23話 それぞれの条件
その後、ダンさんとアリアさんに状況を説明して二人からも了承を得た。
とはいえ二人はエルファさんの復帰については好意的だった。
どうにも僕の時とは違って、エルファさんの除籍はハルトさんの独断で決まったことらしい。
僕が勝ってもハルトさんが勝っても良い方に転ぶなら大賛成だと、ダンさんは食い気味に言ってきた。
そして待つこと半刻ほど。
アッシュさんが冒険者ギルドに到着するまで、さして時間はかからなかった。
なんだか急いだ様子でやってきたアッシュさんは、僕とハルトさん達を交互に見て困惑した顔を浮かべた。
僕からの呼び出しと聞いて、パーティーに加入する気になったと思ったらしい。初めからそういう話だったし、違う目的で伝言を渡したことは謝罪した。
僕たちの勝負の話をアッシュさんに伝える。
身勝手だと思う。
親切にしてくれた人をダシに使ったんだ。僕は何度も頭を下げた。
アッシュさんは腕を組んでしばらく考え込んで、ポツリと口を開く。
「……構わない」
「本当ですか!」
ハルトさんが身を乗り出す。
上位冒険者の推薦はCランクの下位冒険者パーティーからすると喉から手が出るほど欲しいものだ。
そもそも下位冒険者は上位冒険者と接点を持つことが難しい。
たまたま同じ環境にいて言葉を交わしても、その後に関係を維持することはなかなかできない。
上位冒険者に推薦されるような冒険者というのは特殊な生い立ちの人や、早々に頭角を現している才能人くらいだ。こんな機会は滅多にない。
「構わないが、こちらも条件を出す」
「条件? なんですか!」
「アストラが負けた場合には、俺のパーティーに入ってもらう」
予想外の言葉に僕は固まる。
アッシュさんは真剣な目で僕を見て、話を続ける。
「冒険者の推薦ってのはな、俺たちAランクのいわゆる上位冒険者からするとそれなりにリスクのあることなんだ」
「リスク……?」
僕は首を傾げる。
将来性がある冒険者を推薦するだけだと思っていた。
いったいどんなリスクがあるんだろうか。
「まさかアストラ、君はそんなことも知らずに話を持ちかけたのか? 流石にそれは失礼だろう!」
「別に構わん。
アストラ。俺が下位冒険者を推薦するってことはな、そいつの実力を俺が保証するってことだ。それはわかるな」
「は、はい」
「じゃあ例えばだが、俺が推薦した冒険者が全くの実力不足で能力が伴わなかったとする。その場合に責任を問われるのは推薦した俺だ。
実力だけじゃない。そいつの素行も発生するトラブルも、全部まとめて俺に責任がのしかかる。
Sランクの個人は規格外。実質的な天辺はAランクだ。Aランク冒険者ってだけで国の偉い人との接点ができる。そんな肩身が狭い身分で自分の評判を下げるような冒険者を生み出してみろ、最悪失墜だ」
僕は愕然とする。
そこまで気が回らなかった。
ハルトさんの推薦が下手をするとアッシュさんの冒険者生命に関わることだったなんて。
「じゃ、じゃあどうして受けてくれるんですか! そんなに危険だったら……」
「決まってんだろ、俺はお前が欲しいんだよ」
「え……」
「お前には俺の将来を賭けるだけの価値がある。俺はそう判断した」
なんだそれ。
わからない。僕には全く理解できない。
僕の価値?
僕にそこまでの価値があるなんて、僕には思えない。
こんなに期待されていることが恐ろしくすら感じる。僕は、応えられるのか。
「お言葉ですが、なぜそこまでアストラにこだわるんですか?
半年間一緒に仕事をしましたが、彼からは冒険者としての才能をなに一つ感じませんでした。
疑問はそれだけじゃない。そこまでアストラに期待しておいて、どうして条件をアストラの敗北にするんですか。彼の実力を買っているなら普通は勝利を信じるでしょう」
ハルトさんが不機嫌な声音で聞いた。
「条件をアストラの負けにしたのは単に公平さを重視しただけだ。
俺のリスクはアストラが負けた場合だけ。だからそれに見合ったこちらのメリットを提示した。
実力に関しちゃ……まあお前の方が強えんじゃねえの? タイマンだったら圧勝だろうよ」
「だったら!」
「だが、それは現状の話だ」
「っ!」
アッシュさんの一言で、空気が一変する。
僕たちは息を呑む。
Aランク冒険者の覇気。それは今まで対峙してきた強大な魔物なんかよりもよっぽど大きくて、強烈だった。
アッシュさんは居竦むハルトさんに言葉を投げる。
「お前、冒険者としての才能とかって言ってたな。聞きたいんだが、冒険者としての才能ってなんだ」
「それは……剣の腕や魔法の才能、戦略的思考とか……」
「ありきたりだな」
「違うんですか」
「否定はしない。だがそれが全てじゃない。
お前は世界を知らない。お前だけじゃない。下位冒険者ってのは自分のことばかりに目が向いて、他人に興味を持ちたがらない。
上の世界にはな。立派な剣を携えておきながらロクに使いもしない奴がいる。莫大な魔力を持っていながら魔法を覚える気がない奴がいる。戦闘センスがまるでないのに圧倒的知識量で魔物を蹂躙する奴がいる。
そういう人間を見てると気づかされる。才能なんてただのおまけで、本質は別のところにあるんだってな」
アッシュさんは僕たちよりも世界を知っている。
それはそうだ。
Dランクの僕も、Cランクのハルトさんも、王国内に限定された身の丈に合った依頼しか受けられない。
Aランクのアッシュさんは僕たちとは違う。上位冒険者は協力関係にある他国からの依頼にも対応しなくちゃいけないんだ。
国を出れば、こことは全く異なる文化がある。違う特性の魔物がいて、未知の魔法があって、さらに多くの冒険者がいる。
広い世界に揉まれてもなおAランクとして活躍しているアッシュさんの言葉は、僕の心に深く刺さった。
数多くの冒険者を見てきたアッシュさんが、僕に期待している。
僕は怯えている場合じゃないんだ。
「……僕、やります。僕が負けたらアッシュさんのパーティーに入ります。その条件で、やります」
「いいんだな? パーティー加入の話は正直乗り気じゃなかったろ」
バレてた。
でもそれを知っていてアッシュさんは僕を勧誘していたんだ。
今まで返事を誤魔化していた分、僕は誠意をもって向き合わないといけない。
「はい、大丈夫です。僕は負けません。エルファさんのためにも」
「女のためか。いいね、男ってのはそうでなきゃいけねえ」
「い、いえ、僕は別にそんな意味で言ったんじゃ……」
「格好つけろよ坊主! いいとこ見せて落としてみせろ!」
「いや、だから――」
なんだか大きな誤解を生んでしまった。
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