050 番外その3~時を経て見送る姿



 豪華な猪肉の料理で、楽しい食事を終えたリオンたち。後片付けを終え、腹も満たしたことで、いよいよ村の跡地の探索を開始する。


「お父さんが村を出てから、もう二十年くらい経つみたいだけど……」


 周りを見渡しながらリオンが呟くように言う。


「案外、瓦礫とかは地味に残ってる感じだね」

「建物ってのは、それだけ丈夫な素材を使うもんだからな。雨風を凌げるように処理が施されているだけあって、何十年も保てるようになってるらしいぞ」

「へぇー、そうなんだー」


 ベルリットの解説に、レーナが興味深そうに頷く。しかしそこで、彼女は一つ気になることが浮かんだ。


「でもそれにしては、どこも原型留めてないくらいにボロボロだよね?」

「帝国の……正確には『あの男』の仕業だと思う」


 アイリーンの言うあの男が、セオドリックのことを差しているのは、リオンたちもすぐに分かった。


「この村から聖女が現れて、強引に帝国へ連れてきた挙句。証拠隠滅を図って魔物の大群をけしかけたらしいから」

「スタンピードか……でもそれにしては、焦げ跡がたくさんあるようだが……」

「火でも放ったんじゃない? スタンピードが終わった後に、念には念を入れて、みたいな感じでさ」

「……それはあり得るな」


 リオンの仮説は、ベルリットも頷けるものだった。

 火を放つだけならば、人ひとりを転移魔法で飛ばせば済む。大量の魔物をけしかけられれば、その程度は楽勝だろう。


「けど、やけに中途半端に残ってるもんだな。何も残らないようにすることも、できたんじゃないかとは思うが……」

「ワザとそうしたって可能性はあるよね?」

「なんで?」

「聖女が用済みになって、この村に送り返したことを考えてさ」

「それは……そうする意味あるのか?」

「いや、僕も分かんないけど」


 首を傾げるベルリットに対し、リオンも自分で言ってて自身がなくなってきた。確かに意味としてはないような気がしたからだ。


「リオンくんの予想は、案外当たっているかもしれないよ?」


 しかしここで、アイリーンが神妙な表情を見せてくる。


「あの男なら、それくらいの嫌がらせ的なことは、なんかしそうな気がするし」

「……なんとなく思ってたけど、アイリーンってホントその人のこと、めっちゃ嫌いだよね?」

「嫌いなんてもんじゃない。むしろ憎んですらいるよ」

「あ、そう……」


 真顔で断言してくるアイリーンに、レーナは軽く引いていた。両親――特に父親のことが小さい頃から大好きな彼女からすれば、父親を憎むという考えそのものが理解できないのである。

