25話 開始

 時刻は昼過ぎ。

 僕たちは『無限階層』の入り口に立っている。


 エルファさんに事の詳細を説明した。

 説明の中、怒ったり、悩んだり、悲しんだり、エルファさんの表情はコロコロと変わっていた。

 それでも口を挟むことはなくて。僕が話し終えると、大きなため息と共に首を縦に振ってくれた。


「私が参加しなくても、やるんでしょ」


 エルファさんは諦めたような声音でそう言った。

 最初はそのつもりで話が進んでいたんだ。僕は否定せず、強い意思で頷いた。

 余計なお世話だと言いたかっただろう。そんな冷たい言葉を我慢してくれたことに心から感謝する。

 僕は弱い。何よりも心が。エルファさんに本気で拒まれたら流石の僕も戦意を失ってしまう。


「最後の確認だ。準備はいいな」


「はい」


「問題ありません」


 『無限階層』に来るまでに必要なものは揃えてある。

 いつもの防具一式は常備しているとして、道すがら魔力薬をできる限り買い込んだ。

 今回の勝負は僕の恩恵をフル活用するつもりだ。そうでもしなければハルトさんとの実力の差は埋められない。


 DランクとCランク。

 階級で見ればすぐ近くだけど、その間には圧倒的な壁が存在する。

 普通は僕とハルトさんじゃ勝負になんかならない。

 僕の恩恵がたまたま強力だったから、なんとか渡り合えるんだ。

 それを踏まえて全力で挑まないとハルトさんには絶対に勝てない。


「よし。じゃあ割り振りだ。俺とアリアがハルトに付く。アストラにはダンとエルファだ」


 僕の後ろにエルファさんとダンさんが立つ。

 僕の先輩が僕の戦いを監視する。そう思うと緊張してくる。


「制限時間は一時間だ。監視役は懐中時計を定期的に確認しとけよ。

 じゃあ――」


――始め!


 合図と共に僕とハルトさんは駆け出す。

 ほぼ同時だ。

 しかしそんな僅かな間でありながら、すでに差は現れ始める。


「っ!」


 ハルトさんの背中が離れていく。

 振り切られる。

 やっぱり身体能力じゃハルトさんには敵わない。


 第一階層に出る。

 ハルトさんは足を止めない。

 すれ違う魔物も眼中にないようで、さらに奥まで突き進む。

 監視役のアリアさんも追いつけない速度で、アッシュさんが抱えて追従している状態だった。


「飛ばすなアイツ」


 ダンさんが呟いた。

 これは戦略だ。

 勝敗が換金額で決定するなら、弱い魔物を多く狩るよりもレベルの高い魔物を数体狩った方が効率がいい。

 ハルトさんは自分が戦える限界地点まで足を止めないつもりだ。


 僕も負けていられない。

 ハルトさんの戦略は正しい。

 一階層でも差が開けばそれが決定的な敗因になりかねない。

 僕がハルトさんに勝つ方法。それはただ一つ、ハルトさんと同じ領域まで進むことだけ。


「あまり無理しちゃだめよ」


 エルファさんが僕を気遣ってくれる。

 僕は走りながら振り向いて、笑顔で応える。


「はい、大丈夫です」


「あなたがそう言う時って、だいたい大丈夫じゃないのよねえ……」


「だ、大丈夫ですよ!」


 信用されてない……。

 僕はがっくりと肩を落としつつ、ゴブリンの群れの前で立ち止まる。

 さて、どうするか。

 僕が今後の戦略を考えていると、後ろからダンさんが声をかけてくる。


「エルファの言うとおりだ。この勝負はどのみちハルトに分がある。あんまり言いたくねえけど、実力に差がありすぎるんだ。

 無茶しても命を危険に晒すだけだし、身の丈に合った場所で堅実に魔物を倒した方がいいだろう」


 僕は振り向かず、特に返答もしない。

 それはわからない。なんて、格好つけて反論するのもバカバカしい。

 それにハルトさんが僕よりも強いのは事実だ。


 僕が黙っていると、エルファさんがダンさんに言う。


「そんなことないわ。アストラにだって十分に勝機はある」


「は? いやお前だってさっき……」


「勘違いしないで。そういう意味で言ったんじゃないわよ。あの子の恩恵だったらハルトにだって……」


 二人が揉め始める。

 監視役なのに僕を見ていないでいいのだろうか。

 なんて思いつつ、僕は体が震えるのをなんとか我慢する。

 エルファさんは僕の勝利に期待しているんだ。その事実がどうしようもなく嬉しかった。


「見せなくちゃ」


 呟く。

 僕だって負けてない。

 誰に認められずとも、エルファさんに認めてもらえればそれでいいんだ。


 僕は地面を蹴って走る。

 ダガーを抜いてゴブリンの群れに飛び込む。

 僕を認識したゴブリンたちは鋭い爪で攻撃を仕掛けてくる。

 一撃を避けて、掌に刺突。呻くゴブリンを仲間の方に蹴飛ばして場を乱す。


「『拘束しろ』」


 僕の指示を聞いたのは、蹴り飛ばされたゴブリン。

 仲間を両腕で絡めて身動きを封じる。

 混乱する群れの隙を突いて、拘束されたゴブリンの顔面を蹴り飛ばす。

 短剣を抜いて残った二体を横凪に斬る。深さは必要ない。

 ダメージを負って悶えるゴブリンたちを見渡し、僕は言葉を放つ。


「『ついてこい』」


 ピタリと動きを止めた彼らを確認した僕は、第二階層を目指して走る。


「な、なんだ? どうなってんだアレ」


 ダンさんの困惑した声が聞こえる。

 確かに、僕の力を知らない人が見たら異様な光景に映るだろう。

 僕の後ろには四体のゴブリンが襲うわけでもなくついてきているんだから。


 恩恵の出し惜しみはしない。

 持っている魔力薬を全て使い切るつもりで戦うんだ。

 とりあえず、ハルトさんがいる場所まで追いつかないと何も始まらない。

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