とある能力者の最高についていない日

未結式

第1話 とある超能力者の最高についていない日

 予知――未来に起きることがみえること。



 暗い穴の底を覗きこんでいた。

 だが、いくら目を凝らしても、この奈落にまで続く穴の底は見えはしない。

 この穴に落ちると戻っては来られない、初めて見る場所だがなんとなくわかる。

 そう思うと急に背筋が凍るような錯覚に襲われた。蛙が蛇に睨まれたらこんな感じなのかもしれない。

 逃げようよ――本能が理性に訴えかける。

 異論はない――理性も本能に肯定する。

 が、まるで足が地面に縫いつけられたように動かなかった。

 怖い、怖い、怖い。増幅していく恐怖を吸収しているかのように、この奈落の穴の闇は深くなっていく。

 しかし、その黒い穴のなかにただ一点、白い物体が漂っている。

 遠くにあるはずなのに、その物体が何かは分かった。

 あれは……人だ。白い服を着た人だ。

 しかもその人には見覚えがあった。

 真っ白なワンピースに身を包んだその人物は――自分の愛してやまない姉であった。


 ピピピというアラーム音に苛立ちの感じながら、ベッドから起き上がる。

 ……自分でセットしておきながらいつも不快に感じちゃうんだよなーこの音。二度寝したくなる。

 っと、こんなことをしている場合ではない。俺にはやるべきことがある。

 自室を急いで出て、踏むたびに唸り声挙げる木造建築の階段を駆け下りると、

「あら~おはよう、礼夢(れむ)」

 やたらでかいごみ袋を携えた俺の姉、夢乃未来と鉢合わせする。

「今からごみ捨ててくるわ~お留守番お願い~」

 姉はいつもと同じ、無邪気な笑顔を浮かべている。見ている人全員を安心させる笑顔だ。

 だが、いつもは心の底から俺を癒してくれる笑顔も、効果がない。ひとえに今さっきみた夢のせいであろう。

「姉さん、俺が行くよ」

姉を行かせてはならない、と俺の第六感あたりがそう言っている。

「ありがと~でも大丈夫よ~」

「いや、俺が行くよ」

というやりとりの後、半ば強引にごみ袋に奪い、

「じゃあ、行ってきます」

 玄関に向かって駆け出した、そのとき。

 大きな音ともに、地に足がつかなくなり、見ている景色が下降した。

 「礼夢~大丈夫~」

 即座に姉さんの不安そうな声が聞こえてきた。

……何が起きた?

 状況確認。

 俺の家は大工だったじいちゃんが作った、化石認定されてもおかしくないレベルのボロ……古さをもつ、木造二階建ての家。

 その古さは、家のどこを触っても、ギィギィとモンスターの鳴き声のような音を出す状態。

 そんな家でそれなりの重さのあるでかいごみ袋を持って、勢いよく走りだすと――廊下が抜けることは容易に想像できる。

 ……今、俺は廊下から上半身だけ突き出ている。ど根性タケノコみたいになっている。

 あ――。

 あ――――。

 ここでさっき見たみた夢を思い出す。

 それは、最愛の姉さんが奈落の落とし穴に落ちる夢……今思えば、ものすごく抽象的な夢。

「……さっきの穴ってこれのことか」

 今まで必死に現実になるのを阻止しようとしていた緊張感が解け、一気に虚脱感に陥る。廊下に突き刺さったまま。



 自己紹介が遅れたのでここでさせていただく。

 俺の名前は夢乃礼夢。

 予知と呼ばれる能力を持った、いわば超能力者である。



「いってきます」

 姉さんの手によって奈落の穴(笑)から救出され、今度こそ、ごみ捨てに出動する。

 ここ数日の降り続けていた雨も上がり、太陽が照り付けている。

 いたるところから聞こえる小鳥のさえずりが心地よい。

 住宅街に植え付けられた木々の間から差し込む木漏れ日が、まだ残っている水たまりに反射し、輝いている。

 朝あんなことがあったが――敢えて言おう!

 爽やかな朝であると!

