第3話

 

 木々に覆われた視界も晴れて目に飛び込んできたのは学校だった。

 森を抜けてついに地面に触れと思いきやまた浮遊感が体を襲った。

 低空だが、それでも俺は空を飛んでいた。真下に長い柵が学校を囲んでいるのが見えた。正門から入るというわけでもなくフジマキは自分の背丈の倍はある柵を女に抱えられたまま飛び越え、学校の敷地内に入る。

 砂埃を立てながらずざざざざと地面で勢いを殺していた。

 


「げろ吐きそう」


「お前が日中に来れば今頃ぐっすり寝れてた」

 


 車や飛行機、ジェットコースターですらよってしまうフジマキは移動だけで死屍累々としていた。

 彼女は睡眠時間を奪われたことに腹が立っているのか、抱えていたフジマキを地面に投げ捨てた。フジマキは扱いが雑すぎることに憤る余裕はなかった。



「あ、なんか出そう。おぇぇっ」


「ごめん。次からは優しくする」



 女は全く悪びれる様子もなかった。ゲロを吐いてぐったりするフジマキを無視し彼女は学校の玄関へ向かい、電灯を取り出したようでそこだけが明るくなった。どうやら玄関の鍵を開けているみたいだった。鍵なんか合ってもないようなものなのに律儀なことだ。


 さっきまでの俵抱きにされていた体勢ではじっくりと見られなかったが、やはり身体強化系能力者はその身体能力に見合わない普通の体格をしていた。

 彼女は成人男性の平均身長はあるフジマキよりも少し背が高い。手足もすらりとしていてまるでモデルのようで、野暮ったそうなジャージすらおしゃれに着こなしていた。ボーイッシュに整えられたショートから覗く目はけだるげだが、それですら彼女の美しさを際立たせている。


 扉を開けている姿を見つめているとじっとこちらを睨む彼女と目が合った。



「早く来て」



 怒られてしまった。開かれた扉の中へと入っていく。

 彼女の後を追ってそのまま中へ入ろうとするとぎろりと睨まれた。



「靴、脱いで。それと脱いだ靴は適当な下駄箱に入れて」


「わ、分かった」



 フジマキは慌てて靴を脱いで誰かの使っていた下駄箱に靴を突っ込んだ。

 真夜中だが窓から差し込む月明かりのおかげで学校の内装も少し分かる。廊下はゴミ一つ落ちていないし、土で汚れてもいない。今ある学校はほとんど廃校然とした姿になっているのに比べれば、ここはまだ学校の機能を保てるほど綺麗に清掃されていた。

 

 彼女の手にある電灯の光を頼りに後ろをついて行く。

 フジマキは無警戒に背中を晒す目の前の女を殺そうかという考えが一瞬よぎったがその考えをすぐに振り払った。敵陣のど真ん中でやることではないし、戦闘系の能力者と戦うには背後をとった程度では不意打ちにもならない。

 なによりフジマキをここまで生かさせた勘が素直に従うべきだとささやいていた。


 フジマキと彼女の間に会話はなくただ気まずい静寂だけが残り、四回分の階段を上り少し廊下を歩いたところで彼女は突然立ち止まった。



「ここ。はいって」

 


 彼女は振り向くと、電灯の光をぐるぐるまわしてその理事長室と書かれたプレートを指した。

 フジマキは理事長室にいる人物と今から会おうとしていると考えると急に不安に襲われた。



「今から俺どうなるの?なんか聞いてたりしない?」


「会長はいい人だから何も心配しなくていい。じゃ、おやすみ」


「お、おやすみ。あ!名前教え・・・・・・行っちゃったか」


 

 彼女はフジマキの質問を適当に流すときびすを返してこの学校のどこかへ帰っていく。電灯の光が遠ざかっていった。

 彼女のマイペースさにいい意味で感心しながらもフジマキは気持ちを切り替えて理事長室の扉をノックした。

 


「どうぞ」



 聞こえたのは芯の通ったの少女の声だった。入室の許可が下りたようで、扉を開けるといかにも理事長といった机で大きな革張りの椅子に一人の少女が座っているのが見える。

 

