第10話 突然の来訪
今日から二年生としての授業が始まった。
スタートダッシュを逃してしまって成績が悪いと補習授業が待っているので、しっかりついていかなきゃいけないという思いが強い。
特に頭の良いわけではない私からすると、頑張ってカバーするしかない。
補習と言う名の付く居残りの大半が部活の時間という形を取っているので、貴重な部活の時間が潰れるのは勘弁だ。
窓からの陽射しは春と言うには強く、出席番号順でほぼ中央になっている私は窓際から外れているので助かる。
お昼を過ぎた頃に当たっていると睡魔が襲ってくるんだ。
……そして陽射しとは関係無く睡魔は襲ってくるという事をあらためて思い知らされる事となった。
そんな午後を超えて、放課後。
いつも通り部室へ向かうと、まだ遠くに見える部室の前にひとりの女子生徒が見える……んだけれども、駆け寄るのを一瞬ためらってしまう。
明らかに日本人らしからぬ顔のつくりと言うか、海外生まれといった印象の子だったからだ。
……留学生か何かの子?
いや、でも日本生まれでタイ人みたいな芸人さんとか、ローマ人で違和感無い役者さんもいるから分からない。
学生服のリボンは青色で、今年の新入生。
部活紹介の時は照明が落ちていたので、そういった子がいるのは見えなかった。
しかし背中にギターのバッグ……ギグケースを背負っているのが見えるので、間違いなく楽器経験者という事だけは分かる。
新入部員きたか!? と思ったけど、恵ちゃんの期待するボーカリストでは無いかもしれない。
いやでもその前にどうやって話しかけよう。 日本語とか通じるのかな?
そう逡巡しながらゆっくり歩いていると、私と目が合った。
明らかに私を軽音部の部員と認識している……そりゃそうだ、部活紹介のステージ上で移動式の平台ごとに取り残されたロングツインテールの上級生といったら私ぐらいのものだ。
……そう、私しかいないのだ。
むしろ他にいるなら教えてほしいぐらいだ。
彼女が遠いところからでも手を振って礼をする姿を見てしまっては、牛歩戦術で時間を稼ぐわけにもいかない。 駆け寄って何とか話を切り出そうと色々考える。
目の前まで来ると、容姿がはっきりと分かった。
髪はお団子型にした上からポニーテールにしたような、ちょっと不思議な髪型。
瞳は大きく透き通ったブルーで、ちょっと童顔な印象にも見える。
ポニーテールのおかげで結構背が高いように見えたけれども、目線の高さからすると佳苗ちゃんより少し高いぐらい?
海外出身というには日本人的な所作をところどころ感じたりする。
「あー、えっと……は、はろー? どぅーゆーじょいんでぃすくらぶ?」
「あ……全然日本語で大丈夫です」
めちゃめちゃ流暢な日本語が飛び出して、ずっこけそうになる。
「びっくりしたー! 今もう合計で二回ぐらいびっくりしてる!」
「あはは……」
ゆっくりのんびりとした感じと、透明感のあるビジュアルで既になんだか眩しい。
よく弄られキャラになる私とは別方面にいる、癒し枠にいそうなイメージだ。
「っと、私、新入生のシェリー・マイヤーズと申します」
名前もがっつり日本名かと思ったら、そこは外国名でテンションが上がった。
「おお、シェリーちゃん! なんかグローバルな感じでステキ!」
「えへへ……ありがとうございます」
照れながらお礼を言う様子からしてカワイイ。
しかも声がちょっと舌足らずというか、私の声質カテゴリからすると『明るいアニメ声』といったイメージが余計にその印象を際立たせる。
私は普段高めのトーンで会話しているけども、何も意識しなくなると陰キャまっしぐらな低めのトーンでつい話してしまうので、非常に羨ましい。
「私は千代崎祐理菜、先輩呼びからゆりちゃん呼びまで、お好きな範囲で呼んでね!」
「お……おおう……ゆりちゃんさん、よろしくお願いします」
なんか敬称と愛称が合体に失敗してる。
まあ慣れたらそこは自然と変わっていくでしょう。
――『たかちゃん』と一年近く呼べていない実例は置いておく。
「実は昨日、同じ学年の生徒さんから熱烈な勧誘を受けてですね」
「あー、なるほど」
熱烈な勧誘というワードから、破天荒お嬢様の影が浮かんでくる。
「そりゃもう大騒ぎだったでしょ?」
「……ですね」
苦笑しながら思い出しているようだ。
「部室の鍵は部長さんが持ってるから、もう少し待っててね」
「はい、たぶん……すぐにみえるかと……」
「ん?」
言われて振り返ろうとした瞬間に、ツインテールの根元両側をがっちり掴まれた。
「ぬあ!?」
「ワタシハ ツインテール セイジン」
明らかに恵ちゃんの声で棒読み片言のセリフが聞こえる。
「ワレワレノ ブカツニ ショウタイ シヨウ」
そこまで言うと、恵ちゃんの手から解放された。
「めちゃめちゃ乗っ取られてない!?」
掴まれた髪を整え直しつつ振り返り、声の主に抗議する。
「んー、なんか操られたかもしれんな」
さらっと流しつつ、鍵を鞄のポケットから取り出しつつ声をかける。
「あたしが部長の弥富や。 よろしく、シェリー」
既に名前を話していた時点から近くにいたという事か……気付かなかった。
「ま、立ち話も何やし、中に入って話そか」
そう言いながら部室の鍵を開け、一枚目の防音扉を引いた。
……が、そこには二枚目の内扉がまだ立ち塞がっている。
