002.dat 目指しまSHOW!!


 神姫しんきロウ。銀髪で平常時の顔から判断するとやや無表情気味で中性的な見た目。自己紹介のサンプルボイスが用意されていたが、声もこれまた中性的な感じで性別を判断するのが難しい。声も含めて判断すると、ダウナー系というよりは表情が硬いだけかもしれない。


 まあ、どっちでもいいのだが。

 どうせ推すし。


 キャラクターとしては、元々は人形の国のお姫様だったのだが魂が宿って人間になった……という設定。

 実際の会話内容から単語を拾っていくと――勉強、部活、宿題、小遣い――学生だろうと類推される。中高生、もしくは大学生でいずれにしても十代という結論に至る。

 所謂『中の人』は、普通の子。

 現実世界に居場所がないわけでもなく、かといって一攫千金を目指しているわけでもなく、流行りに乗じて始めてみたというありふれた理由でなんとなく続けているらしい。


 この『設定』はVライバーに限らず、本家のVTuberにもよくあることだ。

 キャラ設定、つまり『なりきりキャラ』とでも言うべきか。もっと噛み砕いて言えば『ごっこ遊び』だ。それを演じているリアルな中の人と表にいるCGキャラクターは別人であり、キャラクターにはキャラクターの設定があるのだ。

 ここでいえば『人形の国の姫』がそれにあたる。自分で好きな設定を作り、キャラに加えていく。姫、というのだから便宜上彼女とするが、彼女は人形の国の姫である『神姫ロウ』を演じているのだ。

 もちろん表向きのキャラの性別と中の人の性別が一致しなければならないということはない。男が理想の女の子を演じることもあるだろうし、逆もまた然り。


 そして難しい話だが『お約束』というものがある。

 つまりキャラとしての設定は存在するのだが、それは絶対に演じ切らなければならない台本のようなものではなく、むしろ台本通りに演じないことでキャラの個性を出す、という手法が一般化している。


 具体例を上げれば、神姫ロウが「今日は宿題がたくさん出た」と言ったとする。それに対して「おいおい人形の国の姫が学校に行ってるのかよ」と突っ込みたくなるのだが、それは野暮だ。

 もちろん「人間になったんだから学校にも行くさ」と反論してくるかもしれないし、それに対して「どうやって手続きしたんだよ。保護者は誰だよ」などと深堀りすれば設定の破綻は次々と見つかる。

 それらはもちろん中の人のプライベートの出来事であって、神姫ロウ自身の出来事ではない。しかしそういうチグハグさ、というか人間らしい不完全さがある方がウケが良いのだ。

 完璧なキャラ設定を心がけるとそれを崩したくなるような視聴者リスナーというのは一定数存在しているらしく、完璧を演じるよりも等身大の自分を演じた方がよりVライバー『らしい』のだ。


 身内のノリという表現があるように、理解するまで時間がかかる。

 だからいきなり相手の配信に参加しても頓珍漢な行動をしてしまう可能性がある。そのため最初は匿名で潜り込み、他の常連との会話を見て学習する必要がある。つまり「ROMる」というやつだ。……今どきはそんな言い方しない? そうなのか。



「あ、名無しさんいらっしゃーい」

 名無し、とは自分のことだ。毎回そうなので、デフォルト名だろう。

 今日は他にも三人ほど参加していた。全く無名というわけでもなさそうだ。


「あのねー、今目玉焼きには何かけるかって話してたんだ。名無しさんは何かける? 私はしょう油派!」

 普段食べないからわからないな。何もかけないと返しておこう。


「あー、そうなんだー……」

 マズイ、彼女のテンションが下がっている。どうしよう。そうだ、統計的に一番多いのは醤油派だと伝えよう。

 多数派だから大丈夫だぞ、醤油派の姫君。

「へー、そうなんだ。あっ、励ましてくれたの? ありがと。姫様がんばる」

 何とか機嫌を取ることに成功したようだ。

 時々設定を思い出させるようなワードを伝えるとテンションが上がるようだ。


 それからしばらく、誰も何も発言しない。音声通話アプリではないので、しゃべるのはVライバーだけだ。視聴者は文字によるやり取り、つまりチャットで反応するしかない。

 無音の時間が続くこともしばしばあるが、その静寂さえも楽しめてこその視聴者である、とどこかの誰かがライブ配信アプリの楽しみ方をレクチャーしていた。


 配信時間も人によって、また時と場合によってまちまちだ。1~2時間も配信する人もいれば、15分だけ配信と銘打って配信する人もいる。毎日決まった時間に配信することを目的に頑張っている人もいる。



『そろそろ抜けるわ』

 愚連という参加者が書き込んだ。

「あっ、そうなんだ。こないだはありがとう。また行くね」


 忌魔きま愚連ぐれん。彼もVライバーらしく、神姫ロウが彼のところに視聴者として訪問した時のことを言っているようだ。

 相互フォローというらしく、Vライバー同士がお互いの配信に参加しているのだ。小さなコミュニティでは珍しいことでもない。


『おう、待ってるぜ。なんたってロウは俺のなんだからよ』

「ふふっ、嬉しいこと言ってくれるなぁ」


 何とも親密な様子を見せつけてくれるものだ。

 どうやら一番親密になることを『最推し』と言うらしい。


 なるほど。



 つまり、神姫ロウの『最推し』になるためには、自分もVライバーになるのが一番手っ取り早いのではないだろうか。


 ――やろう。


 思ってからは早かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る