第9話 騒いだ後は
練習を終えた帰り、学校近くのファストフード店に四人で集まり、ちょっと遅めのランチとなった。
私たち以外にも数組ほど同じ高校の生徒がいて、青リボンの新入生も見える。
入学翌日から親睦を深めようと頑張っているようだ。
ギグケースを背負った我らがギタリストとベーシストは完全にバンド活動の女子高生といった風体だった。
ちなみに私と佳苗ちゃんは部室に楽器を置いて来たので非常に身軽。
そんな店内で、私たちも各自で頼んだメニューを席まで移動する道すがら、私は気になっている事があった。
「佳苗ちゃん、気のせいかもしれないんだけどさ」
「何でしょう?」
涼しい顔で、というか特に表情の起伏が少ないまま私に次の言葉を促す。
「なんか、二人分持ってるような……?」
トレーの上に載っているセットメニューが、私はバーガーにナゲット、ドリンクのセット。
佳苗ちゃんのトレーにはバーガーが二個、ナゲットにポテト(Lサイズ)、さらにドリンクも二個ある気がする。
「あります。 たくさん食べて大きく強くなるのです」
シンセを片手で持ち上げる源なのかもしれない。
「すごい力持ちになりそうだね?」
私の言葉を聞いた佳苗ちゃんが、少しだけ考えた様子を見せた。
「……ぱわー」
一瞬だけ片手でトレーを支えたまま、前のめりに腕を構えるポーズを取って元に戻る。
さすがにそのボケが来るとは思わず、つい噴き出した。
いや、二人分のセットを片手で支えるってのも結構だと思うんだけど。
ウケて立ち止まった私をいつも通りの無表情な感じで追い抜いて席まで行くと、向こうで恵ちゃんと聡美ちゃんのびっくりする声が聞こえてきた。
あれから結局のところ隆くんを引っ張っていこうとしたら、結局数人来ていた見学希望と新入部員も含めて全員が見学がてら第二軽音部の部室に詰めかけるという事に。
楽器経験のほぼ無い新入部員からすると、ものすごいモチベーションの元になったようだ。
また、佳苗ちゃんがシンセで入ったパートがホントにパリピっぽいというか、電子音がテンションを上げてくれるメロディを奏でていて、非常に新鮮だった。
修くんに言わせてみると、『ベガス』っぽいとの事。 私の知らないアーティストだけども、ちょっと聴いてみたいと思った次第。
向こうに入った新入部員のふたりも自己紹介しないまま解散になったので、また今度ちゃんとお互いに顔合わせしたいなんて考えていた。
私と恵ちゃん、向かいに聡美ちゃんと佳苗ちゃんでそれぞれ隣に座ってランチタイム。
主に恵ちゃんと聡美ちゃんが持っているギターやベースの話を主体に盛り上がっていて、ふたりとも中学の頃には既にロングスケールだった、みたいな話だった。
聞いたところによるとギターやベースにも長いものと短いものがあるらしいけれども、確かにふたりとも長身なので中学生の頃から大人用の楽器を扱っていても違和感は無さそうだ。
聡美ちゃん曰くギターの他にベースも持っているらしく、バンドとして音楽性の幅を広げるためなら喜んで貸し出すそうな。
個人的なイメージだけども、低音に追加された弦がありそうな予感しかしない……。
普通はギターなら6弦、ベースなら4弦、という事ぐらいなら私にも分かる。
それでもって、そこから更に低い音を足した7弦ギターや5弦ベースがあるという事も以前に聞いた。 ただし見た事は無い。
私と佳苗ちゃんはひたすらそれを聞いて頷くだけだったが、楽しそうに話す二人が輝いていて、このまま聞いているだけで楽しかった。
会話の八割ほどが理解できない内容だったけど。
恵ちゃんは色々と楽器をやりながら、ベース歴およそ四年ほど。 聡美ちゃんは物心ついた頃からギターを弾いていたという話から、ふいに聡美ちゃんが私の方に顔を向ける。
「そういえば、千代崎センパイはドラム歴何年ぐらいですか?」
私に質問を投げかけてきて、話題の中心に引っ張り出された。
……いつか聞かれるのではと思ってたら、二日目の帰りにして訊ねられてしまった……おそるおそる私は答える。
「……じ、じつは……いちねん経ってないの……」
「ん!?」
聡美ちゃんは結構な年数やっているだろうに、私がその活動へ混ざるのは烏滸がましいのではと思ってしまう。
「え、一年経ってない……で、ここまでできるんです!?」
あれ? なんか違う方向で驚かれた気がする?
