第10話 天津うさぎは歩き出す。
★ ★ ★
芦花公園を出ると、ボクサツ君達が待っていてくれた。路肩に、千夏さんの自動車も停車している。
自動車の前では、
「ですから、ボクサツ君は私が送りますから。汚らわしいインチキ霊能力者は、一人で帰ってもらって結構ですよ」
「はあ? 変態がどの面下げて汚らわしいとか言ってるの? 大体、千夏さんは牙王を警察署に連れて行かなきゃならないでしょう。いい加減、真面目に仕事したら?」
「これだから、おむつが取れたばかりの小娘は。いいですか? 私はこれでもエリートなんですよ。こういうのは所轄の警察官に任せておくものなんですよ。そんな事も分からないなんて、無知は罪ですね」
「無知ですみませんねえ。私、まだ十代だしい。何処かのおばさんみたいに年の功が身に付いていないから」
杏ちゃんの挑発に、千夏さんがピタリと動きを止める。
「おい、小娘。今なんて言いました?」
「え? 聞こえなかった? お、ば、さ、ん」
「なんですってえ!」
千夏さんはキッと目を釣り上げて、杏ちゃんに掴みかかる。杏ちゃんも鼻息を荒く迎え撃つ。二人はがっしりと手を掴み合い、力比べみたいな形となる。
ボクサツ君は呆れ顔で見ていたが、頃合いを見て二人の襟首を掴み、引き離す。
「毎度の事だけど、二人ともよく飽きないね」
「ボクサツ君はずるいですよ。私が一人で寂しく震えている間に、こんな小娘を呼び出すなんて」
と、千夏さんはわざとらしく涙を滲ませて、ボクサツ君の胸をポコリと叩く。
「それよりも、千夏さんは今まで何処で何をしていたのかな?」
ボクサツ君は、冷めた眼差しを千夏さんに向ける。千夏さんはじわりと目を逸らし、気まずさを滲ませる。ボクサツ君は周り込み、めちゃくちゃ千夏さんを睨みつけた。
「はっ。本官の仕事は、足手まといにならない事でありますう!」
千夏さんは、ビシッと敬礼を決めて言い放つ。もう、誰も何も言わなかった。
結局、千夏さんは牙王を逮捕して警察署へと連行していった。
私と葉と清道君は、杏ちゃんが軽自動車で家へと送り届けてくれる事になった。ちなみに、杏ちゃんはタレント活動をする一方、定時制高校に通う学生でもある。年齢は、一九歳なのだそうだ。付け加えると、定時制高校は四年制なので、彼女は留年をしたわけではないらしい。
私は別れ際、ボクサツ君と可憐ちゃんにお礼を言った。二人が住むアパートは芦花公園のすぐ傍だというので、ここで別れることになったのだ。
「あの、報酬についてなんですけど」
「えっと、なんの話だっけ」
ボクサツ君は惚けて言った。
「言ったでしょう。何か報酬を要求するって。その、どれぐらい払えば……」
「そんなこと、言ったかな?」
「言いました! それに、そうやって格好をつけて、惚けて何もなかった事にしようなんて、ずるいです」
私が言うと、ボクサツ君は可憐ちゃんと顔を見合わせて、暫し、黙り込む。
「じゃあさ、これからも可憐ちゃんと仲良くしてあげてくれるかな? この娘、友達が少なくてね」
ボクサツ君が言うと、可憐ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「お友達に……なってくれる?」
可憐ちゃんが、もじもじしながら言う。
「うん。こっちからお願いしたいぐらい!」
こうして、私と可憐ちゃんは友達になった。再会の約束をし、指切りも交わす。
挨拶を終えると、ボクサツ君と可憐ちゃんは手を繋いで歩き出した。
「そういえば……ずっと気になっていたんだけど」
私は、二人の背に声をかける。
「何?」
ボクサツ君は肩越しに振り返る。
「二人って、どういう関係なの?」
私が訪ねると、ボクサツ君と可憐ちゃんは顔を見合せた後、
「恋人、なの」
「親子、かな」
と、同時に答え、笑い合った。
★ ★ ★
あれから、一週間が経過した。
私は、学校で虐められなくなった。弟も学校に復学し、放課後は早苗ちゃんがつきっきりで勉強を教えに来てくれている。お陰で、葉があまり構ってくれなくなった。私としては結構寂しい思いをしている。
有子は、週末にアイスクリーム屋さんでアルバイトを始めた。
学校で再会した時、有子は私の前髪に小さな髪留めを付けてくれた。兎のマスコットが付いた可愛い髪留めだった。少し子供っぽいので恥ずかしかったりもするが、今では、それは私のトレードマークだ。
千夏さんと杏ちゃんには、あれから一度も会っていない。だが、杏ちゃんの事は、相変わらずテレビでよくみかけた。彼女は最近、とあるバラエティ番組に出演していた。
「インチキ霊能力者なんじゃないの?」
なんて
千夏さんに関しても、最近、動画投稿サイトで見かけた。
その動画は、コンビニの防犯カメラ映像だった。
◇
夜に、四つん這いの変態が店内に入って来て、カウンターから顔を出す。
変態は「にゃあ、にゃあ」と、猫語で一生懸命に意図を伝える。どうやら煙草を買おうとしているらしい。手も、猫のように丸めている。仕草も猫のそれだ。
二六歳の警察官がやっているのだ!
