24話 勝負の内容

「さて。勝負の内容だが、もう決まってるのか?」


「いえ」


 アッシュさんに問われ、僕は首を振る。

 僕は戦いを申し込む側だから、内容はハルトさんに決めてもらおうと思っていたんだ。

 僕はハルトさんを見る。意図を察した様子のハルトさんは悩む素振りを見せると、アッシュさんに言う。


「内容はアッシュさんが決めてくれませんか」


「俺か?」


「はい。ダメですか」


「構わないが……そうだな」


 顎に手を当てて目を瞑るアッシュさんは、閃いたように手を叩く。


「魔物討伐の報酬額ってのはどうだ。制限時間は一時間。その間に個人で魔物を討伐して、終了次第ギルドで換金してもらう。その額の差で勝敗を決める」


 それは分かりやすくて良い案だと思う。

 僕は賛成だ。

 ハルトさんも文句はない様子だった。


「場所はどうしますか」


「魔物がそれなりにいる場所がいいな。となるとダンジョンだが……」


「『深層迷宮』でいいんじゃないですか。あそこなら僕もアストラも経験があります。勝負をするなら公正な環境です」


「あ、そこは……」


「なんだ、不都合なことがあるのか」


 ハルトさんに睨まれて、僕は言葉が詰まってしまう。

 『深層迷宮』は昨日アッシュさんが魔物の様子がおかしいと言っていた。

 冒険者ギルドにも報告したと思うし、今は立ち入れるのだろうか。


「『深層迷宮』か……規制は時差がある。今はまだ誰でも入れる状態だが、個人的には勧められん」


「規制? 何かあったんですか?」


「ちっとな。大したことじゃないが……そうだな、じゃあ監視役でもつけるか」


 アッシュさんが提案する。


「監視役って、見張りですか?」


「そうだ。万一にも不正がないようにというのもあるが、もしも異変が起きた時に個人だと危険だ。勝負をするのは二人だが、周りにいつでも助けに入れる人間がいた方がいいだろう」


 確かにそれなら危険は少ない。

 ダンジョンは死と隣り合わせの場所だ。本来はパーティーで攻略することが基本とされている。

 ハルトさんなら第十階層くらいであれば個人でも楽々進めるだろうけど、僕はそこまでの自信がない。

 昨日は断崖の橋まで一人で行けた。でもそれは魔力薬を使ってやっとだ。

 魔物狩りを目的にダンジョンに潜ったら、あのとき以上の魔力を消費することになる。


「お前ら監視役頼めるか」


「え、ああ……」


「はあ」


 完全に部外者と思っていた様子のダンさんとアリアさんが急に話を振られて、曖昧な返事で首を縦に振る。


「割り振りだが……俺も入れて三人か。キリが悪いな」


「僕の監視役は一人でも構いませんよ」


 ハルトさんがアッシュさんに言う。

 ハルトさんであれば問題はないと思う。

 でもその場合、誰がハルトさんの監視役をするのか。

 ダンさんとアリアさんはパーティーの仲間だし、監視には適さない。アッシュさんが適任だろうか。


「仕方ねえか。じゃあ俺がハルトを……」


「――アストラっ!」


 ビクッと肩が跳ねる。

 背後から大きな声で名前を呼ばれた僕は、見るまでもなくわかった声の主に顔を向ける。


「え、エルファさん。どうしてここに」


「どうしてって、昨日あなたが変なこと言って私を部屋から追い出すから……今朝あなたの部屋を訪ねてもいないし、もしかしてって思ったのよ!」


「わ、わわ! ごめんなさい!」


 頭突きをする勢いで迫ってくるエルファさん。

 あまりの剣幕にゾッとした僕は椅子を引いて後退する。


「なんだ例の女か。隅に置けねえなあ……あれ、どっかで会ったか?」


 アッシュさんが首を捻って僕たちを見る。

 そんな悠長にしていないで、怒鳴りつけてくるエルファさんを止めてほしい。

 あとアッシュさん昨日エルファさんのこと見てます。パッとしないって酷いこと言ってます。


「ちょうどいい。これで四人だ。嬢ちゃん、あんたも監視役になってくれ」


「私は助けてほしくて愚痴ったんじゃ――――え?」


 僕の肩をガシッと掴んで揺らしていたエルファさんは、アッシュさんの言葉でようやく静止する。頭が痛い。


「……というかこれ、どういう状況なの?」


「説明、しますから。落ち着いてください」


 なんとか口を開くと、エルファさんはムッとして僕を見る。

 また言葉の暴力が降りかかる。そんな気がして身を固めるけど、大人なエルファさんは僕から離れて椅子に座る。


「全部話して。あなたの口でよ、アストラ」


「はい……」


 せっかく黙って出てきたのに、こんなことになるなんて。

 できればエルファさんには知られたくなかった。

 エルファさんは僕の助けを望んでいない。そんなことは分かっていたんだ。

 エルファさんにとって僕は弱くて頼りない子どもだ。今まで僕の世話をしてくれたのも、僕が一人で生きていくには心許なかったから。


 僕がハルトさんと戦うって知ったらきっと止める。

 エルファさんは優しいから。自分が幸せになる可能性よりも僕の不幸を気にかけてくれる。

 でもそれじゃダメなんだ。僕はエルファさんに幸せになってほしい。

 僕が歪めたエルファさんの人生。これをあるべき場所にかえして、僕はようやく一人の冒険者になるんだ。


 もう、誰の力も頼らない。

 孤独に生きたいわけじゃない。

 僕は対等になりたいんだ。支配するのも守られるのも僕は望んでいない。

 僕を見てほしい。冒険者としての僕を。アストラ・フリートを。

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