27話 追いついた
「いけ!」
第五階層。
襲いかかってくる魔物を服従させた魔物の群れで迎え撃つ。
僕自身が飛び込むことはもうない。乱戦を見守り、やがて統率が取れていない相手側が数に圧倒される。
使役する魔物は十三体。以前来た時よりもずっと多い。
僕は膝を折ってへたり込む。
呼吸が乱れて視界が揺れる。
急いで腰のバッグから魔力薬を取り出して飲み干す。
「これで3本目……」
魔力の消費が激しい。第五階層に来るまでに魔力薬を二本使っていた。
残る魔力薬は4本。
時間内まで保つかわからない。魔物の数を少し減らした方がいいだろう。
「無理しちゃダメって言ったのに」
布袋を持ったエルファさんが怒った顔で言ってきた。
エルファさんとダンさんは僕が倒した魔物の部位を回収してくれている。
これも監視役の仕事だ。
僕とハルトさんは戦うことだけに集中できる。
「あはは、すみません。でも無理はしてませんよ。ほら、体も軽い!」
立ち上がって肩を回す。
魔力枯渇で一時的に苦しくなるだけで、それ以外はなんの問題もない。
僕は無傷だ。
「そういうことじゃないわ。まったく……男って向こうみずで強がりばっかね」
「つ、強がりじゃないですよ!」
「強がりでしょ。ハルトに対抗心を燃やすのはいいけど、辛いものは辛いって認めなさい。魔力枯渇が日に何度も経験できるような軽い状態異常じゃないってことは、私が一番わかってるんだから」
魔法使いのエルファさんに言われて、僕は顔を強張らせる。
魔力枯渇の症状は単なる疲労とはわけが違う。
魔力とは生命力なんだ。生命力を暴力として行使する者を魔法使いと呼ぶ。
魔力を消費することは自分の首をゆっくりと締めていくようなものだ。ゼロになれば人は死ぬけど、大抵はその前に意識を失う。
「器がまだ魔力の行使に適応できていないのよ。今まで魔法も使ってなかったしね。そんな曖昧で脆い状態で何度も魔力枯渇なんて起こしたら、いつか体が壊れるわ」
「壊れるって、どうなるんですか?」
「体の内側から弾ける。魔力薬を飲んだ瞬間にね」
背筋が凍る。
膝をガタガタと震わせて、僕はエルファさんを見る。
「そ、それって、どれくらいでなるんですか!」
僕は魔力についての知識はまるでない。
魔法とは縁がなかったから。
素人がいきなり魔力を使いすぎると体が弾けるなんて話は初耳だ。
僕は必死に問うけど、対するエルファさんはなぜかプッと吹き出して笑う。
「嘘よ。そんなことあるわけないでしょ」
「……え?」
「そこまで怯える必要はないけど、魔力の扱い方は考えなさいって話よ。からかってごめんね」
「な、なんだあ」
肩の力が抜ける。
エルファさんが冗談を言うなんて思っていなかったから、すっかり信じちゃった。
「でも似たような症状があるのも事実よ。例えば魔力が満ち足りた状態で魔力薬を大量に摂取すると、器から溢れた魔力が暴走して爆発するとか。
余剰魔力を逆手にとって実力以上の魔法を使う上位の魔法使いもいるから、完全な悪手とは言い難いけど……素人は真似しない方がいいわね」
「なるほど」
さすがはエルファさんだ、とても勉強になる。
魔力薬を大量に摂取してはいけない。しっかり覚えておこう。
「おーい、アストラ! ちょっとこいつら引っ込めてくれねえか。魔物に囲まれながら部位回収してると落ち着かねえ」
「あ、すみません!」
戦いのあとに何も指示をしていなかったから、使役した魔物たちはその場に止まっていたみたいだ。
困り顔のダンさんが魔物に囲まれているのを見て、僕は慌てて声をかける。
「みんな僕の後ろに」
ぞろぞろと動き出して僕の下まで歩いてくる魔物たち。
異常な行進に指示した僕自身もちょっと引く。
「私とダンとハルトが幼馴染ってことは知ってるわよね」
「え? はい」
エルファさんが作業するダンさんを見つめながら話す。
エルファさんたちは王都の出身で、昔馴染みだって聞いている。
「住んでる家がすぐ近くでね、小さい頃から何をするにも一緒だったわ。
ハルトは正義感が強くて、昔はとっても優しかったの。困ってる人を見たらすぐに手を貸したし、イジメの現場を見たら一も二もなく飛び込んでいった。孤独な子には手を差し伸べて……私も、ハルトに助けられた一人」
エルファさんは小さく微笑む。
僕の知ってるハルトさんだって十分に優しかった。
半年間、僕は心の底からハルトさんを尊敬していたんだ。
でもパーティーをクビにされた日、僕はあの人に対する感情が逆転した。
「いつからだったかな。冒険者になって間もない頃はまだ変わってなかった。
たぶん、頑張りすぎたのよ。あいつ責任感が強いから。
駆け出しの頃にね。『僕がみんなを引っ張ったんだ。だから僕はみんなを幸せにする責任があるんだ』って、食卓を囲んでいる時は口癖のように言ってたの」
「だからランクを上げることに拘っているんですか?」
エルファさんは首肯する。
