047 聖なる島の幸せ一家



 大海原のど真ん中にある謎の島は、冒険者の間でも割と有名であった。

 五年ほど前に突如として現れたというその島には、人間と魔族の若夫婦と、喋る魔物が暮らしているという。

 しかし、その真偽はかなり曖昧であった。

 内容からして、あまりにも突拍子がなさ過ぎるとのことで、その噂話を心から信じる者は殆どいなかった。

 とはいえ、興味を抱く者がいないわけでもなかった。

 特別な結界などもなく、上陸するだけならば非常に簡単だというその島を、実際に見てみたいと思う純粋な気持ちから、その島を調べる冒険者たちが少ないながらも存在しているのも、また事実であった。

 そして今日も、とある冒険者パーティが、その島に挑もうとしていた。


「――その島って、どんなところなんだろうな?」


 リーダーを務める人間の青年が、前方を見渡しながら呟く。


「若い夫婦が住んでいるってのはともかくとして、喋る魔物ってのは、流石にデマなんじゃないかって思うけど……」

「いやいや、それがそうでもねぇんだって」


 魔導師のローブを羽織った魔族の青年が、手をパタパタと振りながら苦笑する。


「過去に悪い冒険者たちが、その喋る魔物を狙って上陸したらしいんだ。本当にいるなら珍しいから、売り飛ばして金にしてやろうってな」

「いるよな。そーゆーのはいつでも……」

「しかしながら、そいつらは尻尾巻いて逃げ帰ってきたらしい」

「なんで?」

「その若夫婦にコテンパンにされたそうだ」

「……マジでか?」

「あぁ」


 唖然とするリーダーに、魔族の彼があっけらかんと頷く。


「正確には魔族の奥さんが、一人でバッサバッサなぎ倒したんだそうだ。その連中は成す術もなく吹き飛ばされるばかり。まるで『魔王』を相手にしているようだって言ってたらしいぜ?」

「いや……それは流石に話を盛り過ぎてるんじゃないのか?」

「俺もそう思ったんだが、どうやらそうとも言い切れないっぽいんだわ」


 魔族の彼は顎に手を当て、前方に視線を向ける。


「逃げ帰ってきたソイツらは、冒険者ギルドでも頭を抱えている連中だったんで、すぐに尋問室へぶち込まれたらしくてな。そこで洗いざらい喋ったそうだ。これまでやらかしてきたことも、全部まとめてベラベラと」

「……マジで何があったんだ?」

「だからその夫婦の奥さんにやられたんだろ?」


 淡々と言ってのける魔族の彼だったが、リーダーは納得できない様子を見せる。


「それが本当だとしたら、マジでヤバい人ってことになるぞ?」

「あぁ。そいつらも泣きながら言ってたらしいぜ。あの島は危険だから、絶対に近づかないほうがいいってな。それから――」

「まだあるのか?」


 リーダーが思わず小さな笑みを零しながら問いかける。次にどんな伝説めいた話が来るのか、少しばかり楽しみになってきていた。

 すると――


「島を襲ってきたリヴァイアサンを、一撃で返り討ちにしたそうだ」

「……それは流石にデマだろ」


 魔族の彼の言った情報に、リーダーの表情は一瞬で冷めた。


「リヴァイアサンって言ったら、海竜の王者とも呼ばれている最強クラスだぞ。そんな化け物を一撃で倒すなんてあり得ないだろ」

「まぁな。俺も流石に、こればかりは冗談だと思って……おい、あれ見ろ!」

「えっ?」


 魔族の彼が何かに気づき、慌てて指を差す。それにつられてリーダーもその方向に視線を向けてみた。

 すると、ある光景が目に飛び込み、驚きを示す。


「……あの島か」

「あぁ。とうとう見えてきやがったぜ」


 地図にも載っていない島が本当にあった――その事実が二人を笑顔にさせる。

 新しいものを見つけたワクワク感を抑えきれないという、ニンマリとした笑みとともに頷き合い、リーダーは振り返る。


「上陸用意! あの島を目指せ!」


 その大きな掛け声に、仲間たちは威勢よく返事をするのだった。



 ◇ ◇ ◇



「――無事に上陸できたな」

「あぁ。見たところ、フツーの島みてぇだが……」


 最初にリーダーと魔族の彼が二人で降り立ち、島の様子を探ることに決めた。特に変な感じもせず、至って平穏な環境であるとしか思えない。

 すると――


「だれー?」

「おきゃくさんー?」


 舌足らずな声が聞こえてきた。二人が視線を動かすと、小さな二人の子供が歩いてくるのが見える。

 銀髪で顔は瓜二つ。髪型もそっくりであった。

 年齢はまだ五歳も迎えていないくらいか。片方はノースリーブのシャツに短パンであり、もう片方は同じくノースリーブのシャツだが、下はスカート。恐らく男の子と女の子なのだろうと、冒険者たちはなんとなく思っていた。


