048 番外その1~山奥の村
これは、スタンピードが起きた日の、山奥の村のお話。
アレンが知ることのなかった、村人たちの真意についてのお話――――
「……長老様、手筈どおりにアレンは行きました」
「そうか」
村の若者の言葉に、村の高台に立つ長老は、重々しく頷いた。
「これでヤツを逃がすことはできた。あとは『彼女』に全てを任せるとしよう」
「しかし、大丈夫でしょうか? 多少なり魔物も感づいて、アイツのほうを追いかけるんじゃないかと……」
「それを回避するために彼女が動いておるのだ。心配はいらん。それに……」
長老は高台から前方を見下ろす。凄まじい砂煙が、一直線に村を目掛けて迫り来るのが見えていた。
「ここにおれば、まず助かることはない。アレンを生かすためには、これが最善の策だということを忘れたか?」
「とんでもない!」
若者は軽い口調で笑ってみせた。
「俺たちみんな、今日この日を覚悟して生きてきたんです。アレンにちゃんとした別れを告げられないことが、唯一の心残りですがね」
「……致し方あるまい」
ゆっくりと目を閉じ、長老は重々しい口調で言う。
「アレンを無事に逃がすために、ワシらは『敵』なる存在となったのだ。もはや後戻りはできんのだよ」
「まぁ俺も、いいキッカケにはなったと思っていますよ。だって……」
若者は森と青空が広がる景色を一望しながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「アレンはこれで、広い外の世界へ飛び立てるんです。こんな山奥の何もないさびれた村で、一生を終えるような寂しい人生なんざ、アイツには似合いませんよ」
「同感だな。アイツには……アレンには、大きな可能性がある」
長老は青空を見上げながら、昔を思い出していた。
「……もう十八年も前になるのか。赤子だったアレンが、この村に来たのは」
それは、突然のことだった。
とある若夫婦が、一人の赤子を連れて村に迷い込むようにしてやってきたのだ。いきなり何事だと村人たちは警戒していたが、すぐに訳ありだと分かり、事情を聞くこととなった。
二人は帝国から逃げてきた騎士と聖女だった。
身分違いの恋に溺れ、どうしても互いが互いを忘れることができず、後戻りができないところにまで来てしまったらしい。
全てを捨てて出奔した後も、二人は帝国から執拗に追われる日々。
逃亡先で二人の間に元気な男児が生まれるも、その隙を突かれて聖女を連れ戻そうとする帝国騎士たちに襲われてしまった。
二人は男児を守りつつ、命からがら逃げ延びることに成功した。
しかし負った傷は浅くなかった。
「俺はその時、まだちっこいガキでしたけど、あの時のことは覚えてますよ」
若者は懐かしむように目を閉じる。
「アイツの父親である騎士が、血まみれになりながらも、穏やかな笑顔で目を閉じた瞬間を、俺はこの目で見ちまいました。この村なら安心だと……多分、そう思ったんでしょうね」
「そしてヤツの母親も、無茶に無茶を重ねて衰弱しきっていたため、回復が間に合わずそのまま……赤子だけが遺される形となった」
「確かその時、ちょうど子供のいない夫婦に引き取られたんでしたよね?」
「うむ。だがその夫婦も、ヤツが幼い頃にこの世を去った」
「旦那さんが魔物を仕留め損なって返り討ちにあい、もう狩りができなくなったことを悲観して、奥さんと二人で一緒に、崖から飛び降りちまった……」
「血が繋がっておらぬとはいえ、幼子をおいて逝くなど、けしからんことだわい」
長老と若者は、二人揃って呆れたようにため息をつく。やがて長老が、スッと目を閉じながら口を開いた。
「恐らく、あの夫婦にとってアレンという存在は、子供が出来なかった自分たちを押し上げるステータスでしかなかったのかもしれんな」
「くだらねぇもんだ。独りぼっちになったアレンがどれほど悲しんだか……正直、あの時のアイツは見てられなかったッスよ」