 アイリーンもそれを察したのか、苦笑を浮かべてきた。


「私はあなたが羨ましいわ。笑顔でパパの自慢ができるって凄いことよ?」

「えぇ~? そ、そうかなぁ~?」


 満更でもないと言わんばかりに照れるレーナ。ご丁寧に頬を染め、体をクネクネと動かしている。

 そんな双子の妹の姿に、リオンは軽くため息をついた。


「全くレーナは……」

「あのパパ大好き的なヤツは、昔からか?」

「まーね。たまにそれで、お母さんとケンカしてたこともあったよ」

「マジか」


 本気で驚いたらしく、ベルリットが目を見開いた。


「そーゆーのもいるんだなぁ」

「ベルリットって、確か妹さんいなかったっけ?」

「いるけど、流石に父親を巡って母親とケンカってのはないぞ」

「だよね」

「せいぜい母親から『私よりも胸が大きいなんてー』とか言って嫉妬されて、それを妹が面白がってからかった挙句、ケンカに発展する程度だ」

「いや、それはそれでどうなんだろう……」


 苦笑しながらもリオンは思った。家庭にも色々な姿があるようだと。

 少し前までは本当に狭い環境の中で生きてきた。外へ飛び出して世界を渡り歩く選択肢を取ったのは、正解だったのかもしれないと改めて思う。

 知らなかったことを知る――それがどれだけ刺激的なことなのか。

 リオンは今も、それを噛み締めていた。


「――あっ、ねぇ見て!」


 突然レーナが声を上げ、ある方向を指さした。


「あそこに何かいる」

「んー? あぁ、ホントだねー。人……みたいだけど……」


 先にアイリーンが気づいて同意する。その視線を追って、ベルリットやアレンもようやく見つけた。

 瓦礫の影に、確かにそれは崩れるようにして倒れているように見えた。

 しかし――


「ひぃっ! ガ、ガイコツうぅ~っ!」


 その正体を見た瞬間、レーナがリオンに飛びつく。ガタガタと震えており、目には涙が浮かんでいた。


「どどど、どうしようリオン~! あたしたち呪われちゃうよぉ~っ!」

「落ち着きなさいっての。別に何も起こったりはしないから」


 双子の妹の頭をポンポンと撫でつつ、リオンは『それ』を観察する。


「うーん……この人骨、割としっかり残ってるね」

「白骨化してからそんなに経ってないな。せいぜい十年から二十年ってところか」

「そんなの分かるんだ?」

「まぁな。それにしても、この服……」


 ベルリットが注目したのは、その人骨が身に纏っている衣装であった。

 直射日光や雨風に晒され続けて、色はくすみボロボロであったが、なんとか原型は留められている。

 だからこそ、その服の大きな特徴に目が留まったのだ。


「これ、帝国の聖女が着るヤツじゃないか?」

「大聖堂の紋章もあるし、多分それで間違いないと思うけど……」


 リオンとベルリットは顔を見合わせ、そして仲間たちにも視線を向ける。レーナはコテンと首をかしげていたが、アイリーンは哀れなものを見るような表情で人骨を見下ろしていた。


「多分この人、この村から出た聖女だと思うよ」

「えっ? それって……」


 リオンは聞いたことがあった。父親であるアレンには、一人の幼なじみの少女がいたことを。

 その少女こそが聖女に選ばれたのだが、あっさり故郷を捨ててしまったと。


「ミッシェル、とか言ったっけ……」

「あぁ、なんかそんな名前だったかも。実際はただ、あの男に利用されていただけだったみたいだけどね。最後は用済みになって、送り返されたみたい」

「それでこんな姿になっちまったってか? 哀れなもんだ」


 アイリーンの言葉を聞いて、ベルリットが小さなため息をつく。色々と思うところはあるが、見ていて気持ちのいいものでないことだけは間違いなかった。

 とりあえずこの現状をなんとかしたい――リオンはそう思った。


「……埋める? このままにしておくのも、なんか忍びないし」

「だな。過去に色々あったんだろうが、もう気にする必要もあるまい」

「そうだねー」


 ベルリットに続いて、レーナも賛成の意を示す。アイリーンも好きにしたら、と言わんばかりに肩をすくめていた。


(もしここにお父さんがいたら……また違った意見が出てたのかな?)


 そんなことを考えながら、リオンはアイテムボックスを起動する。そこからシャベルを四本取り出し、手分けして墓穴を掘ってゆく。

 聖女の衣装ごと人骨を埋め終え、木の残骸を組み合わせて作った十字架を設置。人骨の墓が無事に完成した。


「うん。こんな感じでいいかな?」

「結構立派なのができたねー」


 リオンとレーナが満足そうに、出来上がった墓を見つめる。そしてリオンが、意気揚々とシャベルを片手に振り向いた。


「――よし、じゃあ次は、村の人たちを供養するための慰霊碑を作ろう!」

「村の中心部に、でっかいのを建てるんだよな?」

「あの男の代わりに、せめてもの償いはしっかり果たしたいわ」

「それじゃあ、みんなでガンバロー♪」

「「「「おぉーーっ!」」」」


 四人は拳を突き上げ、威勢よく掛け声を上げた。

 素材をかき集め、ベルリットのデザインの元に組み立てていき、やがて村の跡地の中心部に、立派な慰霊碑が出来上がる。

 ここでは確かに人が暮らしていた。

 二十年近くの時を経て、立派な証が残された。

 かつて村を飛び出した少年の息子たちが、それを叶えた瞬間であった。


『――ありがとう』


 その瞬間、リオンはハッと目を見開き、顔を上げる。そんな兄の様子に、レーナが首をかしげてきた。


「リオン? どうかしたの?」

「あ、いや……多分、気のせいだと思う」

「んー?」


 その声は確かに聞こえていたが、リオンはすぐに気にしなくなった。

 やがて四人は、静かに村の跡地を去ってゆく。

 若者たちの後ろ姿を、大勢の老若男女が、穏やかな笑顔で見送る。これからの未来を期待し、大きく手を振りながら。


 しかしその中に、聖女の服を身に纏った少女の姿は、どこにもいなかった――





― あとがき ―


本作のストーリーは、これにて全て終了となります。

ここまで当作品にお付き合いくださった皆様。本当に感謝しております。

ありがとうございました<(_ _)>


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幼なじみの聖女に裏切られた僕は、追放された女魔王と結婚します 壬黎ハルキ @mirei_haruki

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