「やぁ、こんにちは」


 リーダーがにこやかに挨拶すると、二人も明るい笑みを見せてくる。


「「こんにちはー」」


 そして声を揃えて、元気よく挨拶を返してきた。

 とりあえずこの二人に聞けるようなことはないかと、リーダーが頭の中で考えていたその時だった。


「リオン、レーナ! あんまり二人で先に行っちゃダメよー!」

「おかーさん!」

「ママー!」


 女性の掛け声に、二人が嬉しそうな声とともに振り向く。どうやら母親が来たようだと思って、冒険者二人も視線を向けてみた。

 すると――


「なっ!」

「うぉっ、スゲェ……」


 思わず目を引くほどの美人に、二人揃って呆然としてしまう。

 透き通るようなセミロングの銀髪が、風に揺られてなびいており、長身で抜群のスタイルが引き立っている。おまけに小麦色に焼けた肌はとても健康的で、なおかつその腕に抱かれた赤子の存在が、優しい母性をも感じさせる。

 加えて、連れ添っている夫らしき男性の存在もまた、彼女に対する良い絵を作り出していると言えていた。

 人間の夫と魔族の妻――種族の違いなど、些細なものにしか見えないほどに。


「やぁ、どうも。ウチの子たちが迷惑かけませんでしたか?」

「あ、は、はいっ! 元気よく挨拶をしてくれました!」


 夫らしき男性がにこやかに話しかけてくると、リーダーが慌てて我に返る。


「えっとその……この島に住んでいる方々、ですか?」

「えぇ。もう五年になりますかね」

「特に何事もなく、平和なものですわ」


 リーダーの問いかけに、男性に続けて女性もにこやかに答える。

 とりあえず警戒はされてないようであり、冒険者たちも安心したかのように笑みを浮かべたその時――


 ――ざばあぁんっ!


 突如として、巨大な海竜が目の前に姿を見せた。あまりにも突然過ぎる展開に、冒険者たちは驚きのあまり唖然としてしまう。

 一方、島の住人たちはというと――


「あ、りばいあさんー!」

「またきたのー?」

「ハハッ、相変わらず好戦的だねぇ」


 二人の子供はあっけらかんとしており、男性ものほほんと笑うばかり。そして女性は小さなため息をつきながら、男性に赤子を預けていた。


「アレン、ちょっとこの子をお願い」

「はいよ」


 まるで『いつものこと』だと言わんばかりのやり取りを経て、女性は勢いよくその場からジャンプする。

 冒険者たちは更に驚くこととなった。

 いくら身体能力が優れている魔族といえど、一回で数十メートルは飛べない。そんなことを考えている間に、女性は両手から圧縮した魔力を、まるで弾丸の如く海竜に向けて発射した。


 ――ずどおおおぉぉんっ!


 重々しい音とともに、魔力の弾丸が海竜の喉元に直撃。そのままうずくまり、苦悶の表情を浮かべながらも海中に姿を消す。

 そのまま大きな影は沖に遠ざかり、完全に見えなくなった。


「――よっと」


 女性が軽やかに着地すると、家族たちから拍手が送られる。


「おかーさんすごーい!」

「ママかっこいー」

「うん。今日もキレッキレだったね、ディアドラ」

「ふふんっ、でっしょーっ♪」


 家族から褒められ、女性は得意げに胸を張る。そんな微笑ましい姿を、冒険者たちは呆然とした表情で声も出せなかった。

 すると――


「ホッホッホッ。どうじゃ? ビックリしたじゃろう?」


 いつの間にか『それ』がそこにいた。気配を感じなかったこともそうだが、それ以上に驚くべきことがあった。


「「スライムが喋った?」」

「ふーむ、その言葉は久々に聞いたのぉ」


 老人らしき声で話すスライムは、どこまでもマイペースな様子を崩さない。


「別に魔物がヒトの言葉を話せないルールなどあるまい。この島では、こういったことは珍しくないぞ」

「あ、そ、そうなんですね……」


 思わず敬語になってしまうリーダー。このスライムの貫録が相当なものであることに間違いはなく、魔族の彼ですら低姿勢になりそうなほどだった。


(リヴァイアサンを一撃で撃退するなんて……ウワサは本当だったってことか?)

(ってことは、ギルドで聞いた他の話も、マジだって可能性あるな……)


 冒険者たちが表情を引きつらせる。のんびり平穏に見えるが、自分たちはとんでもない島に来てしまったのではないかと、そんな気がしてならなかった。


「あの……ところであの人たちは、何者なんでしょうか?」


 とりあえずこれだけは聞いておこうと思い、リーダーが恐る恐る尋ねる。

 この島に住んでいる家族であることは分かるのだが、どう考えても普通のそれとは違うような気がしていた。


「そうじゃのう。まぁ、例えて言うならば――」


 問いかけに対してスライムは少し考え、そしてニヤリと笑った。


「世界最強にも匹敵する、聖なる島の幸せ一家……と言ったところかの?」


 その答えを聞いた冒険者たちは、どう反応していいか分からなかった。

 なんとなく二人で視線を向けてみると、件の一家たちは、親子共々明るい表情で笑い合っていた。


 まるで不幸という言葉を、簡単に跳ね返してしまうような笑顔で――――





― あとがき ―


これにて、アレンたちの物語の本編は終了となります。

次回からは番外編を三話ほどお送りします。

(アレンの故郷である『山奥の村』のお話です)

よろしければもう少しだけ、お付き合いくださいませ<(_ _)>


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