「去年の六月ぐらいだったかな……急にやりたくなって……」
恵ちゃんは微笑みながら……いや、ニヤニヤしながら?こちらの様子を窺っているだけだ。
「すっご……昨日のライブでも打ち込みじゃなかったはずですよね?」
「ま、まあ打ち込みだとどう見ても分かると思うよ……?」
「ですよね……なんかもう昔からずっとやってた感があったんで、ちょっとびっくりしました」
「ありがとう……なんかすごい褒められてびっくりしちゃった」
「あ、でもリズムはちょっとフラフラしてる感じはしますからね!」
「あい……がんばりましゅ……」
うん、もっと練習しよう……。
「そういや塩浜、めっちゃシンセ持つ時軽々と持ってたけど、鍛えたりしとるん?」
ある程度話に区切りがついたところで、恵ちゃんが佳苗ちゃんのパワーの秘密に切り込む。
「特に鍛えて……いえ、自然と鍛えられて……います」
「自然と?」
「模様替えをする癖といいますか、部屋のものをあれこれ一人で動かしているうちに、世界がいつの間にか軽く……」
「世界の重さは変わらない気がする」
つい即座にツッコミを入れてしまう。
「いつか地球も持ち上げられると信じてます」
そしてワンテンポ置いて……。
「やー」
気の抜けた掛け声に併せて、また前のめりに筋肉アピールのようなポーズを取る。
私も苦笑しつつドリンクのパックを手に取ったタイミングで、恵ちゃんが思い付いたようにボソッと呟いた。
「しおはまきんにくん……?」
まさかの追撃ボケで、飲みかけていたドリンクのオレンジジュースを吹き出すところだった。
「シンセ使いは力持ちの法則です。 古事記にもそう書かれてます」
「なんか急にネット知識が要求されるネタになったね!?」
色々と私もネタは知っているものの、高校になってからはあまり表立って使わなくなったものだった。
けど、こうやってオープンに話しているのを見ると少しぐらい昔の趣味知識を出してもいいのかもしれないと思ったりもする。
すっかり話し込んでしまい、店の外に出ると昼の三時に近い時間。 そろそろ帰路に就く頃合いだ。
電車通学の聡美ちゃんと佳苗ちゃんを送りに駅まで向かう。
「よし、それでは今度、弥富センパイも5弦ベースでメタル沼に引き込みますね~」
「そのまま返り討ちにして進ぜよう~」
既に同級生のようなノリでふざけ合っている。
「まあ、引きずり合うのは先に歌えるメンバー見つけてからやな……」
我に返った恵ちゃんに、同じく現実へ帰ってきた聡美ちゃんがふと気付いたように提案する。
「インストバンドという方向性もある意味アリかもしれませんね」
「なるほど……やはり天才か」
いやいやいや、そこまで魅せられる演奏の領域まで練習できてないからね?
