049 番外その2~村の跡地へ赴く者たち



「――どうやらここに、村があったみたいだね」


 少し長めに伸びた銀髪をなびかせながら、頭に短い角を生やした少年が、高台からその光景を見下ろす。

 そこに少年とそっくりな顔立ちをした少女が、飛びつくように彼の隣に立つ。


「わぁー、ここがパパの故郷があった場所なんだねぇー。ホント何もないや」

「滅んでから誰も来なかった証拠だね」

「ねぇ、リオン。早く行こうよ。パパの故郷だよ?」

「分かったからそうはしゃぐなって。レーナも少しは落ち着きなよ」

「むーっ!」


 頬を膨らませる双子の妹に、少年ことリオンは相変わらずだなぁと言わんばかりに苦笑する。

 二人はアレンとディアドラの長男と長女だ。

 かつて父親がこの地から旅立った時と同じ年齢を迎えた二人は、親元を離れて世界各地を旅している途中、折角だからと父親の故郷があった山奥の村の跡地へ、足を運んでみることにしたのだった。

 ちなみに彼らは二人で旅をしている――というわけではなかった。


「リオン、レーナ!」


 そこに二人を呼ぶ声が聞こえる。振り向くと、使い古されたマントを羽織った魔族の少年が、頭に巻いたバンダナを抑えながら歩いてきた。


「ベルリット。何かあった?」

「いや。なんにもない。他の集落らしい場所も、大きな魔物がいる気配もな」


 リオンの問いかけに、魔族の少年ベルリットは肩をすくめる。


「所々に普通の魔物を見かける程度だ。特別なものは本当になさそうだ」

「ハハッ、相変わらず手早い偵察能力だことで」

「さっすがジェロームさんとリンさんの息子だよね♪ あたし尊敬しちゃうよ」

「よしてくれよ、ったく……」


 双子から賞賛を受け、うっとおしそうに視線を逸らすベルリットだったが、その雰囲気にはどこか嬉しさが入り混じっていた。

 現魔王の息子としてでなく、ベルリット本人として接してくれる二人の笑顔に、彼も幾度となく救われてきたものだった。それ故に心も許しており、共に旅をしながら平気で軽口を叩き合える関係を築き上げている。

 ちなみにこの三人は親戚同士でもあるのだが、そこらへんは互いにあまり気にしたことはない。


「おーい、みんなーっ!」


 そこにもう一人、少女が手を振りながら歩いてくる。大きな獲物を担ぎながら、のっしのっしと。


「見て見てー、こーんなにおっきいイノシシを仕留めたよー♪」

「わー、凄いねアイリーン!」


 レーナが両手を広げながら、獲物を担いできた少女の元へ走ってゆく。


「よくこんなでっかいの見つけたね?」

「私にかかれば、これくらいなんてことないよ。レーナには負けないから♪」

「むー! あたしだって楽勝だよ! ママから受け継いだ膨大な魔力で、でっかい獲物の二匹や三匹くらい、一瞬で吹き飛ばせるんだから!」

「いやいや、吹き飛ばしちゃダメでしょうに……」


 必死に張り合おうとするレーナに対し、からかおうとしたアイリーンも一瞬で毒素を抜かれたように苦笑を浮かべる。

 そんな二人の少女を、少年二人は観察していた。


「相変わらず見た目とは裏腹に、パワフルな嬢ちゃんだよなぁ」

「うん……ホントだよね」


 ベルリットの言葉にリオンも同意する。


「あの細い体のどこに、あんな巨大猪を担げる力があるんだって感じだよ」

「確かにな。狩りのクエストをこなす分にはありがたいが」


 見た目はか弱い少女、しかしその実態は、この四人の中で誰よりもパワフルな実力を持つ、ギルドでは狩りのマスターとも呼ばれるほどの存在なのだった。

 彼女の秘める強さを初めて見た者は、誰もが驚きを隠せなくなる。しかしその事情を聞いてみれば、誰もが納得するものであった。


「まぁ、アレだな……流石は『勇者セオドリックの娘』と言ったところか」


 腕を組みながらベルリットが感心するかのように頷く。


「その溢れんばかりの才能は、まさに親譲りってヤツ――」

「やめてよ」


 割り込んできたアイリーンの声は、完全に冷え切ったものだった。


「あんな最悪な父親の血が流れているかと思うと、ムカついて仕方ないから」

「……悪かった。流石に今のは失言が過ぎた」

「いいよ。事実は事実だから」


 ため息をつきながら、アイリーンは担いでいた巨大猪を肩から下ろす。ずしぃんと揺れるような音を立てており、それだけの重さを誇っていることが分かる。


「それにもう私は、帝国も将来の身分も、まるっと全部捨ててきたからね。いちいち気にしないほうがいいのも、確かだとは思うし」


 王族でもあるセオドリックの娘ともなれば、当然ながら未来の帝国のトップを継承する権利も発生してくる。

 加えて彼女には、兄弟姉妹がたくさん存在していた。

 跡継ぎをたくさん残すという名目で、動けないセオドリックから子種を搾り取った令嬢は数知れず。アイリーンが知っているだけでも、存在する兄弟姉妹は、軽く二桁を超えているほどであった。

