第4話 幸せを祈るだけ
一穂が会ったという青木は、間違いなく、青木丈だった。
「興信所で調べさせたんだって、俺の居所」
何のために、と北斗はいぶかる。実の父親は自分だ、と名乗るつもりだったのか。
「確かに似てたよ。俺が四十台になったら、あんな感じかなって思った」
マンションの前で待っていて、名乗り、カフェで話をしたという。
ただ会ってみたかった、と丈は言ったらしい。今更、自分の籍に入れ、養子になれ、なんて話かと、ひやひやした北斗は、一応、安心した。
「お母さんは、去年、亡くなったんだって」
丈の母、つまり一穂の祖母のことも、丈は一穂に伝えた。
「子供の頃、会ったことあるって聞いたけど。覚えてないなあ」
一穂が六歳、正月の駅前交差点で、確かに青木母子と遭遇遇している。
「一穂は、元気に挨拶したけどな」
昨日のように覚えている。翌日、呼びだされ、一穂の話題が出たときは、生きた心地がしなかった。
結局、丈たち夫婦に、子供はできなかったのだろうか。
「杏里の花嫁姿を見たら、その日のうちに死ぬつもりだった」
唐突な父の告白に、驚き顔の一穂。
「杏里は、丈と結婚する、と信じてた。長い付き合いで、婚約もしたしね。俺の出番は、永遠にないと」
「でも、ママはパパを選んだ」
「丈が、婚約破棄したからだ」
一穂の出生について、本人に話した時。詳しい事情は伝えていない、言えるはずがない、結婚の一か月前に関係して、おまえが出来た、なんて。丈が別の女性と結婚を決めたあとで、妊娠に気づいた、という言い方をした。
ママが安心して産めるように、ずっとママを好きだった俺はプロポーズしたんだ、と北斗は言った。それは嘘ではない。
「ママ、ウェディングドレスは着なかったんだよね」
父が、母の花嫁姿を見たら死ぬつもりだった、という言葉が気になったのか。
「そうだね」
とだけ、北斗は答えた。
結婚写真は、ない。お互い、そんな気分ではなかった。撮る、撮らないという話も出なかったように記憶している。暗黙の了解、だったのだ。
杏里は妊娠中、北斗は仮の夫。
一穂が生まれてから、三人で写真を撮った。
以後、毎年一度、家族写真を撮るように。歩夢が生まれて四人になり、梨央の誕生で、五人になった。毎年、増えていく写真が、北斗の宝ものだ。
杏里はなぜ、自分を選んでくれたのか。
中絶同意書にサインしたら、そこで杏里との縁は切れた。杏里は別の男と結ばれていただろう。
一穂も、歩夢も、梨央も、存在しなかった。
「俺も歩夢も生まれていなかったなんて。そんなの、考えられない」
と、一穂が言うのももっともだ。
北斗は、話題を変えた。前から、訊いておきたかった事。
「一穂。もし、二人が別れることになったとして。元の、ただの兄弟に戻れるか」
「わかんないよ。そんなこと」
一穂は、戸惑っているようだ。
先のことを言いすぎた、と北斗は気づく。
「でも、俺たちは、どこまでいっても血のつながった兄弟だろ」
一年余が過ぎた。歩夢は、どうにか都内の大学に合格した。
春、北斗は、歩夢の荷物を載せて、都内に車を走らせた。助手席には、歩夢が神妙な顔つきで座っている。今日から、やっと一穂と暮らせる。嬉しさを隠しきれないが、父の前で、はしゃぐわけにいかないのだ。
一穂は、前のワンルームを引き払い、二人暮らし用の部屋を見つけていた。
ワンLD、新居、というか愛の巣。
居室にはセミダブルベッド。LDにソファベッドを置き、表向きは、歩夢が、そこで寝る、ということになっている。現実には、ソファベッドがベッドとして使われることは、ほとんどないのだろう。
「けんかしたら、歩夢はソファベッドで寝ろ」
けんかなんて、しないもん」
同棲を許されて、べたべたムードのふたりに、どう向き合っていいのか、北斗は戸惑う。
できれば、ただの兄弟に戻ってほしい。異父兄弟のふたりは、幼いころから本当に仲がよかった。歩夢の誕生を、一穂は心待ちにしていた。生まれたばかりの弟のそばで幸せそうに微笑む姿を、北斗は、はっきり覚えている。
どうして、こんなことに。
同じ繰り言が、また胸を支配する。
これ以上、肉体関係を深めてほしくない。
だが、そうはいかないだろう。自制、は若い、若すぎる彼らには酷だ。
親の目が届かなくなり、自由な生活に突入、それは今日からなのだ。父である自分は、黙認してしまった。
どういう親だ、とののしられるだろう、もし、事実が表面化したら。
だが、他に、道はあったのか。
歩夢は言った、もし、一穂があのまま、あの女性とつきあってたら。僕はきっと、不良になったよ、と。
こんな家族は奇跡だ、と、由衣は言う。
確かに、表向きは、非の打ちどころのない家庭。
北斗は、小さいながらも堅実な企業に勤め、杏里は、英会話教室の講師。義両親も、健康だ。
子供たちも、明るく元気で学業も、歩夢は並みだが、一穂と梨央は、優秀で。
そんな一家だが、北斗たちの結婚からして、秘密だらけだ。
「歩夢を頼む」
そんな言い方しか、できない。
「任せて。全力で、守るよ」
いつかも、一穂は口にした、歩夢は俺が守ると。
丈の息子だから。自分を
「歩夢。外ばっか見てないで、手伝え」
たまりかねたように、一穂が言った。
ここは十一階だ。さっきから歩夢は、ベランダで周囲を見回して悦に入っている。
「はあい」
ようやく、歩夢が、室内に戻ってきた。
子は、親を選んで生まれることはできない。親もまた、子を選べない。天からの授かりものとして、謹んで受け取るだけだ。
祝福はできない。黙認、見て見ぬ振りが、精いっぱい。
それでも祈ろう、ふたりのの幸せを。
嬉々として引っ越し荷物を解いている一穂と歩夢を、北斗は黙って見つめていた。
<了>
【あとがき】
またこんな話書いて!
なんですが、兄弟の恋の話はあっても、親バレ、という展開は、他にあるかもしれないけど、自分で書いてみたくなったのです。親がまた、北斗だから、過去に色々と。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
秘密が多すぎる~兄弟で恋人同士、の何がいけないの、わかるように説明してよ チェシャ猫亭 @bianco3
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