「日本語で言って貰えますかあ?」
女性店員は半ギレだった。
◇
思えば、一番災難だったのは牙王さんだ。だが実は、牙王さんはレスラーを引退した後、違法薬物の売人をしていたらしい。千夏さんに逮捕された事がきっかけで、彼の自宅に家宅捜索が入り、大量の違法薬物が見つかったのだ。そう考えると、彼も、捕まるべくして捕まったのだろう。
そして、私と清道君は、ちょっと親密になった。今日も一緒に帰る約束をしているのだ。
★ ★ ★
チャイムがなり、一日の授業の終了を告げる。私は、清道君と共に、可憐ちゃんの中学校へと向かった。
私達が大日本中学校に着いた時、丁度、校門から可憐ちゃんが出て来た。
可憐ちゃんは相変わらず独り言を言いながら歩いている。彼女は私達に気が付くと、誰も居ない路上に手を振り、私の許へと駆けて来た。
「可愛いお友達だね」
清道君が言う。
そういえば、清道君も霊能力者だった。二人にはどんな物が見えているのだろう。
「えへへ。あの子、ななみちんっていうんだよ」
可憐ちゃんは嬉しそうに言って、私に頭をぐっと寄せて良い子良い子を強請る。私は要望に応え、可憐ちゃんの頭を撫でる。
そうして、私達は並んで歩き出す。この日は空が高くて、雲ひとつない最高の天気だった。
「ねえ、うさちん。今日も遊びに来てくれるよね?」
可憐ちゃんが可愛らしくお伺いを立てる。
「うん。今日は可憐ちゃんに英語を教えてあげるね」
「ええ? お勉強するの? ゲームしようよ。せっかくお友達になったんだよ」
可憐ちゃんは口を尖らせる。
「お勉強が終わったらね。ボクサツ君からも頼まれてるのよ。可憐ちゃんって、英語が苦手なんでしょう?」
「う、そうだけど。じゃあ、勉強が終わったら、ゲームね。約束だよ!」
「はいはい」
約束を交わすと、可憐ちゃんは満面の笑みを浮かべた。瞳が夕日に煌めいて、とても可憐だった。
「ところで、うさちんとザコイ軍曹は、お友達なの?」
と、可憐ちゃんが含みのある微笑を浮かべる。私と清道君は、顔を見合わせて、思わず顔を赤くする。
「え? う、うん。友達、かな」
私は、少し焦りながら答えた。
とはいえ、可憐ちゃんに隠し事は出来ない。彼女は、私の心が読めるのだから。
「ふうん、まあいいや。家まで競争だよ!」
出し抜けに、可憐ちゃんが走り出す。私と清道君も、風を切って駆け出した。
友達というのは、今は、という意味である。もう少し髪が伸びたら、勇気を出して清道君に想いを伝えようと心に決めていた。我ながら大きな変化だと思う。その時のことを考えると、怖くて逃げ出したい気持ちになる。
けど、私は約束したのだ。
私は生きる。生きるのだ。
シーズン1 おしまい。
可憐な可憐に殴られる! 真田宗治 @bokusatukun
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