私のもの
(A部長お気に入りのバー。課長B、残業を終えて店のドアを開ける)
B「(足早に歩み寄り部長の横の席へ座る)済みません、お待たせしてしまって」
A「いや。お気に入りのウイスキーがあれば少しくらいの事はどうでも良くなる(グラスをカラリと傾け、Bへ向けてすいと鋭い横目)」
B「……(ふるっと小さく身震い)『全然どうでもよくない目つきだろコレ……』あ、マスター、僕にも同じものを」
マスター「かしこまりました」
A「今日ここへ君を呼んだのは、とりあえず予想外の事態が発生したためだ」
B「予想外?」
A「——営業部長Dが、知っていたんだ。君がとんでもないアホな手段で私を口説きにかかったあの件をな」
B「え……(一気に青ざめ)な、なんでですか?
そもそも簡単に誰かにしゃべったりできる話じゃないし、部長の執務室で二人だけでやりとりした件が漏れるはずが……」
A「うっかり外に漏れるような言動をしたことがあったかどうか、私もこれまでを何度も思い返してみたが、そういう心当たりは一切浮かばない。……君はどうだ? それらしいことで社内の誰かと会話などをしたことがなかったか?」
B「ええっと……」
A「(ニッと冷酷な微笑を浮かべ)例えば、C美さんとベッドの中で『ふざけ半分にA部長に口説き文句80パターン突きつけたら超ビビってて笑えたわー』的なピロートークをしたとかな。で、C美さんが洗いざらいDにしゃべったとかな。その辺しか考えられんのだが?」
B「…………あ」
A「……(鬼の形相に変化)おい……B、てめえ」
B「(慌てて両手を目の前でブンブン)い、いや違うんです! ピロートークとかそういうあれじゃ全然なくて!! C美さんとは一切そういう関係持ってませんって。信じてください!!
ただ、僕が作ったあの80パターンを、たまたま仕事の話でデスクに来たC美さんに見せた事はあったなあと……あ、でももちろんあなたに宛てた口説き文句だなんて一言も言いませんよ? で、『君ならどれがいい?』的な話になって、彼女が『これいいですね』と選んだそのパターンを、『じゃあ君にあげるよ』ってかるーく言ったことはあったような……」
A「……(
B「ええ……っと? そうなっちゃいます?」
A「(バンとテーブルを叩く勢いで)だからこうなってるんだろーが!!?」
B「(思わずキッと反撃)でも、それだけじゃ営業部長にバレるはずありませんよね?
僕があなたに80パターンを贈ったという最重要な部分を知っていなければ、C美さんに見せた口説き文句があなた宛てだったと推理できる人はいないはずじゃないですか? その部分は、僕は誰にもしゃべった事はありませんよ。そこははっきりと断言できます」
A「…………あ……」
B「……(じろりとAを見る)へえ。なんだかんだであのお色気ムンムンな営業部長とやることやってるってわけですか」
A「違う!! あんなガサツな女、頼まれたって嫌だ!
ただ、少し前に彼女と飲んで、ついでになんとなくしゃべった事はあったな……と。とんでもないアホな口説き方してくる奴がいるって。
C美さんはあの浮かれぶりだからな。友人と盛り上がった恋バナをDがたまたま聞いて私の話と繋がってしまった、という可能性は充分あり得る」
B「……(やれやれというように目の前のグラスを口に運び)つまり、おあいこじゃないですか」
A「(同様にグラスを傾け)そうらしいな。どうやら同レベルでアホってことか、私と君は」
B「ってか何度アホ呼ばわりするんですか」
A「はは、すまん。
——悪かったな、Bくん」
B「はい?」
A「君の気持ちがこもった言葉を、私は1パターンあたり0.1秒見たか見ないかであっさり君に突っ返した。——その1パターンを分けてもらっただけで、天にも昇る幸せを味わう女の子だっているのにな。
私は、あまりにも横柄で傲慢だった」
B「……(Aの端正な横顔を見つめる)」
A「(グラスを飲み干し)——なあ。
あの80パターン、もう一度私にくれないか」
B「(酒をぐいと呷り)あんなもの、今更どうすんですか。散々アホアホ言ったじゃないですか」
A「あんなものじゃない。あの言葉は一つ残らず私のものなんだろう?
C美さんに分けたそのパターンも、できるだけ早く回収してくれ。誤解させて悪かった、これは別の人に贈るものだってな」
B「……
『こういうゴーマンさがやっぱA部長なんだよな……
そしてゴーマンコメントとちぐはぐなそのしおらしい反省顔が死ぬほどクる……!!!!』」
Adult Love aoiaoi @aoiaoi
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