26話 あり得ない

 勝負開始から三十分。

 ハルトは第七階層まで訪れていた。

 石のナイフを振り回すコボルトを斬り伏せ、血を払う。

 第七階層はCランク推奨エリアの入り口。しかしハルトにとって難はない。

 Cランクと言っても年季が違う。第七階層でハルトが遅れをとるようなことはなかった。


「基本に忠実で丁寧な所作だ。悪くない」


 監視役としてハルトを見ていたアッシュが評価する。

 想定、観察、実行、修正。どれをとっても理想的な振る舞いだ。

 単に意識が高いだけではない。上を目指すだけの信念と研鑽が垣間見える。


「あいつは冒険者やって何年だ?」


「えっと……たしか五年? と聞いた気がします」


 アリアが自信なさげに答えた。

 ハルトのペースに遅れ気味のアリアは疲れた様子だった。

 会話をするにも正常な思考を回すことに時間がかかるのだろう。


「五年……」


 アッシュの見たところハルトはまだ若い。

 齢16から18くらいとアッシュは予想する。

 冒険者適齢期に入門した最年少組だろうか。

 Cランクとしては標準的な年齢だ。

 Dランクから個人で昇格するのに大体二年から三年かかると言われている。

 それからBランクに上がるには、基本的には倍の年月が必要とされる。


「あいつはなんでそんなに急いでるんだ。このまま堅実にやってりゃ勝手に昇格するだろうに」


「それは、私には……すみません」


「いや、別に責めちゃいないさ」


 申し訳なさそうに苦笑するアリアに軽く詫びを入れ、アッシュはハルトに声をかける。


「おい、どこまでいくつもりだ? もう第七階層だぞ」


「第十階層を越えようと思っています。まずいですか?」


「一人でロボス・コモドラを相手にするつもりか。……まあ昨日俺がやっちまったから、しばらく現れないだろうが」


「そうなんですか、残念です。アストラに大差をつけるにはボスクラスを倒すのが手っ取り早いと思ったんですけどね」


「大した自信だな。同ランクのボスクラスだぞ。普通は個人で挑むものじゃない」


「わかっています。でも僕なら勝てる」


 確信のこもったハルトの瞳。

 根拠もなく言っているようにはアッシュには思えなかった。

 それは自惚れか、あるいは実力に基づいた事実か。

 流石のアッシュにも、そこまで真に迫った能力の判別はできない。


「バーツさんはタイマンなら僕に分があると言っていましたね。今回の勝負が勝敗を公平にするための内容だとするなら、アストラにも十分に勝ちの目があるということですか」


「そうだな。なにせダンジョンは何が起きるかわからない。アストラが勝つ可能性だってある。少なくともタイマンよりはな」


 ハルトは鼻で笑う。


「あり得ませんよ。アストラ如きでは第七階層ここにくることだって叶わない。彼は所詮Dランクですよ。バーツさんがアストラの将来性に期待しているのは分かりましたけど、今の彼は僕の足元にも及ばない」


「ふーん、どうだかな」


「なんですか?」


「アストラはここまでなら余裕でくるぞ」


「……なに?」


 怪訝な顔をするハルト。

 第七階層はすでにCランク推奨エリアだ。

 Dランクのアストラが個人で辿り着ける領域ではない。

 仮にやって来れたとしても、それは捨て身の愚策だ。きっと満身創痍でロクに動けもしないだろう。


「第七階層に余裕で? はっ、まさか。僕がここまで個人で来るのにどれだけかかったと思ってるんですか。たかが冒険者歴半年の新米が……」


「――追いついた!」


 ハルトは口を閉ざす。

 まさか、あり得ない。

 聞こえないはずの声だ。

 ハルトは振り向いて声の人物を直視する。


「……どうして、君がここに」


 そこに立っているのは、間違いなく自分の認識するアストラ・フリート本人だった。

 息を切らしているが外傷は見られない。アストラは無傷だ。

 まさか無傷でここまできたのか。ハルトは唖然とする。


 第七階層にたどり着くまでにハルトは三十分の時間を要した。

 まともに魔物を相手にしたのは第五階層からで、それでもかなりのハイペースで進んでいたはずだ。

 アッシュとの会話にかけた時間なんてものの一、二分。アストラが全力で後を追ってきたにしても、あまりに早すぎる。


「どうしてここにいる! アストラ!」


 自分でも驚くほどの怒号。

 ハルトは張り裂けるような声でアストラに問う。

 対してアストラは真っ直ぐな目で返す。


「ハルトさんがいるからです」

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