双刀隻眼、江戸城に立つ(終)

 夏の夜。大江戸は野分に襲われていた。

 常ならば上空を遊弋し、威容を晒す蘭学改造式江戸城も、今日ばかりは地上に佇んでいる。


 しかしその警備は尋常ではなかった。

 豪雨強風にもかかわらず篝火は念入りに焚かれ、四方の門には警備兵が幾重にも隊列を組んで待ち構えている。

 あたかも今宵、襲撃があるかのような陣構えだ。


「本当に来るんかね」


 警備兵の、一人が言った。


「お偉い方が言うには、陰陽術師と占星術師が、声を揃えて予見したらしいぞ。だから絶対に警備を絶やすなってさ」


 隣に立つ、もう一人が答えた。

 そんなもんかね。改めて言葉が返り、ひとしきりの会話が終わる。


 はっきりと言えば、江戸城の士気は緩んでいた。

 無論四方の指揮官は声を張り上げ、隊頭などが折を見ては締め付けている。

 しかしそもそもが台風直下のこと。予見よりも、希望的観測が上回る。それもまた、必然だった。


 だからこそ、その影は現れた。


「おい、誰か来るぞ」


「嘘だろう。こんな雨風の中だぞ」


「よく見ろ。雨の中、蓑も笠も付けずに……うっ」


 影が、腰に刺した刀を抜いた。

 持ち替え、刃先をこちらに向けた。

 未だ距離はあるが、刀の主は。


「――――!」


 なにやら叫ぶと、刀を斜め上へと放り投げた。


「なんだぁ?」


 警備兵の反応は、唖然としたものだった。

 不審人物を捕らえるのも忘れ、刀の軌道を目で追っていた。

 そこへ。


 ピッッッシャアアアン!!!


 一陣の雷光が、空より放たれた。

 位置はおおよそ、不審者と警備陣の中間。

 しかし稲光は、総じて警備兵の側に襲いかかった!


「あばばば!」


「引け! いや引くな、守れ!」


 断末魔と混乱が、場を支配する。

 雷光が不審者を映し出す。

 混乱の中、一人の警備兵はたしかに、見た。


 背中に担いだ大太刀を、右腕一本で引き抜く男。

 散切り頭に伸びかけの髭。忍び装束。左の腕は、肘から先がかき消えている。

 男は刀を構えると、蛮声を添えて突貫して来た。


「オオオオオ!」


 地の底から響くような声。一人の咆哮にもかかわらず、幾重にも響くような声。

 バシャバシャと水面を蹴立てて進み、嵐の中を突っ切ってくる。


「怯むな、撃てぇ!」


 隊の頭が吠え返し、気丈な兵を鼓舞する。

 そう。警備兵は皆、蘭学装備で武装している。

 弾丸、鉄の雨嵐の前には、剣客など紙のごとし。の、はずだった。


 タッ、タッ、タッ。


 だが、目の前の不審者は違った。

 弾幕の雨を、異様な速さでかわしていった。

 傍目からすれば、消えては現れ、現れては消える。そんなありさまだった。


「逃げろ! 銃が通用しない!」


「斬られる!」


「こら、逃げるな!」


 かくて戦線は崩れた。

 もとより稲光に混乱させられた部隊である。

 重ねて銃も効かぬとなれば、もはや兵の動揺は鎮められなかった。


「他愛無し」


 捨てられた銃と悲しき死体の中で、不審者、否、浄瑠璃長唄は静かに呟く。

 しかしこれは始まりに過ぎない。

 江戸城が地上に立つ今宵こそ、幕府を穿つ最大の好機だからだ。


「行くぞ」


 柳生獣兵衛より得た妖刀【村正・雷】を拾い上げ、彼は江戸城の門をくぐった。

 隻眼の欠けた視界の中に、寄せ集う警備の者どもが入り始めた。


 ***


 江戸城、地下。【人間工房】。

 蘭学医師どもが集い、背徳、冒涜的な実験が行われているという噂のある地。

 その忌まわしき工房でも、時ならぬ騒ぎが起きていた。


 バァン!

 ガシャァン!


「おお、ジュウベエよ! なにをそんなにいきり立つのか!」


 工房の特級研究物――柳生獣兵衛量産計画――を構成する培養ポッドが次々に割れる。

 中から柳生獣兵衛……否、そこまでには至らぬ人造人間が這い出してくる。

 彼らの目は異様に光り、なにかを訴えるように背徳研究員たちを取り囲んだ。


「ひいいぃ……」


 あまりのおぞましさに正気を取り戻し、失禁する彼ら。

 しかしその背後から、更なる狂気が訪れていた。


「おおお! 柳生獣兵衛! さては先の稲光か! そうよな! あれは正しく【村正・雷】! この地下まで照らす光など、そうあるまいて!」


「ウォルテラ卿!」


「さあ、獣兵衛! いや、ジュウベエズよ! 汝の愛刀は江戸城まで来た! 取り返し、奪い合い、生き残った者が我が最終兵器、征夷大将軍・柳生獣兵衛MarkⅡぞ! いざ征かん!」


 髭面。薄汚れた白衣。片眼鏡。

 おお、この男こそがそもそもの元凶。

 かつて幕府に【柳生獣兵衛量産計画】を持ちかけた、【人間工房】の主!


 そして今、真の野望がその口よりまろび出た!

 幕府隆盛を支えるための柳生獣兵衛量産など真っ赤な嘘!

 本性は『制御された獣兵衛による、この国の乗っ取り』であった!


「うああああ!」


「助けてぇ!」


 ジュウベエズに食い付かれた背徳研究員が、次々に断末魔を上げる。

 恐ろしいことに未成熟の現況でさえ、非武装者ならばたやすく殺せるほどの能力を有していた。


 彼らは血肉を喰らい、恐るべき早さで成長を遂げていく。

 その矛先が向くべき男は江戸城に侵入し、本懐を遂げるべく突き進んでいる。

 江戸城を舞台に、新たなる地獄が現出しつつあった!




 カタナ・ロワイヤル!~十三号番外地秘闘録~・完

 カタナ・ロワイアル!Ⅱ~獄界江戸城血戦~ に続かない


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カタナ・ロワイヤル!~番外地十三号秘闘録~ 南雲麗 @nagumo_rei

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