第2話
時は深夜。今の世界ではもちろん電気なんて供給されないので一寸先も闇だ。フジマキはこそこそと闇に包まれた掛川町を歩いていた。
なぜ移動に適さない時間帯に行動を始めたのか。それは昼に本屋であった男達のせいである。フジマキに敵対心が有り余っていた様子だったのでぜったいにかちあわない様に夜に移動を開始したわけである。さすがに正体不明の野良ネズミ一匹を追い続けても向こうからすれば何の益もないはずだ。
記憶の掛川町マップを頼りに山のある方へ歩を進めていく。さすがにさっきの様な奴らが見回りをするにしても、何かしら明かりになる物は持っているだろう。それさえ気づけば影にまた潜めばよい。
しかしここに住もうかと考えていたがあの敵対的な様子を見るとこの町も抜ける必要がありそうだ。多少の食糧を山で確保するだけにしよう。
暗がりの中を1,2時間くらい歩いてようやく山に着いた。ここにたどり着くまでの坂道で足腰が悲鳴を上げている。早めに休める場所を見つけて切り上げたい。その思いで影から出ても誰も見えない場所で潜もうと思い、山の茂みを目指して一歩を踏み出そうとした。
「いてッ」
フジマキのつま先が硬い何かにぶつかる。石にでもぶつかったのだろうか。もう一度前へ進もうとするも足下だけでなく前方を阻まれた。
壁。見えないしジャンプして高い位置を触ってみても阻まれる。
この異常な壁は間違いなく何らかの能力に違いない。
規模や限界を調べるためにその壁を伝うように手で触れながら歩いて行く。しばらく歩いて分かったことはかなり広範囲にこの見えない壁が張られているということだ。
ここは本屋にいたやつらの本拠地なのか。逃げていたつもりが敵地に向かっていたのか?曖昧な情報をとりのぞいても残る事実はこれほど広範囲の壁を貼れる高位の能力者がいるということだ。それも高位の能力者のなかでも数段は上を行くほどに。
くわばらくわばら。能力は精神と呼応する。この規模を維持するのは能力だけじゃなく、化け物染みた精神の持ち主だろう。
早急にここから離れるべきだ。フジマキの本能はそう体に訴えかけた。
「ちょっと待って」
山に背を向きまた町へ途方もない距離を歩こうとすると、後ろからフジマキを呼び止める声が聞こえた。
しかし後ろを振り返っても、フジマキの視界には誰もいない。
「こっちに来て。天木先輩が呼んでるから」
またけだるげな女の声が山の方から聞こえてきた。
やられた。まさか障壁の設置に加えて内部の不可視化とは想像もつかなかった。
しかもこの深夜に移動していたフジマキの存在に気づいているらしい。壁に触れない方がよかったか?それともずっと監視されていたのか?壁の向こう側の声の主は本屋であった男達の仲間なのか?フジマキの脳内は疑問で埋め尽くされる。
田舎だとなめていたがコミュニティのレベルが格段に違う。
応じてくれるか分からないがフジマキは対話を試みた。
「あんた、一体何なんだ?昼間の本屋でも俺を狙ってたみたいだし。見ての通り俺はあまり渡せるものもない。どうか見逃してくれないだろうか」
「本屋?あぁ下の奴らか。別に心配しなくていいよ。この山より下に住んでいるやつは全員雑魚。たぶん警察ごっこでもしてるんだよ」
「じゃああんたは何者だ?俺を呼び止めて世間話でもしようってのか?」
「うーん、説明かぁ。だるいなぁ。長いからあとで会長にでもしてもらってね」
声の主がそう言い切ったとき、本能的に危険を察知した。この話の区切り方は考えることを放棄してとりあえず殴って話を聞かせるやつに似ている。
逃げようと走り出したが10メートルも走る事はなかった。背後から伸びてきた腕が服の裾を捉えられる。
フジマキはここで止まるのが一番よくないと判断し、それを振り切ろうと突き飛そうとする。
だがびくともしなかった。まるで巨大な岩を押しているかのようだ。
「行くよ」
ぼそりと壁の向こう側からきた女はそう言うとフジマキを軽々と持ち上げられて俵抱きにする。
どれほどのものか分からないが身体強化系の能力者だろう。たとえ影に潜んでも交代で出待ちされるだけで不利だし、こういう身体能力お化けは突き詰めれば気合いで銃弾すら避けるほど化け物じみている。
余計な抵抗をしてもこの状態じゃあ軽く力を入れられるだけで背骨がポキリだ。
おとなしく連行されるべきだ。警戒の浅いフジマキが悪かった、それだけだ。
フジマキが腕の中で暴れるのを辞めて諦めた様子を見ると、ずんずんと山の方へ向かっていく。衝撃に少し備えるも最初にぶつかった壁は存在しなくなっていた。予想通りだがこの壁の能力は少し便利すぎやしないだろうか。
「あのーこの持ち方内臓が圧迫されて苦しいんで変えてもらえますか?」
「あっそう。舌かまないでね」
「えっ、ちょっ」
フジマキの苦情を適当に流すと彼女は亀裂を走らせるほどに強く地面を踏みしめて第一歩を踏み出した。フジマキ視界が葉っぱで覆われる。やけに浮遊感がすると思えば、木の枝を踏んで移動するという漫画でしか見たことのない荒技をやってのけていた。
暗闇の中で彼女の息づかいだけが聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます