第1話



「おぅおーおぅおー。ラブだぜーるるるー」




 本にかぶった埃を払いながら山でのサバイバル関連の本を探す。ご機嫌なフジマキは本来持って行くつもりのなかった本をどんどん影に突っ込んでいった。


 影に突っ込む。奇妙な表現だが比喩だというわけでもない。フジマキには三年前のあの日からそういう能力が備わっただけだ。


 この世界からほとんどの人間が消えた日。なぜ人類が消えたのか。どうやって消えたのかと言うことは三年たった今でも誰も分かっていない。ただ三年前のあの日、人類は各地に突如現れた巨大な光源が迫ってくるのをじっと見つめるのみだった。


 嘆くことも祈ることも許されない。次の瞬間どうなるかだなんて考える暇もなかった。


 あっけなく人類は滅亡したのだった。


 次に目が覚めた時に生き残っていた人類は、死ぬ前に強い願いを持った者達だった。その強く願い生き残った物全員に共通して言えるのが、超常的な能力に目覚めた事だ。 


 例えば、スマホ廃人はスマホの電気が切れかけていて死ぬ間際に充電しておけばと思ったらしく、次に目が覚めた時には発電能力が備わっていたそうだ。他にも喉が渇いていたら水生成能力だとか。


 フジマキは巨大な光源が迫ってくる中必死に逃げようとして部屋にある物をポケットに物を詰め込もうとした。でも、入りきらないものが多くその時にもっと物が入ればいいのにと思った。

 すると次に目が覚めた時にはするりと影に物が入るようになったのだった。


 割と便利な能力だが、サポート系の能力者は基本戦闘系の奴隷だ。それも東京を抜け出した理由の一つだったりする。




「それはー天をもーーッ」




 人類が滅亡する前にはやっていた曲を口ずさむ。東京から抜け出す前は発電系の能力者にお願いして音楽プレーヤーに充電してもらっていた。今となってはただのかさばるものだが、また充電出来ればこのあやふやな歌詞もまともになるだろう。


 歌もサビに入ろうとしたとき、本屋に似つかわしくない足音が聞こえてきた。本棚にぶつかったのか、ドサドサと本が落ちる音が聞こえる。歌うのを辞めて本棚で体を隠すように身を寄せた。どうやら来客の目的は本じゃなさそうだ。


 友好的なら少し話して食料でも分けてもらおうかと考えたが、どことなく不穏な空気を感じ影の中へ倒れ込む様にどぷりと沈んだ。視界が黒に染まる。文字通りの暗闇の中で俺は息を潜めた。




「おい!誰かいたか?!」


「いませんでした!」




 どたばたと騒がしい足音だ。声から判断すると中年のおっさんと若い男だろうか。2人1ペアで行動しているのだろう。フジマキの存在にすぐに気づくあたり、監視系統の能力者がいてかなり統率されたコミュニティなのかもしれない。


 しかしこの2人組の様子はフジマキの存在に気づいていたとしても、歓迎しているわけではなさそうだった。


 しばらく本屋の中をぐるぐると小走りで探していたみたいだ。おっさんの方はもう息が上がっている。入り口の扉以外に変化はないので、向こうからすれば完全な密室から消えている様に見えるだろう。




「出た形跡もないですし絶対ここにいるはずです。平田さん、どうします?得体の知れない能力ですよ」


「透明化かもしれん。山岡下がっておけ、まとめて吹き飛ばす」


「ちょ、平田さん現場を」




 野太い中年の声と焦る若い男の声が聞こえた次の瞬間。轟音。窓のガラスの割れる音と、本棚同士がぶつかり本があちこちにぶつかる音が聞こえた。まるで台風の日が通っている様な強い風切り音がこの密室で暴れていた。




「ん?山岡、何か言ったか?」


「はぁ、何もないです。たぶん逃げられちゃいましたね。おかしな軌道を描いている物もありませんでしたし」


「うーん透明化でなければテレポートだろうな。碇山さんにはそう報告しとくか。」




 話が終わるとまたドタバタとせわしなく走る音が聞こえた。


 能力者同士で接敵した時に一番大事なのは想像力だ。既存のデータベースに当てはめていると痛い目に遭うのが関の山だ。


 タイミングを見計らってぬるりと影から出ようとしたフジマキは真上にあった本棚に頭をぶつけて数分もだえることとなった。

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