言葉にしようとしたけれども、言い出した二人も本気では無さそうだ。
「とはいっても、海山道センパイ……でしたっけ? あの歌唱力はゲストどころか主力に是非欲しいですね」
「それは分かる」
聡美ちゃんが認める実力者という意味で考えると、隆くんもこちら側で良かったのではと思ったりもする。
「引っ張っちゃいますか?」
「本人の意思で向こうやし、女子に囲まれるのもちょっと気恥ずかしいトコあるかもしれんな」
「そうですか……でも、あれだけの人数が入学する学校ですもの。 きっとまだまだ逸材が眠っているはずですわ!」
ようやく聡美ちゃんからちょっとお嬢様っぽい言葉が出てくるのを聞いたけど、逆に違和感となってしまうぐらいに私の中では既に印象が固まっている。
「私の学校生活の半分を占める楽しみのためには、手段を選んでる場合ではありません!」
なんか瞳に炎でも宿ってるのではないかといった勢いで、お嬢様タイムは即終了だった。
駅に到着して、改札での別れ際。
「それでは! 是非とも私が掘り起こしてきますゆえ!」
「期待しとるでー」
燃え滾っている様子に恵ちゃんも苦笑いしながら見送る。
「それでは、また明日もよろしくお願いします」
丁寧に礼をして佳苗ちゃんも続く。
「うん、またね!」
改札の奥へ向かっていく二人が、やがて手を振って別々方面のホームへ向かっていくのを見送ってから恵ちゃんと顔を見合わせる。
「よし、じゃああたしらも帰るか」
「うん!」
先週までの約一年は修くんと隆くんを合わせて四人で駅前を行動してたけれども、こうやって二人だけになって行動するのは新しい。
「今んとこ、嬉しい誤算やな」
呟くように恵ちゃんが語り掛けてくる。
「ん? 誤算?」
「せや、楽器隊が先に揃うとは思わんかったわ」
「あー」
昨年の部活動開始時に楽器志望として集まったのは私と恵ちゃん、あと修くんの三人だけだった。
私が入部する前も数人ほど来たが全員ボーカル志望だったとの事。
隆くんが最初のメンバーとして入っていてくれたけれども、本人も『歌う』という行為は『声という楽器』なんだという持論というか矜持のようなものがあった。
私よりも機材の事をあれこれ知っているし、実のところ学校で部活どころかアマチュアで活動してても十分に通用すると私は思っていた。
「あとは歌えるメンバーが来てくれれば、今日とは逆に阿倉川の活動もサポートできるやろうし、心の余裕にも繋がるし……何よりも、こうやって経験者で集まれば校外で活動できる即戦力になるからな」
「むしろそれが目的……?」
「そんなトコや。 去年は部活としては結局学園祭で終わったやん? 今年は一般のライブに出演するのが目標や」
今聞かされた目標に、私の中で緊張が走る。
「ひえぇ……知ってる学生じゃなくて一般の人が見に来るライブ? めっちゃ緊張する!」
「えらい気が早いけど、緊張する前にメンバー確保やな」
「そうでした」
真顔になって現実へ戻る。
「ゆうても、祐理菜が一人勧誘成功、桑名が飛び込んできたって事を考えれば、あたしも頑張って一人獲得してきたいな」
あ、自分で勧誘できてない事にちょっと引け目を感じている?
「大丈夫だよ、部長さんとして活動してもらってるところで充分相殺できてるから! 私たちで引き続き見つけてみるよ!」
私がそう言うと、恵ちゃんはふっと表情を緩める。
「ふふ……ありがとな」
言って、頭を撫でてくる。
「ん~~……」
わしゃわしゃと軽く髪を掻くような感覚に身を任せる。
身長差があまりにも大きくて、自然とこういったスタンスになっていた。
同い年のはずなのにこの身長差というのは人というカテゴリの多様性を……いや、やっぱ背が高い方がいいかな……。
「……そういや塩浜に抱きつく事はせんのやな」
急に話題が切り替わる。
たまに恵ちゃんの胸元に飛び込むけれども、小柄なのにかなりグラマラスな佳苗ちゃんという事で同じ空気を感じ取ったらしい。
「え、だってほぼ初対面でやったら変人じゃん」
「初対面やなくても変人やと思うんやけどな」
世知辛い一言が返ってきた。
「私としては親睦を深めた証で、さらに深めるためなんだけどなぁ」
「どっちかというと興味本位やろ?」
「はい」
素直に白状すると、ジト目が返ってきた。
いや、だって自分に無いから確かめたいじゃん? そこに桃源郷があるなら分け入ってみたいものじゃん……?
「で、でも、いきなりやらかして引かれないようにボーダーラインは探るし、センシティブな行動は控えるよ?」
「あたしには?」
「隙あらば」
即答した瞬間には正面に恵ちゃんの掌が見えて、顔面を軽く鷲掴みにされる。
「あーっ! お客様困ります! お客様!」
慌てて両手をじたばたさせて抗う。
「相変わらずやなぁ」
そのまま解放されると、苦笑いしているのが見える。
「……相変わらずやけど、よろしくな」
「うん、こちらこそ!」
それは、取り留めもない会話を続けながら、長くなる影を連れての帰り道。
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