蛍のかがやき
影神
ヒカリ
昔は沢山の蛍が居た。
こんな時季になると、
暗い夜道には沢山の蛍が
明かりを灯してくれた。
水質汚染や、環境破壊により、
その数は劇的に減って行った。
今や自ら繁殖する事自体も、
難しく、困難な状態にある。
「蛍、、
もう一度見たかったな、、」
そう、病室に横たわる私の大好きな人は、
歳を取り、シワが増え、体力も衰えてしまい、
誰かの支えが無くては、何も出来ない。
一人で生きていくと言う事が、
当たり前に、
出来なくなってしまった。
昼間は暑く、軽く30℃を超え、
夜は肌寒いと言う変な気候だ。
晴れたり、晴れなかったり。
曇りのまま湿度だけ高かったり、、
「中途半端だな、、」
私達の様な老体にはキツい。
今の大人達の様に、気候も、天気も、
どっちにも寄らず、あやふやだ。
周りに流され、人と違う事に恐れをなし、
人としての常識や、人としての尊厳を見失い、
終いには人様を追い詰め、貶し、脅し、殺す。
昔の人は良く言った。
「目の前の幸せは、
全てが決して。当たり前等ではなく、
全てが複数の奇跡の上で成り立っている。
空が綺麗だったり、緑が美しかったり、
水が美味しかったり、人並みに生きれたり、
それら全てが恵みであり、
それら全てが豊かさである。
己の目で見えるモノは、
全てが自らの鏡写しであり、
自分を見ている事と変わらない。」
と。
蛍の、あの。温かさや、あの煌めきを、
蛍の命の儚さを、感じられないのは、
今の私達には存在しないナニカが、
もう。何処にも無いからなのかもしれない。
だから彼女は、最後に蛍を求めたのだろうか、、
私は蛍を探した、
山の中や、綺麗な川。
田舎の有名な蛍が居る場所。
だが、蛍は居なかった、、
彼女には来年はない。
医者からそう、言われた。
世間のウィルスにより、
感染した場合。合併症を引き起こし、
持病が悪化するかも知れないし、
免疫力が低下している身体では、
かからずとも今年で限界だそうだ、、
「蛍。」
その日は朝早くから家を出た。
すごく蒸していて、肌にまとわりつく程に、
じめじめとしていたのをよく覚えている。
「今日は蛍が過ごしやすい気候だな、」
夕方を過ぎると蛍は飛び始める。
それまでに居そうな場所を見つけ、
蛍には悪いが、捕まえなくては、、
水筒をぶら下げ、流れ出る汗を拭く。
「何処に居るんだ、、
頼む、、
少しだけ、、姿を見せてくれ、
数秒でも良いから、私に、時間をくれ、、」
その日は記録的な猛暑日となった。
草を掻き分け、水辺を歩き、
神経を尖らせて蛍を探す。
「頼む、、頼む、、」
徐々に進む足は震え、頭がぼーっとする。
「水筒、、、」
空ける蓋は勢い良く手から落ちる。
「あ、な、た、、」
病室で窓を見つめる女性は、
ゆっくりと口だけを動かす。
「もー、1年になるかしらね?
旦那さん。全然来ないわね?」
「旦那さん。どうしたのかしら?」
看護婦達は週末には必ず来ていた男の事を
気にする様に女性の近くで話す。
「んんっ。」
担当医が来ると逃げる様に看護婦は散る。
「~さ~ん。
おかわ~ありませんか~?
体調が~いぶ良~ってねぇ?
~さん忙しい~?
早く~ると良~ね?」
「私は、いつからか。
ずっと。この景色を見ている。
知らない男性は、
いつも、私に話しかけてくる。」
「~。
~は天気が~いね?
前に~日に一緒に~に行ったねえ、、」
耳がもう、悪く、あまり聞こえない。
目もあまり見えなくなり、
光だけが私を見付けてくれる。
「本日も、全国~猛暑日~りました。」
テレビは明日の天気予報を流す。
クーラーで冷えきった部屋は快適だ。
もうすぐ、寝る時間になってしまう。
「~さん。入ります~。
クーラー~ますね。
少し窓を~で開けとき~。」
なま暖かい空気が私の肌に触れる。
ゆっくりと、辺りは暗くなり、
夜が来たのを瞳に感じる。
ふと、視線の端で何かの光を感じた。
なんだろう、、、
それはゆ~っくりと、空を飛ぶ。
私は光に手を伸ばす。
ゆっくりと私の手にそれが触れ、
優しく、懐かしい匂いと共に、
私に語りかけてくる。
"元気そうで、、何より、、"
私はそれを覚えている。
優しく、大好きだった匂い。
とても大切な、存在だったモノ。
ずっと。
側に居てくれた人。
「あなた。
愛してる、、」
頬に伝うものを感じる。
"私もだよ"
そっと胸に抱き寄せると、
とても安らかな気持ちになり、
私の心は久しぶりに落ち着いた。
それは心地好く、眠りに近いモノだった。
女性の手には小さな蛍が、
優しく包まれる様に死んでいた。
女性は幸せな表情をして、
涙の後を残しながら息を引き取った。
蛍のかがやき 影神 @kagegami
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