 まるで日本人形のようだとフジマキは思った。漆黒のボブカットに整った目鼻立ち。陶器のような白い肌の上にこの崩壊世界で着る必要もない制服を身にまとっている。

 少女はフジマキと目が合うと淡々と挨拶をする。



「ようこそ聖マリア学園へ。私は天木という物です。無理矢理つれてくる形になってすみません」



 ぺこりと頭を下げられた。

 元の使用者の体格に合わせられたであろう立派な机に小柄な天木の体格ではどうみても不似合いなはずだったが、不思議としっくりきている。

 どこかで見たことがある。そう思ったフジマキは記憶の中を少し探ると突然ある光景が脳裏にフラッシュバックした。

 


『フジマキ君次は23区侵略しますよ』



 人を人とも思わぬ冷たい目。元いたコミュニティの頂点の姿と重なった。体格も顔も何かも違うはずなのにどうして同じに見えるのだ。

 フジマキが動揺していると天木は席を立ちこちらへ近づいてきた。



「あ、あぁ初めまして。俺は藤巻、です」


「藤巻さんですか。遠路はるばるご苦労様です。どうぞそちらへおかけください」



 一瞬呆けていたフジマキは彼女の言うことに従って革張りのソファへ腰掛けると続いて正面に天城が座る。フジマキは机からソファに座るまでの一挙一動に品の良さを感じていた。育ちの良さが出ており、ただの少女にしか見えなかった。


 さっきのは気のせいだったか。彼女の様子をじっと伺っているとその薄い桜色の唇が開いて言葉を発する。



「貴方は戸惑うかもしれませんが、今日貴方がここに来るのも貴方が私と会うことさえ全部決まっていたことなんです」


「それはどういうことですか?」


「予言の能力によるものです。しかし今回ばかりはここの学園にいる者のほとんどにすら教えていないです。ここに元々いた予言の力を持つ能力者がおよそ2年前、私に教えてくれた情報なんです」


「かなり・・・・・・珍しいですね。能力者はたくさん見てきましたが占いなんて初めて聞きました。ちなみにその予言って具体的にどんな内容なんですか?」


「貴方と私の間で嘘をつきたくありません。いずれ私たちにとっていい結果になりますから今は聞かないでくれるとありがたいです」


「貴方と私の間って俺はあんたのことなんて何も知らないぞ。それも予言で決まっていることなのか?」


「もう一度言います。内容は聞かないでください。それとも私の言うことを信用出来ないんですか?」


「い、いや、そんなことは言っていない!俺はただ少し気になって」



 天木の言葉には圧があった。にこやかな笑顔を添えた会話の裏にどういった意図があるかも分からない。小物くさい会話をしてしまう自分にフジマキは嫌気がさした。そもそも初対面で信用ってなんなんだ。

 しかしフジマキは目の前の小さな少女の皮膚の下にはとんでもない化け物がうごめいていることをそれとなく感じていたせいか、下手に出るしかなかった。


 

「すみません。少し出過ぎたまねをしました」


「いえ、気にしないでください。それに貴方が予言の内容を聞いても聞かなくても述べられた未来は変わりません。貴方は私のそばでじっとしているだけでいいんです。分かりましたか?」


「・・・・・・はい」



 天木は普通に話しているだけなのに、フジマキは有無さえ言えなくなっていた。

 予言の能力について気になることはたくさんあったが深くは聞かないことにし話を切り上げてもらった。あと数時間もしないうちに朝日は昇るが、寝ることを勧められ寝室へと案内される。

 学校に隣接される寮だったが例外なく消失の起きたここでも部屋はたくさん余っているらしく天木の隣の部屋へ案内された。

 予言の能力はやはり本当のようで、フジマキの寝室はホテルのようにきちんと綺麗に清掃されて、ベッドメイキングまでされていた。

 生活水準の高さに感心していると、案内を終えて自分の部屋に戻ろうとした天木が、そうだ、と何かを思い出したかのように足を止めた。

 


「藤巻くん。言い忘れていましたがここは女子校です。男がここに来ること自体秘密だったので、明日貴方を紹介するつもりです。男嫌いに方も多いので気をつけてくださいね」



 そのどう考えても初めに言って欲しいことを今更言われたフジマキは深く考えることは辞めてとりあえず寝ることにした。 

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この世界は割と崩壊してる 畑男 @hatagensuke

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