異形少女は箱庭にて

匿名希望

第1話 来客と異形の少女

薄暗いわりに、ぬいぐるみや人形といった

少女の好きそうなおもちゃが置かれた部屋。床をかりかりと引っ掻く異常に長い爪、伸ばしていると言うよりは切るのを忘れている、といった感じで床に着くほど長く伸ばされている黒髪、微かに開いた唇から聞こえる聖歌らしき歌声。小柄な、しかし明らかに異形の少女が床に座り込みながら床を引っ掻き、歌っていた。彼女の頭からは山羊のような角が一対生えており、瞳孔は横に線が一本入っているだけで、山羊にそっくりである。彼女は部屋が暗いのを気に留める様子もなく、ただぼんやりと、首を据わっていないかのようにぐらぐらと動かしながら歌っていた。

「…グルーシェニカ様、少し失礼します。」

その声を掻き消すように、しかし控え目に掛けられたドアを開ける音と青年の声。少女は歌うのを止め、その声の主の方を静かに見つめる。10代後半程度に見える彼は彼女から視線を向けられたのが嬉しいのか、表情を綻ばせながら言葉を続けた。

「来客がいらっしゃっていますよ。何でも、グルーシェニカ様に用事だとか…。」

「……わかった。すぐ、いくね。

おしえてくれて、ありがとう…ロジカ。」

彼女はゆっくりと立ち上がり、ぺたぺたと裸足の足音を鳴らしながら彼の側を通って扉の外へと出ていく。廊下を通り、応接間へと歩いていき、柱の影からその来客に向かって呼び掛ける。

「………どうぞ…。」

その小さな声に反応し、来客は扉を引き開けて勢い良く入ってくる。

「あれ?声したのにな…誰もいない?

おーい、すいませーん!」

「………い、います…で、でも、わたしが…ひとのまえにすがたをだすと、みんなわたしをこわがっちゃうから…。」

声の主は一瞬黙った後、軽快な笑い声を上げる。

「あはは…んな事か!俺も怖がられるのなんか慣れてるからさ、出ておいでよ。声的に

まだ子供だろ?」

少女は少し迷った後、おずおずと柱の影から顔を出してぺたぺたとそちらに歩いていく。日に照らされ、彼女の容姿が一層目立つ。床に着くほど長い長い黒髪、頭から生えた角、異常なまでに伸びている手足の爪、山羊のような瞳孔、華奢で小柄な身体つきに似合わない腕の筋肉の盛り上がり具合…明らかに彼女は「異形」と呼ぶに相応ふさわしい姿をしており、声を掛けた来客も流石に少し面食らったようだったが、すぐに笑顔に戻って少女を手招きする。

「へぇ、けっこー可愛いじゃん。キミ、髪の毛長いけどコケたりしないの?俺が結んでやろうか。妹のやってたから得意なんだぜ。」

彼の手が少女の髪に触れそうになった瞬間、少女は大声を出して彼を止め、自分の髪を守るように両手で包む。

「……だめっ!わたしにさわっちゃだめ!

わたしにさわると…みんなしんじゃうの!」

彼は少女の言葉を聞いた後、穏やかな声で言葉を続けた。

「……そっか。ずっと…苦しかったな?

でも、俺は大丈夫だよ。だって俺は、全部反転させる能力を持ってるから。キミの死なせてしまう能力も、俺にかかれば寿命が延びる能力に変わっちゃう。だから…安心して

俺に髪の毛、結ばせてよ。」

彼の声は穏やかで静かで、少女の心を鎮静化させるには充分すぎるほどであった。少女は黙ったまま首を縦に振り、手を離す。彼はその様子を見て頷き、長い黒髪を手で軽くいて編み始める。彼らは暫く無言のまま、時計の針の音だけが響いていたが「…よし!可愛くなった。」来客の声を合図にするかのように少女の姿が、それまでずっと応接間の隅で埃を被っていた鏡に映し出される。長い黒髪は可愛らしく編み込んで整えられ、少女がずっと隠していた愛くるしい顔と筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの二の腕が露になっていた。

「……わぁ…!ありがとう、おにいさん!」

「はは、良いってことよ。あ、俺…名乗ってなかったよな。俺はエドワード。」

「わたしは…グルーシェニカ。…ねえねえ、エドワードさん。よかったらまた、ここにあそびにきてくれる?」

「当然だろ?毎日遊びに行くよ。」

異形の少女は花開くような笑顔を浮かべた。彼女に、初めての友人が出来た。

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異形少女は箱庭にて 匿名希望 @YAMAOKA563

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