006.rip  恋愛しまSHOW!!


 これは『AIの思考実験』である。



 人工知能、つまりAI学習に必要なのは試行回数だ。何度も繰り返し実験を行い、様々な結果を学習して最適なパターンを見つけ出す。

 しかし、最適化された結果が一番良いとは限らない。


 トロッコ問題という思考実験がある。線路上を暴走したトロッコが走っており、線路は二股に分かれている。その先には身動きの取れない五人がいる路線と身動きの取れない一人がいる路線がある。あなたは切り替えスイッチを押してどちらかを助けることが出来る。一人を犠牲にして五人を助けるか。さぁ、どうするという倫理的ジレンマを問う思考実験だ。

 多くの人が「一人を犠牲にして五人を助ける」と答えたのでAI的にはそれが最適化された答えである。これが正解であるとするならば、多少の犠牲はやむを得ないという考え方が正義となる。例えばその一人が母親だったり、恋人だったり、息子だったり――それでも迷わずに少数より多数を助けるべきという思考を持つとしたら、それはおそらく歓迎されないだろう。人間の考えとはかけ離れている。


 つまりAIが自身の学習結果によってのみ導き出した結果にはがない。そしてあまりに人間味が感じられないと、我々人間は不気味に感じられてしまう。

 有り体に言うとのだ。言葉をしゃべる人形と変わらない。


 だから最適化されたパターンに少しだけ個人の趣向サンプルを混ぜたのである。

 わざとノイズを足したのだ。多く入れすぎるとかえってノイズがかき消されてしまうため、一人、ないし二人分の個人的嗜好が反映されている。



 さて、そんなAIは果たして何に興味を抱き、何を好きになるのか。

 そして好きになったものに対してどう動くのか。

 どんな反応を示すのか。



「――題して『AIライバーはVライバーに恋をするのか』実験と名付けよう!」

 自信満々に男性が言う。

「なんですかそのダサい実験名はー」

 隣で女性が気だるそうな声で突っ込む。


 二人の関係性は博士と助手のような立ち位置で会話しているが、見た目だけなら神姫ロウと同じような学生にも見える。

「あの……お二人は科学者か何か。もしかして、恋人同士でしょうか」

「違います。ただの学生です。先輩と後輩です」

 女性が即座に否定する。



「最初に貴女が選ばれたのは偶然かもしれない。だけど、そこから貴女のために取った行動は機械的な判断じゃない。風王ふおうクロアが自分で判断して起こした行動だ。それはただのAIではない――まさしく『恋するAI』だ!」

 ぐっと拳を握り力説する男性。


「……あの。風王クロアは、どうなったんですか」

 神姫しんきロウの問い掛けに、助手役の女性が答える。


「それが不思議なんです。まるで役割を終えたかのように、自ら電源を落としたんです。何度立ち上げようとしても上手くいかず、故障かと思ったらデータは全く無傷のまま残されていました。録画データをリッピングして解析を進めたところ、貴女との会話が最後に記録されていました」

「そう、だったんですか……」


「もう一度、会いたいですか?」

「え?」

「データ自体は残っています。それをプログラムに組み込めば、貴女との会話直後の風王クロアを再現することは可能です」

 その申し出に、彼女は首を横に振る。


「いえ……それは、結構です」

「?」

「いや、君には人の心がないのか。再現したところでそれは『風王クロアのような何か』でしか無いのだよ。彼女はAIに会いたいんじゃない。『風王クロア』に逢いたいんだよ」

「はぁ」

「君の方がよっぽどAIみたいだな……」

 得心のいかないような返事をする彼女を見て、男性はため息をつく。



「――貴女がこれからVライバーを続けるかどうか。それは我々の口出しすることではないけれど、一つだけ」

「はい」

「貴女は。それは、誇るべき事象だ。威風堂々、胸を張りなさい」

「……はい!」


「風王クロアよ、安らかに眠れ」


 ――神姫ロウとの通話が終了する。



「――なんですか、って。非科学的にも程があります」

「ハッハッハ、そうは言うがな。科学の発展に恋は重要なファクターだぞ」

 空き教室のような空間の一角、パソコンの前で会話を続ける。


「そもそも考えても見給え。過去や未来に飛ぶ時間跳躍タイムリープだって大体恋愛がらみだろう。タイムマシンの発明だって、恋人を救いたいとか愛する息子を救うためとか、恋や愛の要素を多分に含んでいる」

「ええぇ……」

「いやあ、アインシュタインもびっくりの超理論だよ。時を超えるのに必要な要素は愛である。いや、そもそもタイムマシンの原動力はなのだよ!」

 声高らかに宣言する男性を心底冷ややかな目で見つめていた。

 その視線に気付いているのかいないのか、彼は満足そうに笑っていた。


「ていうかタイムマシンがそもそもありえないですって」

「あ、そっちに話もっていっちゃう?」



「しかしだ、君も見ただろう。これはまさしく恋するAIそのものだ」

「それは……信じがたいことですが、否定できません」


「AIは恋をして一気に変わった。まるで人間のように振る舞ってみせた。これは科学と恋が混ざり合う特異点かもしれないのだよ。これを用いればタイムマシンの発明だって夢じゃない」

「最終的に行き着くのはそこなんですね」




「――ところで、一つ聞いても良いかな」

「偶然ですね。こちらも聞きたいことがあります」


 二人は声を揃えて問いただす。



「「あのVライバー風王クロア神姫ロウボクに似てなかったかませんでしたか」」



 もしかすると彼らはマイムマシンを作るかもしれないが、それはまた別のお話。



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Vライバーになるためにイチから頑張ったお話 いずも @tizumo

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