「あなたに才能がないってハルトは言うけど、それはね、きっと自分に向けた言葉でもあると私は思ってる。
ハルトは普通の男の子なの。ダンみたいに体格が良いわけじゃないし、魔法だって得意じゃない。リーダーの役割についていつも一人で悩んでいたわ。
ハルトにとってのリーダーとは、パーティーを正しく導くこと。パーティーを成長させて仲間を裕福にすることがリーダーの責任だと思ってる」
「だったらどうしてエルファさんをクビにしたんですか。エルファさんは幼馴染で、大切な仲間じゃないですか」
「私が裏切ったと思ってるのよ。バーツさんに気に入られてるアストラの側にいれば、私もパーティーに引き抜かれるかもしれないから。それを狙っているんじゃないかってね」
エルファさんは戯けたように笑うけど、僕はとても愛想笑いができるような精神状態ではなかった。
僕があのパーティーを狂わせたんだ。
僕が弱くて使えなかったからハルトさんは焦っていた。
昇格試験が近いというのに全く実力が伸びない。実績もつくれない。
これ以上僕の面倒を見ていられないから、ハルトさん達は僕を切った。
でもその後も僕はエルファさんと関わってパーティーの足を引っ張っていた。
その結果が今なんだ。
「思い返すと色々あったわね。何度も修羅場を潜り抜けてきて、ちょっと調子に乗ってたのかもしれないわ。クビになるなんて夢にも思ってなかった」
「僕が、戻しますから。全部元通りに戻します」
「気負わないでって話をしてるのよ。これは私の自業自得なんだから。結果がどうあれ私は誰も恨まない。そんな資格はないしね」
僕のことは恨んで構わない。そう口に出かけて、飲み込む。
これはエルファさんなりの気遣いだ。
頑なに否定するような資格は、それこそ僕にはない。
「おいエルファ! お前も手伝ってくれよ!」
「女に部位回収させるつもり? デリカシーがないわよ!」
「お前は馴れてんだろ!」
「“は”ってなによ。アリアと違って私は汚れてるくらいがちょうどいいってこと!?」
「んなこと言ってねえよ!」
怒鳴り合うダンさんとエルファさん。
けれど悪意は感じない。
深い仲だからこそできる、本音の会話だ。
僕はあんな風に言葉をぶつけられたことはない。
少し憧れてしまう。昔ながらの友人とパーティーを結成して、苦楽を噛み締める生活。
僕はずっと一人だったから。
「エルファさん、ダンさん。部位回収はもういいです」
「は? いやでも……」
「先を急ぎたいんです。ハルトさんがいる場所まで僕は止まれません」
「アストラ、私は」
「僕はハルトさんに勝ちます」
エルファさんの言葉を遮る。
通じ合っていると思ったこともあった。
でもそれは全部僕の勘違いだった。
僕はきっと、望みすぎている。
心を許せる相手なんてそんなに簡単にできるものじゃない。
いくら一緒に生活していたって、たくさん会話をしたって、そこに本音がなければ上辺の関係にしかならない。
僕はどれだけ本音を口にしただろうか。新米だから、下っ端だから、ずっと愛想良く振る舞って嫌われないことだけ考えていた。
「エルファさんは戻るべきだと思います。そのためならどんな無理も通します。負けるくらいなら僕はここで死ねるので」
「アストラ……」
これが僕なりの本音だ。
繕わない。
僕は無理をするし無茶もする。
エルファさんに無用な心配をかけると思って気丈に振る舞っていたけど、この戦いは泥臭くても勝つことに意味があるんだ。
僕は勝つ。僕なら勝てる。
「いくぞ」
魔物たちに告げて、僕は走る。
ハルトさんがどこにいようが追いついてやる。
たとえ第十階層でも第二十階層でも、必ず。
襲ってくる敵は魔物を囮にして掻い潜る。
以前第八階層まで行った時に使ったやり方だ。
使役する魔物の数も減らせるしちょうどいい。
あっという間に第六階層を駆け抜ける。
敵の攻撃に足を止めることはない。
ダンさんとエルファさんは僕にしっかりついてきている。
それはそうだ。別に僕の足が速くなったわけじゃない。二人なら簡単に僕の後を追ってくる。
それでも遮るものがないというのは大きなアドバンテージだ。
ハルトさんはきっと魔物の相手をしながら進んでいる。
だったら全てを無視して駆ける僕の方が進む速度は上のはず。
第六階層を最速で抜けて、第七階層に出る。
使役する魔物の数は三体。だいぶ減った。
でもこの数なら魔力の消費も緩やかだ。
呼吸が荒い。けれどこれは魔力枯渇じゃない。単純に全力で走ったことで疲弊しているんだ。
まだ止まるな。
届くまで走るんだ。
第七階層の中頃まで進み、追いかけていた背中を見つける。
きめ細かい金髪。右手に持つ剣。間違いない。
――追いついた。
紅眼の魔王――無能と呼ばれてパーティーをクビにされたけど、僕の本当の力をまだ誰も知らない―― itsu @mutau
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