 今思えば、俺があの穴に落ちたのも、姉さんを助けるための結果に過ぎない。最愛の姉をあの穴から救ったのだ、むしろ誇りに思う。

 ……いつもは役に立たない予知も今回は役に立った。

 勘違いしている人もしれないが、この予知という能力、はっきり言ってほとんど使えない。

 俺も初めは宝くじの当選番号とか予知できないかなーとか考えたが、そんなことはなかった。

 まずこの能力、自由に使えない。発動条件が決まっている。

 それは寝ているとき時にみる、あるいは、

「……ヅッ!」

 ……今のように偏頭痛に襲われたときの二通りである。

 ちなみに今みたのは、周囲を飛び回っている鳥に糞を落とされる予知だった。

 ……ちょっと立ち止まっておこう。

 と、立ち止まった矢先、目の前に白い糞が落ちてきた。

 今回も奇跡的に役に立ったが、いつもはこんなに都合よく予知できることはない。大体くだらないものがみえる。(今までで一番下らなかったのは、友達が巨大なねりけしを作る予知だった)

 とりあえず危険は回避したので、ごみ捨て場に再び向かうとしよう。

 そして、この能力の最大の欠点がある、それは

 すると急に、スピードの出た車がすぐ横を通り過ぎた。

 しかも水たまりの上を。

 ……俺の右半身が濡れた。

 これも予知できたらよかったのに。心の底からそう思う。

 これがこの能力の最大の欠点、実はこの予知、最大一分後までの未来しか予知できないのだ。

 糞が落ちてくることが予知できたのは、偏頭痛が起きてから一分以内の出来事だったから、この右半身が濡れる出来事は偏頭痛から一分以上たった未来だったから予知できなかったのである。

 しかも、予知の内容は抽象的だったり、具体的だったり。

 ……ま、こんな感じでいまいち使えない能力なのだが、何らかの害を被ったことは一度もない。そこそこ幸福な人生をおくっている。

 が、そのそこそこ幸福な人生の中、右半身を濡らした今日という日を、「……ついてないな」

 お世辞にも爽やかな朝とは呼べなくなった。

 半身に不快感を覚えながら、ごみ捨てという任務を終え、帰路に就く。さっさと着替えたいしね。

 そう思い、踵を返した瞬間。

「ヅッ!」

 偏頭痛。

 燃え上がる爆炎、炎に包まれる街の予知。

 二度あることは三度あるって言葉あったね、忘れてた。



 家とは反対方向の道に走る。

 そういえば、予知には自分の足で一分以内に移動できる場所の予知もできたな、最近なかったからね、忘れてた。

 さっきの鳥のフンの予知よりはっきりとみえた。

 予知説明。

 一・ごみ捨て場から走ると大通り。そこにあるガソリンスタンド。

 二・朝っぱらやけ酒をあおって、車を運転しているおっさん登場。

 三・おっさん、手元、足元狂う。加速。

 四・スタンドに突っ込む車。

 五・漏れ出すガソリン。

 六、突っ込んで壊れたフロントのライトがショート。

 七、ガソリンに引火、大爆発。

 QED、証明終わり。

 ――。

 ――――。

 ――――――。

 ……今まで見た予知の中でぶっちぎりでやばい。

 とりあえずこの事実を知ってるのは俺だけ。

 止められるのも俺だけ。

 極めつけの制限時間一分。

 どんな無理ゲー?

 落ち着け、素数を数えて打開策を考えよう。

 二、四、六……あ、これ偶数だ。

 走っているから、酸素が脳にいきわたらずに頭がまわらない。

 もうすぐスタンドか。

 ……打開策が一個しか思いつかなかった。

 ここで、走るスピードを上げる。

 角を曲がって大通りに出る。スタンドと予知で見た車を視認。

向かいの道路から車が飛び出してきた。

 今にもスタンドに突っ込もうとしている。

「間に合えっ!」

俺はさらに加速し、車の前に飛び出した。

 運転手のおっさんが息をのむ顔が見えたのと、けたたましブレーキ音が聞こえたのは同時。

 直後、世界暗転。

 地面に叩きつけられ、衝撃が全身を駆け巡ったが、すぐに何も感じなくなっていく。

 うっすら見える景色に赤色はない。

 自分の周りに人影が集まってきた。

 どうやら、大参事にはならなかったようだ。

 運転手のおっさんは飲酒運転で起訴されるだろうが、罪の戒めとして受け入れてくれ。

 どんどん体の感覚がなくなっていく。

 まるで、暗く、底のない穴に落下していくような恐怖感。

 人が死ぬときって何の痛みも感じなくなるって聞いたことあるけど、本当にそうなのかもな。

 姉さん、そしてお世話になった方々。

 ごめんなさい。

 これしか、思いつかなかったんです。

 最後に言わせてほしい。

 今日は、ついてなかったけど。

 総じて、幸福な人生だった。

 ――ここで俺の意識はまどろみに落ちていった。


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