055「ずっと思っていたこと、いいか?」「相方はあたしじゃなくちゃ」
二週間前。
僕らは改めて四人で集合した。場所は『喫茶
先に席についていた悠川は僕らを出迎えると、コーヒーの準備のためにカウンターの中へ向かった。その直後、祭間さんが、
「人探し、協力することにした」
単刀直入に言った。なんとも話が早い。
「ただし、条件がある」
「なんだ?」
そう訊き返したのは峰岸だ。祭間さんの視線が峰岸へと向いた。
「峰岸さん、だっけ。アンタは外れてくれない?」
祭間さんの目つきは鋭かった。明らかな敵意というか、攻撃的な視線で峰岸を睨んでいた。どうも分からないな、というのが正直なところだ。たぶん峰岸も同じだろう。
お願いしている身分でなんだが、「ナンパ大作戦」もとい「びちこ捜索大作戦」の主導権はこちらに、つまるところ僕と峰岸にあると考えていた。峰岸と僕の共同戦線、そこだけは揺るがないと思っていたわけだが、祭間さんはその前提を覆す条件を提示した。
網膜が焼き切れるほどの明るさがウリの峰岸も、この時ばかりは眉を顰めた。
「なんでそうなるんだよ。納得いかねーな」
峰岸がそう言うと、祭間さんは腕組みをして、小さくため息をついた後で、
「理由は単純」
一呼吸おいて、言った。
「峰岸さんの目とか、表情とか、なんか、全部がキモい。最初に会ったときのテンションが無理だった。鼻息は荒いし、下心が透けすぎだし、ガチ恐怖。アンタとウチのミチを関わらせたらマズイと思った。なんか、この協力体制とかを利用してミチが手ぇ出されたら最悪だし、そういうリスクは……リスクっていうか、ほぼ確定した最悪の未来だけは阻止しないと、と思った。あと──」
祭間さんの言葉を遮るように、峰岸の右手が、スッっと前に出た。
それから、峰岸の視線が僕に向いた。
「どうしよう、
「親友として言わせてくれ。祭間さんが正しい」
そこで悠川がコーヒーカップの乗ったトレイを持って戻ってきた。祭間さんと僕の手元にカップを置く。その後で、峰岸の手元にも。ああ、悠川は聖人だな。峰岸という女性の天敵にまでコーヒーをお恵みくださるなんて。
「あやめとね、少し相談したの」
悠川が四つ目のコーヒーカップを自分の手元に置きながら、言う。静かな店内の中に、カン、とコーヒーカップとソーサーが擦れる音が響いた。
「先輩が探しているその人、やっぱりウチの高校にはいなさそうで……というか、やっぱり『セーラー服』ってヒントひとつじゃ見つけられなくて。だから、探すなら一緒にやってほしいの。たとえば、放課後とか」
「まあ……それは、そうか」
想定内というか、至極真っ当な返答だった。
「ありがとう。僕としては願ってもないことだ。ぜひ、協力してほしい。もちろん、峰岸抜きで」
「陽平。『峰岸抜き』の部分にアクセントを置きすぎだ」
峰岸が不服そうにツッコミを入れた。軽めの冗談を織り交ぜたつもりだったが、想像以上にへこんでいてちょっと可哀想だった。こいつ、意外とナイーブで可愛いな。
とにかく、悠川たちが協力してくれるなら万全の体制だ。一緒にいる時にびちこを見つけられたら、そして彼女が常盤北の生徒であることが確定したら、あとはクラスや名前、所属している部活動など芋づる式に情報を掴むことができる。
本音を言えば……ああは言ったものの、峰岸がいないのは少し心細い。悠川はさておき、祭間さんとはほぼ面識がないわけだし。峰岸がそこにいれば、なんとなく居心地の悪さが希釈されると思ったんだけど──
と、考えていた矢先に、祭間さんが口を開いた。
「あと、バイトで忙しいから、ウチもパス」
「え?」
ほぼ無意識で、視線が少し右にズレる。悠川と目が合った。
「
***
現在。悠川との「びちこ捜索大作戦」は今日も行われている。
『喫茶 某時刻』に集合して、行き先を決めてから、二人で夜道の散歩。この二週間のうちに、びちことゼロ回目の出会いをしたタバコ屋にも行ったし、一回目の出会いをした「なぎさ公園」へも行った。それでも“二回目”は叶わなかったから、「今日はどこへ行こうか」を合言葉に、毎日いろんな場所を訪れる。
高校生が行きそうなところ。カラオケボックスや、駅前の商業施設。イートインスペース付きのコンビニエンスストア、雑誌コーナーが充実しているスーパーや、店外から犬や猫を見ることができるペットショップ。映画館、アイスクリーム屋。たまには足を伸ばして、何個か先の駅まで。
今日はどこへ。今日は、大きな川沿いを二人で歩く。
「なあ、悠川」
