003.dat 描きまSHOW!!


 素人がいきなりアプリで配信なんて難しいんでしょう、と大半の人はやる前から諦めてしまうだろう。

 そんなことはない。

 このアプリはなんとCG一枚だけで配信可能、その一枚絵とインカメラに写った自身を同期させて顔の表情をリンクさせる。上半身なら腕の上げ下げくらいはモーションキャプチャで表現可能となっている。

 別にそこまでしなくとも、配信中は設定した一枚絵を表示させておくだけというやり方だって構わない。ゲーム風に言えば『立ち絵』だ。それがあるだけであなたも立派なVライバーの仲間入りというわけだ。


 つまり、まずは一枚絵が必要なのだ。



 ――緊急事態エマージェンシー緊急事態エマージェンシー

 大問題が発生した。


 絵なんて描いたことがない。


 もちろんネットで適当な画像を見つけてきてもいいし、誰かに依頼してもいい。事実、VTuberVライバーの多くは『生みの親CGデザイナー』がいる。その方が宣伝効果も高い。

 とはいえ、果たしてそれで本当に良いのか。

 そんな拾い画像で最推しを名乗られても神姫しんきロウだって良い気はしないのではないか。やはり熱意をぶつけるのなら、自分でしっかりとしたキャラクターを作り上げてこそだろう。努力を惜しんではいけない。


 全身全霊を込めて、一枚のCGを作り上げる。


 ……うーん。微妙。

 当たり前だが素人がいきなり描こうとしたって上手くいくはずがない。

 誰が見ても下手くそとわかる落書きが出来上がっていた。

 やはり、駄目だったか。



「ええっ、ちょっとちょっと。もう諦めるの? 早くない?」


 ――絵が喋った!?


「アンタが描いたんだからアタシの声が聞こえて当然でしょ」

 そういうもの、なのかな?

「そうよ。いいからアタシの言うことを聞きなさい」

 圧が凄い。だが、従わざるを得ない。


「アンタの絵は確かに下手くそよ。なんなのこれ、目は大きすぎるし、ありえないところに影はあるし、腕は変なところから生えてるし脚がこんな方向に曲がったら妖怪だっつーの。わかる? アンタ妖怪を描きたいの?」

 自分が描いたキャラクターに叱られている。

 お怒りはごもっともだ。


「あのねぇ、何でうまく描けないのかって言うと、技術云々は抜きにしておいてまずは『何を描きたいか』が定まっていないのよ」

 ……何を描きたいか。


「そう。スタート地点からして間違っているのよ。まずさぁ、は?」

 名前。

「そう、名前。あるでしょ。アタシをVライバーとして世に出したいなら名前は必要でしょ」

 言われて気付いた。確かに必要なはずなのに今まで考えもしなかった。

 しかし突然言われると悩んでしまう。どうしよう、名前……うーん。


「ま、名前は今すぐ決めなくてもいいわ。一番大事な部分だもの。他の設定を固めていくうちにいいアイディアが出てくるかもしれないし。さ、じゃあ次」

 つ、次!?

「当たり前でしょ。設定もなしにオリジナルキャラクターを作ろうとするとか無謀にもほどがあるわ。いい? これは彫刻、もしくは発掘作業みたいなものよ。石膏とか粘土とか丸太とか、ただの塊の中からアタシというキャラクターを発掘していくの。大まかに削ぎ落として輪郭を浮かび上がらせて、そこからさらに細部を少しずつ削っていくの。設定を決めることは輪郭を浮かび上がらせる大事な作業よ」

 なるほど、確かに。

「じゃあ、性別でも職業でも趣味でも好きな食べ物でも、どんどん意見を出しなさい。おかしなこと言ったらしっかりダメ出ししてあげるから安心なさいな」



「職業は?」

 向こうが姫だから、こっちは王様……とか?



「趣味は?」

 特に無い――あっ、ご、ごめんなさい。えっと、旅行とか。



「好きな食べ物は?」

 ううん……そう、目玉焼き。何も付けずにシンプルに食べるのが好き。



「そもそも人間?」

 そうか、人間である必要すら無いのか……だったら、妖精なんてどうだろう。

 設定は多少盛っていた方が人の目を引くらしいし。



 そんなわけで、彼女(?)のスパルタ指導の元、少しずつキャラクターが固まってきた。

 妖精界の王で年齢は600歳以上、風の向くまま気ままに放浪の旅を続けていたら人間界に辿り着き、そこでライブ配信アプリというものに興味を惹かれ、配信を通じて他に仲間がいないか探している……というもの。王といっても妖精だから性別はなく、神姫ロウに合わせて中性的に描かれている。向こうが女性寄りとするならば、こちらは男性寄りだろうか。ヅカ風っていうの?


 とにかく何枚も描いては特徴を見直し、ようやく自分でも納得のいく一枚が仕上がった。後は本人が認めるかどうか。


「ふーん。ま、こんなところかしら。よくやったじゃない、偉い偉い」

 結果を出せば素直に褒めてくれる。なんて理想の上司。


「それで名前は決まったのかしら?」

 おっと、そうだ。

 キャラ設定を生かして――そう、『風王ふおうクロア』ってのはどうだろう。


「風王クロアね。良いんじゃない」

 本人のお墨付きをもらった。わーい。


「満足してんじゃないわよ。アタシの出番はここで終わり。これからはアンタが『風王クロア』を演じなきゃいけないってのに」

 そ、そうでした……。


「ま、安心なさい。アンタがアタシにふさわしくないおかしな言動をしたらいつでも文句を言ってあげるから。せいぜいアタシが表に出てこないように頑張んなさい」

 は、はい。ありがとうございます!


 こうしてVライバー『風王クロア』は完成し――ていなかった。



 まだ立ち絵が出来ただけだ。

 そうしたら次はこのキャラにふさわしいも作り上げたくなる。

 そもそも人前でまともに喋ったこともないのに、いきなり配信で上手くいくはずがないのだ。完璧を目指すなら『事故を減らす』べきだ。


 そこでボイスロイドのような読み上げ用音声合成ソフトの力を借りることにした。

 声の高さや話すスピード、抑揚の付け方など細かなところまでしっかりと調整して、文字入力された内容を瞬時に出力できるように最大限努力を重ねた。

 これなら風王クロアの声としてふさわしい。



 しかし、これは設備を整えたに過ぎない。

 肝心の喋る内容というのがまるでわからないのだ。


「あのねぇ」

 おっと、久々に彼女が助け舟を出してくれた。

「今までアタシを作り出すのに考えた設定は飾りか。まずはそれを喋ればいいの」

 ああ、そういうか。

 あの自己対話はそういうことだったんだ。

「まずはアンタ自身のことを話して、それから後は……ま、他の配信でも見て勉強すれば?」


 それからひたすら24時間アプリに張り付き、誰かが配信したら視聴して何を話すべきか基礎的な学習を重ねた。

 曜日や時間隊によって配信者もまちまちで、当然平日の日中は学生は少ないし、夕方から夜にかけては配信も集中する。その中でも視聴者リスナーの多いVライバーを中心に秘密を探るべく手当り次第参加していった。



 そして、ようやく全ての準備が整った。


 ――満を持して。


 風王クロア、配信デビューの日。

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