 そうなれば自ずと、後継者の候補も増えてくる。

 皇帝ないし女帝の座を巡る争いが発生するのは、必然だと言えていた。

 毎日のように繰り広げられる、ドロドロとした駆け引き。それにうんざりしていたアイリーンは、全てを捨てて出奔した。

 そこをたまたまリオンたちと出会い、行動を共にすることとなる。

 王族の問題はベルリットも理解できる部分もあり、加えて双子兄妹は細かいことを気にしないというのもあって、四人はすぐに意気投合した。


「でも、最初は多少なり、面倒な展開になるかと思ってたけどさ……」


 リオンが頬を掻きながら苦笑する。


「帝国の人たちが追いかけて来るとか、意外となかったよね」

「そりゃそーよ。後継者がたくさんいれば、私一人が消えたところで、誰も困りはしないもん」

「……そーゆーものかねぇ」


 色々と疑問がないわけではないが、リオンはこれ以上、考えないことにした。するとアイリーンは、話題を切り替えがてらベルリットに笑みを向ける。


「それを考えると、ベルリットは偉いよね。お父さんの跡を継ぐんでしょ?」

「勿論だ。この旅も修行の一環だからな」


 魔族のベルリットは心優しく、争いを好まない性格をしている。しかし将来の魔王になるにはそれだけでは駄目だということで、修行の意味も兼ねて身分を隠して旅をしているのだった。


 ――息子を存分に振り回してやってくれ。


 ジェロームから笑顔でそう言われた時は、流石にリオンとレーナも迷ったが、いざ一緒に旅を始めれば、すぐに余計な気持ちは吹き飛んでしまった。


「俺はそのうちこの旅を終えて、魔界へ帰ることになる」

「もうすぐお別れ?」

「いや、当分先の話だ。この旅も結構楽しいんでな。もうしばらく世話になる」

「そっかー♪」


 レーナは安心したように笑顔を見せた。するとアイリーンは、ニンマリと笑いながらリオンに近づいていき――


「じゃあ、リオンくん。イノシシの解体よろしくね♪」


 さも当たり前のように、笑顔で申し付けてくるのだった。

 上目遣いで頬を染めながらの笑みは、男ならほぼ確実にどぎまぎするだろう。しかしリオンは、冷めた表情でため息をついていた。


「……自分でやろうとはしないんだね?」

「だって私じゃボロボロになっちゃうんだもん。リオンくんなら確実でしょ?」

「はぁ~……分かったよ」


 渋々ながらも、確かにそのとおりではあるとリオンは思う。

 アイリーンもレーナも狩りは大の得意だが、素材の解体の腕は、二人揃っていまいちなのだ。二人に任せてしまえば、大事な部分を会得できることはまずない。

 ベルリットも全くできないわけじゃないが、これだけの大きな素材を捌くだけの腕力に不安がある。

 島育ちで幼少期から魔物たちと走り回ったおかげで、自然と身についた体力と腕力の凄さは、伊達ではないのだった。


「よし、じゃあその間に、私たちも準備しないとね」

「あたしは薪を集めてくるよ。アイリーンは大きめの石をいくつかお願い」

「かまど用ね。分かったー」


 そして二人は動き出す。頭の中は既に猪の肉のことで頭がいっぱいであることは明らかだった。

 まさに色気より食い気――なんとも二人らしいと、ベルリットは思う。


「ところでリオン」


 自然と残って見張り役を担うことになったベルリットは、暇つぶしがてらリオンに話しかけた。


「メシを食ったら、村の跡地を見て回るのか?」

「うん。ついでに簡単なお墓でも作ろうかなって思ってるよ」

「墓?」

「お父さんの恩人たちを、少しばかり供養したくてね」

「なるほど、慰霊碑的なヤツか」


 鮮やかに手を動かし続けるリオンに対し、ベルリットは優しい表情で笑う。


「オヤジさんの子供がそれをしたら、その恩人たちも喜んでくれるさ」

「だといいけどね」


 リオンも照れくさそうに笑う。それでも彼の言うとおり、喜んでほしいという気持ちはあった。

 お父さんも僕たちも元気でやっています――そう伝えたい想いも込めて。


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