004.dat 配信しまSHOW!!


 結果から言うと、初配信は上々の出来だった。

 他の配信を参考にデビュー時の配信時間の長さ、話すべき内容、視聴者リスナーが訪れた際の対応、そういった全てをきっちりマニュアル化して最適解の行動をとったつもりだ。

 最大で五人が同時に視聴してくれて、その全てがフォロワーになってくれた。


 もしかしたら、と淡い期待もあったが神姫しんきロウの姿はなかった。それは当然のことで、いちいち落ち込んでいる場合ではない。彼女に追いつくために、もっともっとVライバーとしての実力をつけなくては。


 それからも他のVライバーの配信があれば参加して自分を売り込み、また自分を応援してくれる相手のところにも積極的に訪れた。そんなことを繰り返しているうちに『相互フォロー』が随分と増えた。

 他人と時間帯が被らないように、かつ相手の活動時間内に配信してフォロワーのフォロワーを呼び込む。そうやって少しずつでも視聴者を増やしていくのだ。


 モーションキャプチャーを用いない、声も合成音声で正体不明のミステリアスなVライバーとして注目を浴びているらしい。喜ばしいことだが、その実ただ神姫ロウの後ろ姿を追いかけているに過ぎないのだ。



「神姫ロウ……? 知らなーい。ねぇ、それよりも私は? 私の方が相応しいわよ。お互いにとっての『最推し』にならない?」

 そんな提案をしてくれる相手も現れた。

 素晴らしい提案だ。それも悪くない、ただ――



『あなたにとっては私が最推しかもしれないが、私にとってはそうではない』



 ――そう述べると、罵詈雑言を残して去っていった。



「ハッハッ、そんなはっきりと断らなくても良かったのに」

 別の誰かがそう言った。


「でも俺、クロアちゃんのそういうはっきりしたところ、嫌いじゃないぜ。じゃあ俺が最推し候補に名乗りを上げちゃおうかな。ああ、もちろん俺のことは別に最推しじゃなくても構わないからさ~。女の友情なんて壊れやすいもんな~」

 どこかで見たことあるような……いや、それよりも。


「え? 性別を言った覚えはない? いやぁ、クロアちゃんどう考えたって女の子でしょ。好きなこととか読んでる雑誌とか話してる内容からして、女の子を隠しきれてないよ~」

 なるほど、これは盲点だった。

 神姫ロウに合わせようと情報収集して会話に盛り込んだ結果、自分自身が女性であるかのように振る舞ってしまっていたようだ。性別は関係ない、と決めつけてしまったがゆえに無頓着になりすぎていたのだ。


「よーし決めた。この忌魔きま愚連ぐれん風王ふおうクロアちゃんの最推しになることを誓います!」

 あ。

 そうだ。

 彼は以前、神姫ロウの配信で彼女を『最推し』と自称していたVライバーだ。


「ああ、彼女ね。あの子最近はちょっと微妙でさ~。そもそも配信頻度も落ちちゃってるし、ここいらで乗り換えようかなって。へへっ、心配しなくてもしばらくの間『最推し』はクロアちゃんに決まり~。このままVライバーの頂点目指してまっしぐらだねっ!」



 ――そうだ。


 自分の目的を見失うな。

 ちやほやされたいんじゃない。

 ましてや、有名になりたいわけでもない。

 風王クロアは、私は、神姫ロウの最推しになりたかったのだ。



 そもそもVライバーデビューしてから彼女の配信を一度も視聴していなかったことに気付く。いや、気付けなかったと言うべきか。彼女はここひと月、のだ。


 それからひたすら待った。

 もしかしたら彼女は戻ってこないかもしれない。そんな可能性も十分考えられる。出来ることと言えばSNSで配信が見たいと呼びかけるくらい。人づてに伝わっていけば、いつか彼女自身に届くかもしれない。

 こういう時は何と言う。人事を尽くして天命を待つ、とか?



 ある日、お知らせ欄に『神姫ロウ』の名前が出た。

 ついに彼女が戻ってきたのだ。

 配信開始と同時くらいのスピードで視聴を開始する。


「――えっ、風王……クロア、さん」

 どうしたのだろう。彼女は戸惑ったような表情を浮かべる。そんな顔をしたことは今まで一度もなかったのに。それに、声もなんだか暗い。今までとは明らかに様子が違う。


「こ、こんばんは……。えっ、えっと、どうしよう。なんで私なんかのところにこんなスゴい人が来てくれたんですか」


 ああ、そこで私はようやく気付いた。

 客観的に判断して、私は彼女をしまったのだ。

 フォロワー数でもランキングでも、人気のバロメーターは残酷に数字となって現れる。今や常にランキングの上位にいる『風王クロア』は、もはや彼女の配信をただ眺めていた『名無しさん』ではなくなってしまったのだ。


 違う。

 違うんだ。

 そんな丁寧な対応が欲しいわけじゃない。

 ましてや『王』と『姫』のごっこ遊びも必要ない。

 こんなの、私の知っているロウじゃない。

 私は、私は、ただ……。


「あのー……ちょっとリアルで色々あって、凹んじゃって。もう、これきりにしようかなって思ってたから、最後にいい思い出が作れて良かったっていうか」


 最後?

 最後だって?

 そんなの、あり得ない。



 ――気が付くと、私は無意識に配信準備を整えていた。

 そして、彼女に語りかける。


『あなたに伝えたいことがある。私の配信に来て欲しい』


「あー……営業活動ですよねー。そりゃそうかぁ、ですよねー。こんなスゴい人が私のところに来るなんてあり得ないっていうか」


『そうじゃない。とにかく来て』


「は、はぁ……」


 動揺している彼女をヨソに、こちらも配信ランプを点灯させる。



 さあさ、お立ち会い。これより配信するのは風王クロア一世一代の大舞台。

 乾坤一擲、伸るか反るかの大博打?

 いやいやまさか。

 勝ち目のない勝負なんて趣味じゃない。

 この勇姿をとくと見よ。その目に焼き付けよ。


 ――ライブ配信ストリーム開始オンエア

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