数メートル先を行く悠川の背中に話しかける。彼女は後ろ手を組んで、足を止めることなく「んー?」と相槌を打った。
「ずっと思ってたこと言っていいか?」
その質問に、悠川は無言だった。前を向いたまま、頭がほんの少し下がる動きが見えた。
「なんか、いつのまにか『散歩クラブ』みたいになってるよな」
「あはっ」と悠川は吹き出した。「気づいちゃいました? あたしもそれ、思ってました」
だよな、と笑いかける。
「最初は、人探しのはずでしたけど」
「いや、今も人探しのつもりではあるんだけど。こう、毎日散歩するだけして、結局見つからないとな」
「目的を見失っちゃいますよね。わかります」
悠川のその言葉は、僕の脳を大きく揺らした。
目的を見失う──なんてことはない。僕は一貫して、びちこに出会いたいと思っている。だからこうして、毎日、彼女を探しているのだ。
そんな僕のエゴに、悠川を付き合わせてしまっている。その自覚はある。
「本当に助かるよ」
と声をかけると、
「なにがですか?」
と悠川は聞く。
「ほら。毎晩、一人で街中をウロウロしてたら不審者として通報されるのがオチだ。ところがびっくり、二人だと一気に不審者感は霧散する。悠川の存在はデカいよ」
「あはっ。先輩を職質から守れるなんて、光栄ですなあ」
悠川の視線が足元に落ちる。そして深く息を吸い込んだ後で、天を仰いで、
「やっぱ、先輩の相方はあたしじゃなくちゃなあ」
なんて、冗談めかして笑う悠川の声が、夜空に消えていく。
悠川が振り返って、目が合う。彼女の背景に、遠く、高架線が川を跨いでいた。
その右奥から左へ、電車が走っていくのが見えた。
「目的なんて────ですけどね、あたしは」
川の上を高架鉄道が通り過ぎていく。
その轟音が僕らのいるところまで響いて、悠川の言葉がかき消された。
それは、もしかしたら冗談の追撃だったのかもしれないけど。
あるいは、聞き間違えだったのかもしれないけど。
けれどもしも僕の聴覚が捕らえた言葉通りで、意味通りの発言だったとしたら、
「悠川。あのさ、」
ここらで、彼女に言わなきゃいけないことがある気がした。
***
俺、あんまムズいことは考えず。故に俺あり、ってのがモットーよ。
たとえばさ、急にドチャクソ可愛い女子から呼び出されたとしようや。そこで凡人が考えることって言ったら「俺、告白されんじゃね?」だろうよ。まーまー、その浅ましい考えを否定するつもりはねえぜ。けどよ、もう一歩踏み込んで想像してみようや。それが思い上がりだったら? 相当、恥ずかしいよな。だからリスクヘッジ。なにも考えねえ。これで不用意に傷つくっちゅうことは無くなるわけ。
そういうわけでさ、考えねえ。なにも。この状況だって。
夜七時。とっくに生徒もいねえ常磐北高の正門前に俺は来ている。なぜって、突然の呼び出しをくらったから、だ。
「あーあー、どうも。来てくれてありがとうございますね。峰岸さん」
誰に? まさかの相手に──祭間あやめに、だ。
「で? なんか用件?」
訊くと、祭間あやめは腰に手を置いて、首を傾げた。
「いやいや、分かるでしょ。エロいことしか考えてなさそーなアンタでも、流石に察してくれてると思ってるよ、ウチの魂胆」
「? さてな。わからねえよ、なにも」
「そーゆーの、いいから。だって、不自然っしょ。ウチはアンタをキモいって拒絶した、なのに『また二人っきりになってください』って、これフツーに裏があるって考えるのがナチュラルでしょ」
「その辺まではまあ合点がいくが、『はて、その心は?』と訊かれちゃうと、なんも思い浮かばねーな。なんだろうな、あれかな。おもしれーマンガを見つけたから誰かに話したくてしゃーなかったとか」
「それならSNSで呟くっての。……え、マジで分かんないの? それともアホのフリ?」
ただの思考停止さ、と胸中で呟く。
「まあ、いいや。あんね、ちょーっと童貞狐こと峰岸さんに、協力してほしいことがあるンすわ」
祭間あやめの強気な表情、痺れるね。最低最悪の愛称にも拍手喝采だよ。ならば、ここは緊張感あるムードをぶち壊さねーように、
「その前に、ひとつ誤解を解いておこうと思うんだが」
それっぽぉく、不敵な笑みでも浮かべといてやんよ。
「俺、バリバリ彼女持ちだかんな?」
***
【あとがき】
みなさま、良いお年を。
次の更新予定
毎週 水曜日 07:00 予定は変更される可能性があります
「3回会えたらシようよ私と」「あ、おう。は?」 永原はる @_u_lala_
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