お江戸あゝキテレツ源内さん

霧海戴樹

第1話 日本初のコピーライター?

ミーンミーンとけたゝましく鳴く蝉の声を聞きながら汗水流してダラダラ歩く男が一人。


「夏は暑い、暑くてしんどい…食欲が出ない…もう力も出ない…」


お江戸は夏真っ盛り。

そんな暑さの中でもジュージューと熱い火の元で鰻屋は今日も元気に鰻を焼いているのだった。

通りかかった男を見つけると、お客だお客だよってらっしゃいと声をかけた。

「お客さん、どうだい? 鰻! 美味しいよー」

ダラダラ汗が止まらない男は元気な鰻屋とジュージュー香ばしく、しかし熱い鰻を見て後ずさり。

「…嫌だね、鰻屋さん。こちとら暑すぎて食欲もわかないよ…また今度…そうだね、涼しくなった頃にでも 食べに来たいねえ…もっとも、それまで元気でいられるかって話だがね~」

ああ暑い暑いと男は手で扇ぎながら、ついでに「しっし」と追い返すような素振り付きだ。

「...へい、では涼しくなった頃にでも食べに来てくださいなっ! 」

 これじゃあ商売あがったりだよ全く。

どうしたもんかね~と鰻屋はカンカン照りの空を見上げるのであった。


鰻を食べる習慣が一般にも広まったのは1700年代後半の江戸時代。 当時も暑さで食欲不振いわゆる「夏バテ」にやられたのか、鰻屋さんだけでは無いでしょうが、とにかく鰻 が売れない。「鰻」一筋鰻屋さんは商売あがったり。困り果ててしまいます。 そんな中、意外な救世主が現れたのです。


「やっほーい! 元気かーい? 鰻屋の旦那ー! 今日もイケメンだねー 」


ひょうきんな声と共に凄まじいスピードで鰻屋の前をサーッと何かに乗った男が走り去り、鰻屋が言葉を返す前に何かに衝突した様な音が帰ってきた。ため息を一つ。


…まぁた、このお人は。

今度は一体何を作って、何しでかしたのさね?

とりあえず先でひっくり返っている男に声をかけた。


「茶化すんじゃないよ源内さん! ああ…派手にすっ転んでからに。なんだいあのヘンテコな乗り物は? こう、 ビューンって行っちまったって源内さああん!!」

はて今日は「源内さん」でいいのかね?と鰻屋は一度頭をひねるのだった。

平賀源内。

もう、いろんな事をやっているお方です。 本草学(ほんぞうがく)、地質学(ちしつがく)、蘭学(らんがく)、医者に殖産事業、偽作者、浄瑠璃作者、 俳人、発明家と一体どんなスーパーマンだったのでしょうか。 職ごとに名前を変えていたようで、通称「源内さん」。たまーに、きゅうけいさんとか呼び名も様々。

「今日はー発明家ーの源内ーだーよー!」

「おや、帰ってきた。ちょっと源内さん、鰻食べていかないかい? 美味しいよー」

「食べる食べるー! うなぎは栄養があるからなーよきかなよきかなー」


変な乗り物に乗り直すと、鰻屋へ向かってきた源内さんだったが、制御がイマイチ出来ないのかまた走り去ってしまった。

「ちょっそのへんてこな乗り物乗るか、降りて鰻食べるかどっちかにしておくれよ!!全く」

そうだそうだと引き返してきてそのへんてこな乗り物から降りると爽やかに手拭いで汗を拭う。

「ふう、風が気持ちよかった」

「走り屋でも新しく始めたのかい?」


「鰻屋さーん、これ以上僕は何か始めたらもう頭パーンってなっちまうよ、いや、そりゃやってみたいよ?いろんな事をさ! でも体と頭が足りないよね手足も足りないよね!」


「...源内さんはアレだね、夏に食欲無くしちゃうとかそういうのとは無縁そうだよね」


「なんだい、鰻屋さんは夏バテなうかい?」


「ちょっと言葉がわかんないけど...そうさね、夏の暑さに客がやられてんのよって聞いてるかい?」


そうやって小言と一緒に源内さんに焼きたての鰻とご飯を出した。


「へーほー、ふ~ん聞いてますよって、おー今日も美味しそうだねぇー!いただきます」

「はいどうぞ召し上がれ」

「もぐもぐもぐもぐ…へ、きゃふがふなひてひょうばふあふぁふと」

「…汚いねー食べるか喋るかどっちかにしておくれよ」


「客が来なくて商売あがったりだよーーーーー!!!!」

「声がデカイよ! そうだよ客が来なくて困ってんだよ! !!!」

「もぐ…鰻屋さんだって声でかいじゃないか!そうさね、看板出してみたらどうかね?」

「急にまともな事をって看板? 出てるよ「鰻屋」って」

「違う違う、煽り文句っていうのかね、こう…鰻食べたーい! って思うような事を書いて看板に出すの さ」

「はー、やっぱり考える事が違うや源内さんは」

「で、適当にほら、今日は何の日だい?」

「土用の丑の日さね」

「こういうのはどうかね? 「本日丑の日、土用の丑の日うなぎの日、食すれば夏負けすること無し」こ れを店先にたてとけば...あとはなるようになるんじゃあないか?」


はぁーなるほど、そりゃ面白い。と鰻屋はもぐもぐと鰻を食べ続ける源内さんをまじまじと見た。やっぱりこのお人は考えることが違うな、と。

「試して見る価値はありそうだねー、しかし「食すれば夏負けすることなし」ってーのは、お医者さまと しての見解かい?」

「いや? 単に僕が鰻食べたら元気になるから」

「ほんとーに適当だねぇ!」


なーんて、やり取りがあったのかなかったのか。 後日、この看板を見たお客が殺到。鰻屋さんは大繁盛したようで、他のうなぎ屋さんも俺も私もと、真似をし たのだとか。

「本日丑の日」は日本初のコピーライティング...とも言われているそうですよ。



「ぬかった。特許出願しておくべきたったなあー!」


あちゃー!と舌を出してひょうきんな顔をしている源内さんを見て、たまたま居合わせたお客と鰻屋は顔を合わせた。


「源内さんがまたわけのわからない事を話してるよ」

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お江戸あゝキテレツ源内さん 霧海戴樹 @taiki_mukai

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