煙のゆくえ
忍野木しか
煙のゆくえ
傘の向こうの雨に消える煙。
古谷玲子は口元の赤い火を見つめた。クリーム色のヒールを濡らす雨粒。傘にこもる湿った熱気。梅雨の曇り空よりも不快な隣の男。
玲子は唇を細めて煙を伸ばした。白い息は雨粒にぶつかって霧散する。
「じゃあ、俺、行くから」
仁藤隆明は湿ったタバコに火を灯す。傘を差さない不快な男。雨に濡れた短い髪から垂れる水滴。濡れた葉巻の表面を焦がした火はすぐに消えた。
「ねぇ、それって何のアピール?」
「さぁな」
火の消えたタバコを地面に落とした隆明は、傘の下の彼女に背を向けた。水を吸った黒いジーンズ。残り香すら残さない男は雨の中に消えていく。
最後まで目を合わさなかった二人。玲子は無意識に口元で揺れる煙のゆくえを追った。風のない傘の中、男の後を追うように横に流れる白い糸。雨の向こうの背中が玲子の目に映る。濡れた肩に張り付く男のシャツ。肉感的に写される男の広い背中。傘の外に出た煙はすぐに、梅雨の空に消えていった。
「待って」
玲子は消えた煙の後を追った。足を動かすと風が流れ、すぐ目の前の煙すら見えなくなる。
立ち止まった隆明。濡れたタバコを咥えるとライターを手に取る。その肩に触れる玲子。無言で見つめ合う二人。玲子はそっと隆明の唇に手を伸ばした。
「消さないでよ」
男の濡れたタバコを掴む玲子。湿ったフィルターを噛んだ彼女は、火の灯るタバコを彼に咥えさせる。
「ああ」
隆明の薄い口元から白い糸が立ち上った。玲子にライターを手渡すと濡れた手で彼女の頬を撫でる。
思わず目を瞑りそうになった玲子。湿ったフィルター噛み締めると、彼の口元の煙を見上げる。スッと息を吐く隆明。ポケットに手を突っ込んだ男は、雨の中を歩き始めた。
濡れたタバコに火を近づける玲子。口の中に広がる苦い味。
玲子は雨の中に消える煙のゆくえを、傘の下からそっと見守った。
煙のゆくえ 忍野木しか @yura526
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