーズを歌った直後、私の4つ打ちリズムと聡美ちゃんのギターが合流した。
なかなかやらない、ちょっとオシャレさを感じる雰囲気。
そのままイントロに入ると、佳苗ちゃんがあのピアノのイントロをしっかりと弾き始める。
恵ちゃんも感心したような表情を見せつつ、対抗心からか原曲よりもちょっとテクニカルなイメージのするベースフレーズを弾いていく。
私のドラムはバスドラムが基本的に4つ打ち、裏拍でオープン、表拍でクローズのハイハット、偶数拍でスネアと単調が故に、正確さが要求される。
Aメロの冒頭はハイハットを16分で3回叩くパターンに変わる。
ここはどうしてもリズムが崩れやすいんだけれども、この時点から私に気付くものがあった。
まだ気のせいかもしれないと思って、そのままスネアを交えたリズムに切り替わっていく。
ふとシンセパートが無いタイミングなので佳苗ちゃんに視線を送ると、PVの真似なのか目元を両手で覆い、指をわさわさ動かして隠す仕草をしているので吹き出しそうになるも堪える。
繰り返しAメロが続いて、聡美ちゃんも動き回るような素振りを見せずしっとりと演奏していた。
Bメロになって入りそびれないか心配していた佳苗ちゃんは、ちゃんと普通に合流してきたので一安心。
この辺りで私の感覚はほぼ確信を得てきていた。
サビに入る直前の歌詞フレーズで、佳苗ちゃんが咄嗟にコーラスを入れると歌が華やぐ。
結構速めのピアノフレーズなのにコーラスまで入れられるって相当なのでは……?
サビに入るとさすがに佳苗ちゃんもコーラスをする余裕が減ったのか演奏に集中する。
そして今更だけれども、歌詞を見ずにずっと歌っているシェリーちゃんも凄い。
ドラムのフレーズはまたイントロと同じパターンに戻り、ボーカルを立てるかのようにシンプルに、けれど正確に刻めるよう集中していく。
最後のフィルイン部分でモタつかないようにしながら、ベースとしっかりバスドラムのタイミングを揃える。
アウトロのつもりで演奏し始めて、ここでふと1番だけで終わるのか打ち合わせていなかった事に気付いた。
……けれども、全員やる気満々の様子なのでそのまま続けていたらシェリーちゃんも歌い始めて2番が始まった。
リズムに合わせて身体を揺らしながら、マイクに向けて少し伏し目がちにAメロを歌い上げていく。
歌詞にシンクロするように目を覆ったりとジェスチャーも交えたりと、バンドを組んだ事が無いと言いつつ、明らかにステージ上を意識しているような動きは経験者のそれと変わらない。
同じことをやれと言われても、私にはまったくできる気がしないものをナチュラルにやってのけるこの度胸は一体どこから来るのか知りたくなってくる。
Aメロ後に来るBメロ的なCメロの早口もしっかりと歌いきると、間奏に入るや否や佳苗ちゃんのテンションが見た目では分からないけど爆上がりしていそうな感じで16分のメロディを正確に弾いていく。
聡美ちゃんも先日のような暴れっぷりは見せず、穏やかな表情でアップダウンのストロークを繰り返しておシャンティな雰囲気を演出している。
それこそ、元からそういうギタリストでしたと言わんばかりに自然な溶け込み方で、こちらの方が人気が出そうな予感しかしないけど……。
恵ちゃんは全員の様子を眺めながら、フレットを押さえる手を頻繁に行き来させながら原曲よりも高音まで動いてから戻るようなフレーズを混ぜ込んできている。
それは対抗心というより、普段から彼女自身が欲しているジャンルのオマージュかもしれない。
ピアノソロのラストで佳苗ちゃんが高音から低音に向かってグリッサンドで滑らせると最後の盛り上がりに向けてシェリーちゃんがC…Dメロ?を歌い出す。
この曲、Aメロとサビ以外は全部フレーズが違うし、順番も全然違うと演奏して気付く。
この後のBメロかと思ったら最後のフレーズも違ったりと、こんな覚えるのが大変な曲なのに演奏したいと思わせる魅力ってどこから来るのだろうと思案したりもする。
ラスト前に一度、サビのフレーズでほぼボーカルのみになるけど、ハイハットのガイドなしでリズムを崩さず歌っていく。
そのまま私もフィルインを交えて最後の転調したサビへ入ると、全員ここが見せ場だとばかりに音量が上がったように感じる。
たぶん気持ちが上がってるからだろうとは思うんだけれども、それがライブ感を持たせて良い効果を生み出している。
そしてキーが上がった状態でも無理しない感じの声が出せているシェリーちゃんの底力。
歌う時の身振り手振りも熱が籠って、さながらステージの様相だ。
少なくとも、私にはこのメンバーでの先の姿がなんとなく見える気がする。
歌い終わりにブレイクを交えてアウトロに至る。
既に恵ちゃんと聡美ちゃんはノリノリの状態でやりきった表情を見せているあたり、ほぼ同じような感じを受け取っているようだった。
佳苗ちゃんは……あまり表情からは読めないけれども、楽しげである事はほぼ原曲再現されたピアノフレーズから想像できる。
最後のフレーズも全員で崩れないよう注意して曲を終えると、恵ちゃんが両手でガッツポーズを取って興奮気味に語り出す。
「すげー! シェリー、あんた凄いわ!」
言われた本人は、ゆるっとした動きで襟首あたりに手を当てはにかむ。
「いえー、それほどでも~」
「ホンマにバンド経験無いん? 明らかにステージ意識したような動きやん」
私も同じ思いで、動きが未経験者のそれではない。
そこへ聡美ちゃんが補足するように語り出す。
「そうなんですよ、昨日見かけた時も、弾き語りしてる姿はどう見てもPVの撮影してるんじゃないかと思ったぐらいでしてね」
そうなんだ……それはそれで見てみたかった気がする……。
「演奏が終わるまで、本当に撮影してないか隠れて様子を窺ってたぐらいですから」
ん? 隠れて?