そこへ恵ちゃんが適当に髪を両手で雑に掴むと、ちょっとガニ股になって私と顔の高さを合わせる。
「サア ツインテール セイジン ヨ トビラヲ アケルノダ」
今しがたのネタを引っ張りつつ催促してきた。
横でシェリーちゃんがリアクションに困ったような笑顔で固まっている。
「星人じゃないからね!? 地球人だからね!?」
ツッコミを入れつつ、私が内扉を開けながら部室の中に入る。
そして振り返ると、両手を広げながらシェリーちゃんに声をかけた。
「ようこそ! 第二軽音部へ!」
言った瞬間、開ききらず固定されていなかった扉がそのまま閉まる。
なんか締まらない歓迎になってしまった。
気を取り直して三人で部室に入り、聡美ちゃんと佳苗ちゃんを待つ事に。
楽器の準備をする前にコミュニケーションを、という事で部室の中央に丸椅子を三つ置いて向かい合う。
そこでシェリーちゃんがギターケースを持っている事が気になっていたのは私だけでは無かったようだった。
「ちなみに、ボーカルとして勧誘されたワケではない?」
恵ちゃんがその点に切り込む。
「えっと、ボーカリスト募集と熱く語られたんですけども、随分昔からギターを弾いていたのでギターボーカルのイメージですかね?」
「桑名……やりおるわ……」
まさか昨日話していた話題から即新入部員を勧誘してくるとか、ポジティブかつコミュ強の恵ちゃんでも簡単ではないと思う。
「せや、普段歌ってたり演奏してるジャンルとか方向性は何かあったり?」
その質問に、少し考えてから答えた。
「えと、マイナス音源ってあるじゃないですか?」
「あー、そういうボーナストラックやったり、ネットで色々探せばあったりするヤツやね」
マイナス音源というのは、いわゆる特定のパートだけをカットした楽器版のカラオケみたいなものだ。
世の中にはシンセサイザーやステージ上で出せない音以外全部マイナスという音源を流しつつ、演奏者にしか聞こえないメトロノームの音を聞きながらリアルタイムでライブをする同期演奏というものが存在するらしい。
……あまりにレベルが高すぎて、私にできる気がしない。
「昔からそれに合わせてギターを演奏する事が趣味の時間になってまして」
佳苗ちゃんと同様に、メンバーは音源の中にいたパターン……?
「で、明るい昼間はコレではないアコギを持って郊外まで行って一人で弾き語りしてたんですが」
『コレ』と言った時にシェリーちゃんは持ってきていた布製のギグケースを軽く持ち上げた。
「昨日、どこからつけられていたか、弾き語り現場に彼女が現れまして……」
まさに神出鬼没といったところだ。
「神出鬼没とはこの事か」
恵ちゃんも同じ感想だった。
「そこからはまあ、独特なキャラクターでの勧誘でしたね……」
少し目の焦点が遠くを向いているところから、察して余りあるところだ。
「……あ、もしかして完全に目的のメンバーが勧誘できちゃった系ですか?」
シェリーちゃんが遠くに視線を送った先は、先日恵ちゃんが書いていたホワイトボード。
そこには『歌える』『楽器なら経験者』といったキーワードが散りばめられた記述がある。
「せや、まさにどんぴしゃ……やけど、実際にやってみて相性の確認はしてみたいと思っとる」
勧誘をしたのは聡美ちゃんのようだが、ここからは部長の仕事でもある。
特に万人を受け入れるには難しい第二軽音部という地盤に馴染むかどうかを知っておく必要がある。
誘っておいて試験とはどういう了見だと思うかもしれないけど、逆に誘った手前、面白くない演奏を続けさせてしまう方が申し訳ない。
この辺りの考え方は私にも理解できる。
「もうしばらくしたら一年メンバーも来るはずやし、なんか知ってる曲あったりせんかな?」
「んー……」
そう訊ねる恵ちゃんに、少し考えながらシェリーちゃんがまずは第一の案として思い付いた曲があるようだ。
「アヴリルのガールフレンドってご存知です?」
「うお……曲は知っとるけどコード取った事無いな。 英語歌詞やけど歌えるん?」
「よく聞かれるんですけど、リスニングで英語を拾うのは全然できて、発音もできます。 でも、とっさに出てくるのは日本語なんですよ」
「なるほど、『読める』『話せる』けど『会話は難しい』ってな辺りか」
的確な分析が進んでいく。
「そうそう、そんな感じです。 頭の中で考える言語は日本語ですね」
彼女なりの言語事情があるようだ。
「あ、『夜に駆ける』とかどうですか? 結構ピアノしんどそうですけど」
急に日本語、しかもなかなかトレンドに入り込んだ曲の選曲だった。
「あ、いいね! ドラムはほぼできるよ! フィーリングは半分ぐらい混ざるかもだけど」
私はすかさず答える。
「ええ曲やなー、あれはあたしも覚えたわ。 たださすがにギター弾きながらは難しいやろ?」
「ですね、ボーカルとしてなら行けそうかなー、と」
「となると、あとの二人ができるなら成立やな」
「よーし、それならとりあえず練習の準備はじめよっか!」
そう言って私は立ち上がると椅子を部屋の隅に戻し、ドラムへ向かう。
ついに今までやった事のない曲を新メンバーで、しかも好きな曲をできるかもしれないという予感に、少しばかりテンションが上がってきた。
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