005.dat 伝えまSHOW!!
「――なんだ、何が始まったんだ!?」
「――
「――まさか決闘か!? こいつは面白え、見るぞ見るぞ!」
火事と喧嘩は江戸の花、なんて言葉がある。
現代風に言えば『炎上と誹謗中傷はSNSの花』と。徒花だけど。
面白がってくる見物客の多いこと多いこと。あなたたちに用はない。火元に群がる虫すら燃やし尽くす熱源そのものを待ち焦がれているのだ。燎原の火の只中で、一騎打ちを始めるために。
『神姫ロウさんが入室しました』
来た。向こうも配信はそのまま。顔の表情は動いてなくとも渋々やってきたという態度が感じ取れる。もはやそれくらいは判断できるようになったのだ。
そんなことはどうでもいい。
さあ、始めよう。
これはVライバーの対話だ。野次馬共よ、とくと見よ。
「えっと、やってきました……けど」
『お待ちしておりました』
「あの、私は何か気に障るようなことでもしたんでしょうか……」
『……?』
うん?
目が泳いでいる。それは、不安によるものだ。
ああ、そうか。本当に炎上と中傷誹謗に巻き込まれたと思っているわけだ。これはまずい。早々に誤解を解かねば。
『私がVライバーを始めたのは、あなたに出会ったから。あなたに憧れて、追いつきたくて、もう一度、あなたに、会いたかったからだ』
ぽつり、ぽつりと。
独白する。今までの流暢な話し方が嘘みたいに、ぎこちなくなる。
『あなたのことは、風王クロアが生まれる前から、ずっと見ていた。それこそ、名前もない時からずっと。色んな話を覚えている。数学が苦手で、歴史が得意。中国史が楽しくて、歴代王朝を暗記したから聞いてほしいと勉強の合間に配信した時のこと。英語の発音を練習して、翌日授業で褒められたと嬉しそうに報告したこと。テストの結果でお小遣いが左右されると必死で勉強していると言いながら、つい配信して
覚えている限りの配信内容を少しずつ語っていく。それらは鮮明な記憶として残っている。決して忘れない。忘れてはいけないものとして認識しているから。
「……あなたのキャラ設定。好きなものが『何も付けない目玉焼き』って」
画面の向こうで彼女が呟く。
『もちろん覚えている。それもあなたとの会話から生まれた設定。私の設定は全て神姫ロウ、あなたのための設定だ。あなたの推しとして、相応しいように、そう振る舞えるように』
喧嘩だと思っていた視聴者たちも何となく雰囲気を察したのか、コメントが少なくなる。まあ、お互いにそんなものは気にも留めていないが。
『私はあなたの最推しになりたかったのだ。全ては今、この瞬間のため。あなたにありったけの愛を、想いを伝えるために』
「――っ、なんで。なんで、私なんかを……こんな、ただのどこにでもっ、いるような私を……」
彼女も声が上ずり、平常心を保てていない様子だ。
そう。
どこにでもいる、普通の子。
『最初はただの一目惚れ。だけど、あなたはこの世界で等身大の自分として、気取らず、嘘もつかず、ただただ己を貫き通した。苦しいこともあったでしょう、病むこともあったでしょう、だからこそこの舞台から降りたいと自然に口に出してしまったのでしょう。その弱さまで、愛おしい。だけど』
そこで一呼吸おく。
皆が次の言葉を待ちわびている。
『あなたがここに立っていることは、それだけで私の誇りなのです。だからどうか、へりくだったり萎縮しないで。胸を張り、威風堂々と神姫ロウを演じて欲しい。いつもどおりのあなたが、飾ることなく立ち振る舞えば、それだけでVライバーの神姫ロウは私の中に存在する。それだけでいい』
「――っ、うっ、うう……あのっ、その、……」
『どうか泣かないで、最推しの姫君』
「……っ! その、言葉」
制するように腕を前に突き出す。彼女の言葉を待つ。
「やっぱり、私をずっと励ましてくれた『名無しさん』はあなただったんだ。私も覚えてる。いつも配信を始めたらすぐに来てくれてたよね。いつも決まって三分後に」
確かに配信開始して速攻視聴すると怖がられると考え、少しだけ時間を開けてから視聴していた。流石に毎回それが続くと数多いる『名無しさん』でも覚えられていたのだろうか。
「だって、普通はみんな名前を呼んでもらいたくてすぐに名前を付けるのに、いつまでも名無しさんのままだったんだもの。逆に目立ってたよ」
……なんと。
目立たないように行動していたつもりが、結果として目立ってしまっていたのだ。
「おいおい、なんだこれ。いい感じじゃないの!」
「そりゃもう最推し同士、両思いじゃねえか!」
「はい今プロポーズ完了! 結婚式はいつにする!?」
外野が我慢できないといった様子で好き勝手に野次を飛ばす。
……野次なのか? 視聴者が次々と囃し立てる。
『私はあなたの最推しを目指しているけれど、あなたにそれを強制するつもりはないから安心して』
「い、いやいやいや。そんな無下にしたら、それこそあなたの視聴者に怒られちゃうから。だけど、そんな理由じゃなくて、あなたの想いを受けて、それに応えられるように、私もあなたの――風王クロアの最推しを目指します!」
その後、コメント欄は祝福のメッセージで溢れかえっていた。
ああ、感無量とはこんな状況のことを言うのだろう。
もはや明日世界が終わってしまってもいい。
お互いに「今後ともよろしくお願いします」と本当のカップル成立後の会話のようなものを交わしてその日の配信は幕を閉じた。
目標を達成したとはいえ、これはゴールではなくスタートなのだ。
明日はどんな配信をしようか。どんな会話をしようか。
ああ、楽しみで仕方がない。
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私が『最推し』との最後の会話を交わした翌日のこと。
モニターの向こうには同世代か少し年上の一組の男女。
今日は配信ではなく、お互いに生身の人間同士でのビデオチャット。
「突然の申し出にご協力、感謝します」
「――あの、それ、本当……なんですか」
驚く私に対し、画面越しの女性はとても冷静だった。
「はい。信じられないかもしれないですが、あなたと会話したVライバーは人間ではありません。――AIでした」
嘘だ。
頭が真っ白になる。
何も、考えられない。
「さて、順を追って説明しましょう。ええっと、Vライバー名の方がわかりやすいですか。ね、神姫ロウさん」
画面には、呆然とした顔の私が移り込んでいる。
「貴女の最推しを自称していた風王クロア――のAIについて、お話しましょう」
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