番外地十三号の終焉
時は再び、獣兵衛が刺突された直後にまで遡る。
番外地十三号と境を接する某藩。
その本拠地である某城は今、時ならぬ騒ぎに襲われていた。
「急げ! 柳生獣兵衛が心臓を刺された!」
「奴が死ぬぞ! 計画は弐号に変更だ!」
赤色灯が回転し、法螺貝が次々と鳴り響く。
数日前から駐留していた幕府の蘭学船が、次々と出撃準備を整えていく。
「出陣よーい!」
「一番、準備よし!」
「二番、準備よし!」
船の中に、次々と足軽たちが乗り込んでいく。
敵は一騎当千とはいかぬまでも、腕利きの剣客どもだ。
用心に用心を重ね、軍勢は万を超える規模を動員していた。
「征くぞ、柳生獣兵衛は絶対に消し飛ばす」
「剣客どもはどうされます」
「葬り去る。刀の時代、その終焉を思い知らせるまで。先刻までは蘭学鉄塊が厄介であったが、獣兵衛が見事に葬り去った。我らに敵なしだ」
一番艦の艦橋で、此度の司令と副官が語り合っていた。
彼らは幕命を帯びた、れっきとした指揮官である。
故に、今一つの幕命も。
「浄瑠璃の者はいかがされます。隠密に密命が下されていたようですが」
「捕らえる。烏の目では、個別の人物までは見切れ得ぬ。地上部隊に張り切ってもらおう」
「はっ」
粛々と、作戦の打ち合わせは進む。
まずは砲撃を浴びせて番外地を更地とし、続いて強行着陸からの地上捜索を行う。
そして最後に周囲の山狩りを行い、徹底的に生き残りを殲滅する腹積もりだった。
「皆の者、時代遅れの剣客どもに鉄量の鉄槌を下すぞ、急げい!」
「応ッッッ!」
幕府軍空中艦隊の士気はいや高い。
彼らの多くは、刀に虐げられていた農民の倅たちである。
彼らは剣客どもへの制裁の時を、今か今かと待ち望んでいた。
***
「幕府軍が来るぞ!」
「怪我人は急いで山へ逃げろ! 誰も責めん!」
「五体満足な奴は前へ来い! ありったけの刀で迎え撃つぞ!」
柳生獣兵衛の放った最期の檄が、番外地の者どもを駆り立てていた。
既に浄瑠璃長唄はいち早く応じた面々に連れ去られた。
しかし剣客どもは、獣兵衛が吠えた意味に感づいていた。
「どうせ俺たちはハナっからこうなる定めだったんだ!」
「幕府のやりそうなこったよなあ!」
「せめて死に花ぐらい咲かせてもらうぜ!」
そう。最初から百金と帯刀の権利は幕府の撒き餌。
真の狙いは剣客の抹殺。
これに気付けぬようでは、馬鹿のそしりは免れ得ない。
故に、即席部隊の士気は異様に高かった。
蘭学船の舳先が射程圏内に入るや否や、数条の刀が空を駆けた。
空間射出刀。剣客の中でも、それなりの上位者が振るう大技だ。しかし。
ドォン! ドゴォン!
幕府の戦艦からも、相応の砲撃が返ってくる。
蘭学砲――最新式の大砲から、次々と砲弾がぶっ放された。
その物量、刀よりもいや多し。その攻勢範囲、刀よりもいや広し。
「ぎいあっ!」
「ぎゃあっ!」
「ぐうっ!」
故に、番外地勢の不利は明白だった。
砲撃そのものの直撃はさることながら、破片や
獣兵衛ならば砲弾を斬るぐらいは些事であろうが、そのような腕前の持ち主はけして多くはなかった。
「持ち堪えろ! 刀で迎撃だ!」
誰かが叫び、剣戟から衝撃波を放つ。
しかし威容を誇る空中戦艦には、さしたる傷もつかない。
舳先を斬った程度で沈むほど、彼らはヤワではなかった。
かくして、剣客どもは衆寡敵せず追い込まれた。
残敵掃討を志して、次々と足軽たちが降下してくる。
足軽とはいうものの、全員が全員蘭学式の武装――最新兵装に身を固めていた。
「死ねぇ!」
「撃て、撃て!」
一発の刀射撃に対し、数発、数十発の弾丸が撃ち返される。
たとえ刀が一人を殺しても、即座に後列が穴を埋める。
物量が技量を圧倒し、幕府軍は次々に状況を平らかにしていった。
「制圧!」
「制圧!」
「状況、可!」
蘭学兵法に基づき声を掛け合い、抵抗する者は射殺する。
諸手を挙げて降伏した者もいるが、そのまま戦艦に連行されてしまう。
戦意を喪失した剣客たちは、次々と山中へ逃げて行った。
「獣兵衛の屍体を確保しました!」
「よし、消し飛ばせ!」
「殿! 江戸表より通信! 『獣兵衛の屍体は江戸へ送れ。【人間工房】預かりとする』とのこと!」
「ぐぬうっ!」
司令官が壁を叩く。可能ならば、こうなる前に獣兵衛を滅ぼしたかった。
しかし叶わない。江戸表からの命令とはすなわち、征夷大将軍からの命である。
逆らうならば、自らの命を代償とせねばならなかった。
「できることなら、我が手で獣兵衛に始末を付けたかった……!」
この司令官もまた、獣兵衛の振る舞いによる犠牲者なのか。
常ならぬ震えとともに、番外地の地平を睨み付けている。
しかし怒りを飲み込んだのか、やがて彼は次なる指令を発した。
「この大地は更地に変えろ! 山狩りは木の一本一本が禿げるまで徹底せよ! 番外地十三号を、地上より抹殺する!」
「ハッ!」
大江戸の世にあって、主命、上官の命令は絶対である。
瓦礫の一つ一つが火に掛けられ、山狩りは残忍を極めた。
洞の一つ一つまでもが洗い出され、最終的には火までもが放たれた。
こうして番外地十三号は、地上より消滅した。
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