「ワシもだ。血の繋がらぬ息子から慕われていたことを、あの二人は知ろうともしておらんかった。あの時ばかりは、ワシも自分の見る目がなかったことを、心から悔やんだものよ」
そういいながら俯く長老の表情は、心からの悲しみが溢れていた。もはや流れる涙もないと、そう言わんばかりに。
「もしも別の家に託していたら……何度そう思ったかは分からんわい」
「けど、当時は他に預けられそうな家はなかったって……」
「ワシが預かるという手もあったんじゃ。老い先短いワシに、赤子の面倒など見れんと言って、断ったがな」
「今でもバリバリ元気ッスもんね」
「……全く耳が痛いものだ」
今にして思えば逃げ口上に他ならなかった――そういった意味では、自分も同罪なのかもしれないと、長老は思う。
「まぁ結局それからは、ワシの家で引き取ることにはなったわけだが」
「ミッシェルのところも協力してくれたのは、まぁ結構大きかったですよね」
「不安要素もかなり大きかったがな」
長老は疲れたように大きなため息をつく。
「あの小娘の花畑的な思考は、ワシもどうにかせねばとは思っておった。しかしあれはもう無理だと、匙を投げざるを得んかった」
「アレンだけは……必死になんとかしようとしてましたけどね」
「そこも含めて、アイツには苦労をさせてしまったな」
呟きながら長老は前方を見つめる。遠くから見えていた凄まじい砂煙は、もうすぐそこまで迫りつつあった。
すると若者が、明るい表情を向けてくる。
「けど、聖女に選ばれて王都の行っちまったじゃないッスか。あれはかえって良かったと俺は思いますよ?」
「……むしろそれ自体が釈然としておらんのだよ」
「何がッスか?」
「あの小娘が聖女に選ばれたという点だ。何か裏があるように思えてならん」
「いや……裏って言われるようなの、何かあるんですかね?」
「さぁな。ワシの勘じゃよ」
長老はフッと目を閉じて笑い、肩をすくめる。
「まぁ、今となっては、あの小娘のことなんざ、どうでもいい話だ」
「あっさりこの村を捨てちまいましたからね。ヤツの両親も、早々に実の娘を見限ってましたよ」
「今回ばかりは否定しきれんかったな」
「それは俺も同感です」
二人の意見も一致していた。ミッシェルのことはもう知らないと。これからどこでどうなろうが知ったことではないと、既にそういう結論に至っていた。
これ以上、彼女について考える必要もない。
長老はそう思いながら、改めて表情を切り替えつつ、視線を前方に向ける。
「――さぁて、そろそろ敵さんがこちらに到着しようとしているようだ」
「俺は村の連中に声をかけてきます。アレンを無事逃がすために、俺たち全員で魔物を食い止めようと、気合いを入れていきますよ」
「頼む」
駆け出していく若者の背中を見送り、長老は再び視線を戻す。
もうすぐ自分の人生が終わる。誰にも知られることのない、壮絶な最期を遂げることになるのだろうが、そこに恐怖はなかった。
あるのは、実の孫のように愛してきた、一人の少年の未来を想う気持ち。
ただそれだけだった。
(魔王を務めていた魔族の女が姿を見せた時は、何事かと思ったが……下手な帝国の人間よりは信用できる感じだったな)
彼女から感じた強い意志を、長老は今でも記憶に強く残っている。
そして安心していた。彼女ならば任せられると。打算まみれな帝国の勇者や、お花畑な聖女なんかよりも頼りになる存在だと。
少し我が強い部分はあったが、むしろアレンの相手にはちょうどいい――長老はそう思っていた。
(ディアドラよ。どうかアレンを……ワシらの大切な宝を、よろしく頼むぞ)
彼の心からの願いは、無事に果たされることとなる。当の少年は知らないまま過ごすこととなるが、それもまた彼らからすれば、本望なことであった。
しかし、彼らは決して捨て置かれ続けることはない。
少年から父親に成長した彼の気持ちに、少しでも応えようとする者たちがいた。
そして十数年後――その者たちが、村の跡地に姿を見せるのだった。
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