秘密が多すぎる~兄弟で恋人同士、の何がいけないの、わかるように説明してよ
チェシャ猫亭
第1話 醒めない悪夢
「おい、そろそろ行くぞ」
もちろん、そうではなくて、ぱっと体を離したのは、長男の
思わず一歩、後ずさる。
な、何を見たんだ、俺は。
「歩夢、行こう」
顔面蒼白の歩夢に対し、一穂は冷静なものだ。
父にも声をかけた。
「パパ。階段に気を付けて」
言われなければ、足を踏み外していたかもしれない。それほどにショックは大きい。
兄弟で、キス。どういうことだ。しっかりと抱きしめあって、まるで恋人同士。
実の兄弟が、恋愛関係?
一穂は大学生だが、歩夢は、また十七。高校生だぞ。
やっとのことで階下に降りると、せっかく作ったランチも持たずに出ていこうとする北斗。
「パパ、荷物、忘れないでよ。運転は、俺がするから」
妻の杏里と、娘の梨央は、まだ寝ている。秋の日曜の早朝七時、宮嶋家の男性陣は、そろって渓流釣りに行く予定だった。
今日の釣りは、やめよう。
寝込んでしまいたい。しかし、妻と顔を合わせるのも。顔色悪いよ、どうしたの、と聞かれて。息子たちが、なんて言えない。
後部座席で、北斗は放心状態だった。
運転席では、一穂がハンドルさばきも軽やかに、隣では歩夢が、不安なのだろう、兄にぴったりと体をくっつけている。
一時間ほど走って、予定の渓流釣りのスポットに到着。
が、釣りする気分など、とっくに吹っ飛んでいる北斗。
しばらく車内で頭を抱えていたが、川べりでは兄弟が、べったりくっついて釣り、はしていない。一穂が、歩夢の肩を抱き、何か話しかけている。
これじゃいかん!
気力を振り絞り、北斗は二人の間に、割って入った。
「どういうことだ」
一穂の顔を見ずに問う。
「見たとおり。キスするような仲です、俺たち」
肝っ玉が据わっているのか、居直りなのか。一穂は淡々と話す。
「いつから、なんだ」
「去年。ゴールデンウィークに、俺が彼女つれてきたでしょ」
それは北斗も覚えている。
その時、歩夢が機嫌を悪くして、二階に引っ込んでしまった。どうも泣いているらしい。
気兼ねして、帰るという彼女を一穂が送って、帰ってくると、家じゅうに響く声で、歩夢が泣きわめいていた。
「歩夢、入るぞ」
部屋のドアを開けると、
「出てけ!」
ウルトラマンの目覚まし時計が飛んできた。あわててキャッチし、歩夢が布団をかぶって泣いているの確認。
「大嫌いだ!」
と言われて、一穂は、はっとした。
まさか、弟も同じ気持ちなのか。
布団をひっぺがし、顔じゅう涙、といった感じの歩夢を抱きしめた。
「彼女は帰ったよ。もう二度と会わない、泣くな」
ビクッと肩をふるわせる歩夢。
「本当」
「ああ。俺が好きなのは、歩夢だけだよ」
二人は固く抱き合い、熱く見つめあう。
「で。キスしちゃったんだよね」
アッハッハ、と笑う一穂が、北斗は信じられない。
要するに、一穂と歩夢は、お互いに思いあっていた。それは実の兄弟の、家族愛の域を、はるかに超えていた。互いに、こんなことではいけない、と自重していたが、兄が彼女を連れてきたことで、歩夢は感情が爆発してしまった。
北斗は、ほんの少し、安心した。
一穂が、一方的に歩夢に迫ったのではないかと、ひそがに疑っていた。
ふたりは異父兄弟。一穂と北斗に、血縁はない。そして一穂の父親は。
俺をキスの実験台にした、だけでなく、体まで、いいように扱い、婚約者だった杏里を、捨てた。そんな男の息子だから、と、決めつけがあったのは否めない。
両想い、だったのか。
「やっと歩夢が泣き止んで、いっぱいキスしちゃった」
元気を取り戻した歩夢は、リビングに降りてきて、普段以上の食欲で、夕食を平らげた。
「あの晩、歩夢がパジャマ姿で、枕抱きしめて、俺の部屋に来た、眠れないって」
明日はお兄ちゃん、東京に帰っちゃうから、と、枕持参でやってきたという。
「それで」
やってしまったのか、とは聞けなかった。
「まあ、ちょっと手で、ね」
にやける一穂。
その答えに、ほっと、ほっとして、いいのか。
自問自答する、北斗だった。
ランチタイム。
昨夜、杏里が下味をつけておいた鶏肉を、北斗が揚げた、唐揚げ。卵焼き、おにぎり、スティック野菜は、すべて北斗が。
「うまい、味付けはママだよね」
「ああ」
平気で平らげる、一穂。北斗は、唐揚げを口にしたが、全く味がわからない。歩夢も、食欲がないようだ。
「パパ。さっきから、ため息ばっかついてるよ。年とるよ、やめなよ」
「僕が、悪いの」
泣きそうな顔の、歩夢。その髪を、くしゃっとやって、一穂は笑顔で、
「おまえは悪くない。心配するな」
「うん」
「唐揚げも、卵焼きもうまいよ。うんと食え」
「うん」
ようやく笑顔を見せ、ランチに手をつける歩夢。
仲がよくていいね、などと言える状況ではない。
不快な夢を見ていて、どうせ夢だから、そのうち眼を醒ます、と、高をくくる事があるが、これは現実だ、醒めない悪夢なのだ。
父親として、どう対処すればいいのか。
本当に、熱が出そうだ。
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