第3話 奇跡の家族
三連休、最後の朝。
北斗は、どうにか気持ちを立て直し、ベッドから起き上がった。隣のベッドでは、杏里が健やかな寝息をたてている。
リビングに行くと、いい香りが漂っていた。一穂と歩夢が、そろってコーヒーを飲んでいる。休日の朝は、いつも遅くまで寝ているのに。
ゆうべ、眠れなかったのかな。おそらく、昨夜も一穂のベッドで、と思うと、また憂鬱になる。
「おはよう」
北斗の声に、一穂が笑顔で、
「おはよう。パパも飲む?」
「うん」
一穂が、北斗にコーヒーを差し出した。
歩夢は元気がない。卒業後、一穂と暮らす件にストップをかけられたためか。
「昨日、言った事だけど。一穂と東京で暮らすのは、許可するよ」
北斗が歩夢に言うと、パッと顔を輝かせ、
「ほんと?」
「ああ」
「パパ、ありがとう!」
一穂も、嬉しそうだ。
北斗は、リビングのドアを振り返った。杏里が起きてきていないか、思わず確認。
「家でべたべたするな、キスもダメだ。絶対に、ママにばれないようにしろよ」
「うん」
「わかった」
いきなり、歩夢が、あくびをした。安心したら、眠くなったらしい。
「もう一遍、寝てこいよ」
一穂が、目を細めて歩夢に言う。歩夢は、素直に頷いて、二階に向かった。
「許したわけじゃないからな」
北斗は、釘を刺すように言った。
「わかってる。ママの前では、気を付けるよ」
神妙な顔の一穂。
「ママだけじゃなく、近所の目もあるし。油断するな、どこにいても」
宮嶋さんの息子さんたち、仲がいいのねえ、では済まななくなる、と北斗は続けた。
「はいはい」
一穂も、ほっとしたようだ。
午後、一穂は、東京の部屋に戻っていった。歩夢が、駅まで送る、と一緒に家を出た。
「お子ちゃまだね、歩夢。一穂は、クリスマスには、また戻ってくるじゃん」
妹の梨央に笑われても、歩夢は、黙っていた。いつもなら、言い返すところだが、今日は、北斗にバレた後だから、なのだろう。
「じゃあね、一穂」
梨央は、兄たちを呼び捨てだ。杏里に次ぐ、宮嶋家の女王様、といったところか。
一穂が高校生になった時、北斗と杏里は,、出生の事情を伝えた。なんとなく、感づいていららしかった。あまりにも北斗と似ていないから。
「歩夢には、僕から話すよ。高校生になった時、でいいかな」
冷静なものだった。血液型は、北斗も、一穂の実父、丈もO型。周囲からも不審を抱かれるはずはなかったが。
同じころ、北斗は、妹の由衣にも、一穂のことを打ち明けた。やはり、由衣も気づいていた。
丈を高校時代から知っているのだ。甥が、丈と、そっくりの顔立ち、義姉と婚約していたことも知っている。察しがついたはずだ。
失意の杏里を慰めているうちに、という線もないではないけれど、いきなりできちゃった婚、はウソくさい。
由衣は、先日も遊びに来て、
「ほんとハッピーファミリーだよね、お兄ちゃんのとこは」
しみじみ言ったものだ。
「どの家庭も問題を抱えていてさ。こんなのは奇跡だよ」
都立高校で数学を教えている由衣。もう二十年、教師をしているから、ずいぶん色々な事情の家庭を見てきたのだろう。
「何もかも、杏里のお陰だよ」
北斗は、心の底から、杏里に感謝している。
名ばかりではあっても、夫として、自分を迎えてくれたこと。一生、触れることはできないと思っていたのに、本当の妻にして、と、自分を受け入れてくれた。歩夢と梨央も授かった。
「名前で呼びあっちゃって、お熱いよね、二十年もたつのに」
帰国子女の杏里は、子供ができても、パパ。ママなんて呼び合うのは嫌だといった。欧米では、夫婦はファーストネームで呼び合うものだと。
子供まで、親を呼び捨てにするんじゃない、と疑問をぶつけると、最初はそうでも、周囲の子供たちにならって、ちゃんとパパ、ママ、と呼ぶようになる、と聞かされた。実際、そうなった。
北斗たちの母は、二年前から介護施設に入っている。八十台に近く、衰えが隠せない。それでも由衣は、まだ自宅から都内に通勤している。独身の由衣は、母が他界したら、マンション住まいに切り替えるようだ。
由衣には、ずいぶん世話になった。杏里と親しく、高校、大学と後輩だったこともあり、その縁で、北斗は杏里の近くにいられた。しかし、由衣も、北斗が杏里と結婚したことで、大好きな先輩が、義姉になったことがうれしいのだ。
由衣にも、息子たちの秘密は、知られたくない。一穂と歩夢が自重してくれれば、事なきを得るのだが。
許した、わけではない。
黙認、がせいぜいだ。
年も押し詰まった頃、一穂が帰宅した。歩夢の喜びようは、言うまでもない。北斗は、またまた複雑な心境になる。
その夜、一穂と酒を飲んでいると、突然、
「そうそう。こないだ、青木って人と会ったよ」
一穂の言葉に、北斗は仰天した。
実の父親と、会ったというのか。
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