「……真後ろから飛び出してきた時は、危うくギターで叩いちゃうトコでした」
茂みに隠れて様子を見ている聡美ちゃんの姿が容易に想像できてしまう。
「そんなナチュラルボーンなアーティストなんか……どうや? こうやって合わせて演奏するってのは」
「そうですねぇ……」
シェリーちゃんは少し考えるようにしてから、少しずつ感想を語り始める。
「原曲とは違う音程、フレーズ……みんなで様子を見ながら、それぞれ引っ張ったり、もしくは引っ張られたりして試行錯誤しながら合わせていく。 そんなイメージでした」
聡美ちゃんはテレキャスのボリュームを切った状態で色々と試奏しながら話も聞いている。
「そこで曲としては破綻しないように合わせていく、アレンジの楽しさは予見できますね。 私ができるかどうかはちょっと分かんないですけれど」
少し恥ずかしげに笑いながら、私の方を見る。
「曲のテンポも人が演奏するからこその揺らぎがありますし、そこに生の音ならではといいますか……『生きている』ものを感じます」
も、もしかしてリズムがブレている事をオブラートに包んで配慮された……?
「ホントは部活に入るつもりはなかったんですけども……」
お、その前フリが出るという事は……。
恵ちゃんも両手を広げてじわじわと近付いていくのが見える。
「せっかくなので、色々演奏も含めて参加させてもらいますね……わっ!?」
言い切った直後のシェリーちゃんを、恵ちゃんが突然抱きしめるので驚く。
「むしろ参加してくれてありがとう……! あたしからもお願いするわ……!」
「は……はい……!」
私から飛び込むと顔面鷲掴みにされるけど、ここまで恵ちゃんを感動させたら逆に来てくれるのか……などと邪な考えがふと過るも、それはそれ。
恵ちゃんが離れるのを待ってから、話を続ける。
「でも、せっかくついででギターも弾きながら歌いたいですし……」
そこで聡美ちゃんに視線を送る。
「メンテナンスも詳しそうなんで、ついでに教えてもらいたいです」
「まーっかせなさい!」
自信満々といった表情で聡美ちゃんが胸を張る。
……先ほどから一言も発していない佳苗ちゃん、みんなの後ろで最後の音を出した後のポーズのまま斜め上を向いて魂がどこかに旅立っていそうな表情になっている。
佳苗ちゃんの中ではやりたい曲をやりきった満足感で満たされているんだろう。
誰もが指摘したら負けだと思っているようで、あえて言わずにおいているこの空気よ。
あえて私もスルーしながら、気付いた事を確信に変えたい一心で質問を投げかける。
「シェリーちゃん、もしかしてテンポキープものすごく安定してない……?」
「あー、あたしも思ったわ。 ドラム無くても全くブレんし、そこも訓練を受けたかの如し、や」
「練習……ですかね?」
あまりにもシンプルな、でも歴戦の兵みたいな返答だった。
「特に気にしてないんですけど、CDの通りに演奏すると毎回同じテンポだから……ですかね?」
ですかね、で済むスキルじゃないんだよなぁソレ……。
私としては一番欲しい技術だし課題でもある。
「せっかくだから、今まで聴いてきたジャンルとか教えてくれないかしら。 その好みに合うようにギターもカスタムしたりすると楽しいわよ」
ボーカルを主としての勧誘だったはずなのに、聡美ちゃんはすっかりギターを演奏させる気満々だ。
会ったばかりの仲間がここまで仲良く話せるというのは、やはりバンドという話題と距離感だからこそ為せるものなんだろうか。
私もボロボロのテレキャスターを間近で見せてもらうためにドラムのスローンから立ち上がり歩み寄る。
「もしかしたら、とんでもない逸材を発掘したかもしれんな……」
そんな中で、恵ちゃんが半笑いで驚きを交えながら呟いた。
「あと、誰か塩浜にツッコミを入れた方がええのか……?」
……もうそのままが正解のような気がする、たぶん。
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