第2話 このへんが限界だ
美しい妻、元気で可愛い子供たち。
長男の一穂は二十歳。東京で一人暮らしの大学生。次男の歩夢は十七歳の高校二年。長女の梨央は十四歳、中二で、歩夢以外は成績もトップクラス、杏里に似て、三人とも整った顔立ち。
特に一穂は、実の父親似の長身、恵まれた体躯で、もてまくっているらしい。
こんな家族に囲まれた北斗は、まだ長く、都合のいい夢を見ているような気がしていた。
家族を「自分に従う集団」として扱い、暴君だった父。その父に強制されて、S高受験をした自分。
奇跡的に合格したおかげで、杏里と出会えたのだから。亡き父に、感謝すべきなのか。
丈にっくりな一穂。自分の面影がある歩夢。少女時代の杏里そのままの梨央。
彼らを見ていると、ただ杏里の姿を追い、自分の出る幕はないと知りながら、それでも、ふたりのそばにいられて幸せだった。あの高校時代を思い出す。
この平穏な生活が、続いていくものと思い込んでいた、そこへ、息子たちの秘密が。
渓流のそばでランチした後、北斗は気分が悪くなり、三人は、早々に帰宅した。杏里と梨央が出かけていたことに安堵する。
車内で休んで、少し気も晴れて、北斗は口を開いた。
「さっきの話の続きだけど」
「歩夢。おまえ、高校を出たら、家から大学に通え」
歩夢も一穂も、いやそうな顔をした。歩夢の卒業後は、都内で、ふたり暮らしをすることに、話がきまっていたのだ。
「やだよ」
歩夢が不満げに言うと、一穂も、
「俺たちを、引き離そうってか」
皮肉な笑いを浮かべる。
「僕、大学なんか行かない。働いて、お兄ちゃんと暮らす」
「俺も、仕送りはいらない。歩夢と同居する」
どちらも決意は固い、一緒にいたくて、たまらないのだ。道理で、一穂が、頻繁に帰ってくるわけだ。
北斗は、またため息をつきそうになる。
「確かに、ほめられるようなことは、していない。でも、兄弟でこうなって、何がいけないの」
「居直りか」
今の言葉は、そうとしか思えない。北斗は、悲しい目で、一穂を見た。
「世間が、許さない」
「世間なんて。黙ってりゃ、済むことだ」
「じゃあ、ママに知られたら?」
さすがに、一穂も歩夢も、暗い顔になる。
事実が明るみになったとき、いちばん傷つくのは、杏里だ。お腹を痛めた息子たちが!
「絶対に、ママにはばれないようにしろ」
ひた隠しにするしかない。
もしばれたら、と言いかけて、北斗は口を閉じだ。
おまえを殺す、そう言いそうになったのだ。
殺して、どうなる。杏里や残された家族を、さらに悲しませ、不幸にするだけ。
自分にとって、一穂は、赤の他人。誕生したときは、無上の喜びを感じ、子育ても精いっぱいサポートし、杏里の子は俺の子だ、と思えた北斗だったが。
ぐすっと、鼻をすする音がした。
歩夢が、涙声で、
「やっぱり、僕が悪いんだね。あの時、泣きわめいたりして」
確かに、一穂が女性を連れてきたとき。歩夢が、気持ちを抑えられていたら。互いに思いあっていた、その気持ちを、どちらも知らずに終わっただろうか。ただの仲良し兄弟として。
「ただいま」
杏里たちが帰ってきた。
「あら、早かったのね」
男三人がリビングにいるのを見て、意外そうな声だ。
「ぜんぜん釣れなかった。チビのはリリースして、おしまい」
準備していたような一穂の言葉。
「あら残念、夕食のおかずを期待してたのに」
「今夜は、ステーキだよ」
杏里も梨央も、全く当てにしてなかったのが、見え見えだ。
「北斗。顔色、悪い」
杏里が、眉をひそめる。
「ああ。ちょっと風邪気味かも」
「早めに寝たほうがいいわね」
「うん」
「三連休でよかった。明日もゆっくり休養できるものね」
北斗は、ほっとして寝室に行った。ベッドに入り、横になり、あれこれ考える。
どうすればいいんだ。
早朝、目撃してしまった、息子たちのキスシーン。
ノックはしたのだ。もっと、しつこく、応答があるまでドアを叩いていたら、こんな気持ちには。
ならないで済んだ、と思いつつ、先ほどの一穂とのやり取りを思い返す。
「男女のきょうだいなら、確かにまずいと思う。でも、俺たち、男だよ」
「ゲイならゲイで、いいんだ。パートナーを見つけて、幸せになってくれ、と言える」
多分、その程度にことは言える、と北斗は思った。
「でも、兄弟で。なんで、よりによって実の兄弟で、そうなるんだ」
「好きになっちゃったから」
平然とした声の、一穂。
「パパは? どうしてママがいいの」
「一目ぼれなんだ。理由なんか、ないよ」
「俺たちだって。いつの間にか、そういう気持ちになった、それだけだよ」
世間では、こういう関係は、ないことにされている。
そうとしか、北斗には思えない。
血のつながった兄妹の恋が、映画になったりはするが、大きく報じられることはない。タブーなのだ。
許す、とは言えない。
この辺が自分の限界だ。
おぞましい関係、と人は言うだろう。
北斗自身、一穂の実父と、そういう関係だった。彼と触れることで、杏里と間接キス、間接的に愛しあっている、などと幻想を抱いて。現実には絶対に触れることのできない杏里だったから。丈に求められるままに、実験台になったのだった。
「心配するな。おまえは、俺が守る」
一穂が、涙目の歩夢に、そう言った。
ふと羨ましくなるような、やさしい言葉だった。単に、兄が弟にかけた言葉だったのであれば。
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